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ルシア・レヴィ来訪
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「……なんでいるのよ……」
王族の馬車に乗って帰ってきたセレナを待っていたのは見覚えのある紋章が入った馬車。あの紋章はレヴィ家のものだ。
中には誰もいないのが救いかと足早に馬車から降りて中に向かう足取りは城を出る前と違って重い。レヴィ家の人間だけならいい。ルシアだけならもっといい。だが、ルシア一人で来るはずがない。最低でも父親は同行しているだろう。
(彼女の前で叩かれることだけは避けたいけど……難しいかしら)
親である人間が味方してくれないのではどうしようもない。
焦ったような顔をする使用人たちに頷きを返しながら開けられたドアから中に入ると足が止まった。
「何これ……」
階段のすぐ横に飾られていた大きな花瓶が床に落ちて割れている。それを使用人たちがそのままにしている理由がわからず、思わず顔を向けるとドア前にいた使用人が耳打ちしてきた。
「ルシア・レヴィ公女がそのままにしておけと……」
「は?」
一気に溢れ出した疑問は口から出ず、理解できないという意味を一言で表現した。
「人の家に来て、人の家の花瓶を割った女が、人の家の使用人に命令をしたの?」
「は、はい……」
「お父様はそれでいいと?」
「はい……」
大きな溜息に混ざった明かな怒りに使用人がビクつく。
「どこに?」
「賓客室にお通ししたようです」
「そう」
「お、お嬢様──ヒッ!」
慌てて引き留めた使用人はセレナの表情を見て肩を跳ねさせる。鬼の仮面でもかぶっているのかと思うほどひどい顔をしている。
「あ、相手はレヴィ家の方でございます。くれぐれも無礼のないようにと……」
「わかってる。これは片付けておいて」
「で、ですが……」
「私が怒られるだけだから大丈夫」
「かしこまりました」
清掃担当の使用人を呼ぶと即座に片付け始めた。
玄関は家の顔だ。そこに割れた花瓶があって、入っていた水が広がって、花が散らばっている異常な光景は貴族でなくとも快く思わない。
セレナはルシアが家にやってくることは予想していた。驚きはない。深呼吸をしてから賓客室へと足を踏み出す。
「入れ」
使用人がセレナの到着を伝え、ドアを開ける。入口からでも見えるレヴィ一家の鋭い睨み。それをなんでもないという顔で見たあと、中に入ると父親が座るソファーの横に立った。
「どうされました?」
まるで挑発するような声で問うセレナに全員が眉を顰めた。
「お前がルカ・フィリバートにプロポーズされた件について聞きたいそうだ」
「私に? 私はあの場で、ルシア様の目の前でハッキリお断りしましたし、他にお話することはございませんが」
「なんだその物言いは! まずは謝罪が先だろう!」
「……謝罪? 何についての謝罪でしょうか?」
「なっ!? ヴァレンタイン公爵! あなたは娘にどういう教育をなさっているのですか!?」
「セレナ、彼らは騒がせたことについての謝罪を求めているのではないか?」
わからないと言いたげな父親の反応はセレナにとっても意外なもので、数回目を瞬かせたあと、笑ってしまいそうになるのを堪えるために彼らに背中を向けてくしゃみをするフリをして誤魔化した。
「勝手に騒いでいる人間相手に謝罪を?」
「それには同意だが、彼らはここに居座ってかれこれ一時間経つ」
「え……」
引いたような顔を見せるセレナにルシアが立ち上がって声を上げた。
「人の男を誑かしておきながら謝罪一つしないなんてどういうつもり!? 私の婚約者だと知りながら冬季休暇を一緒に過ごしたなんて恥知らずもいいところだわ!」
そういう噂が既に貴族界に広まっているのだろうことは容易に想像がつく。それでもセレナはそんなことはどうでもよかった。ジェラルドが言ったように、自分一人が否定したところで誰も信じやしない。今更否定して信じてもらおうなどとは微塵も思っていないのだから。
「私は誘ったわけではありませんし、吹雪の中困っている彼を親切心で助けただけです」
「親切心が下心へ変わるのはそう時間はかからなかったみたいですわね」
彼女はルカの婚約者だった。同じ女である自分の言葉よりもルカの言葉を信じるのだろう。入学当初から敵対意識を持たれていることには気付いていたし、この態度にも納得できる。
何を言ったところで気に入らないのだ。
「何故追い返しませんでしたの?」
「吹雪の中、彼を追い返せと?」
「たかが吹雪でしょう」
開いた口が塞がらないのは久しぶりだった。
「彼と一緒にいたかったのでしょう? だからあなたは追い返さなかった」
「彼に馬車に乗るように言ったのは私ではなく父ですが……」
「それも何度も説明した」
オスカー・ヴァレンタインは多忙だ。しかし、レヴィ家の人間が来ているとあっては多忙さを理由に追い返すわけにはいかない。容量良く話をしたのだろうが、彼らは納得せず、今に至っている。セレナには容易に想像がついた。
「深夜に小屋の中で二人きりだったのでしょう? 気のない相手とそんな時間に二人きりになるなんておかしいではありませんか!」
「ですから、小屋にいたところに彼が──」
「追い返せばよかったでしょう!」
それも一理あるだけにセレナは黙って数回頷いた。
「幼い頃から、眠れないときはいつも解体小屋に行くんです。変に思われるでしょうが、あそこは落ち着くんです」
あからさまに気持ち悪いと言いたげな表情をこちらに向けてくる。わかっている。解体小屋は落ち着けるような場所ではない。血と臓物と獣の匂いが染み付いている不気味な場所。怨念だってあるかもしれない。そんな場所を落ち着くという女をイカれていると思うのもムリはない。
ルシアがチラッとオスカーを見遣り、オスカーは即座に頷いた。
「そうやってルカ様と分かち合った気になったつもりですの?」
「え?」
セレナはルカに関して、彼が女好きなことと特殊部隊にいることと幼少期からの歪んだ性格のことしか知らない。何色が好きで、好きな食べ物は何で、どこにいるのが落ち着くのかすら知らない。共有するつもりもなければ共感するつもりもない。
ルシアが知っている彼はセレナとどこか似ているのだろう。だから嫌悪する。
ひどい顔でこちらを睨みつけてくるルシアにセレナは深く頭を下げた。急な行動に怪訝な表情を見せるルシアに頭を上げたセレナが告げる。
「気を悪くさせてしまってごめんなさい。ですが、私は本当に彼とは何もないのです。疑われるような行動を取った私に原因があることはわかっています。私のどんな言葉もルシア様には言い訳にしか聞こえないでしょうが、これだけは言わせてください」
「なんですの?」
「私は、彼をなんとも思っていませんし、彼とどうこうなろうとも思っていません。それだけは確かなんです」
ルシアにはセレナが嘘をついているようには見えなかった。常に自分の先に立っているセレナを快く思うことはなかった。成績も立場も常に上。自分がどんな努力してもセレナを追い越せることはなかった。気に入らないと、入学当初からずっとす思っていたルシアにとってルカとの婚約はセレナに勝てる唯一のことだった。それすらセレナに奪われたとなれば許せるはずがない。だからこうして一家総出でやってきたのだが、セレナの言葉に
嘘は感じなかった。
しかし、だからこそショックだった。
「それじゃあ……ルカ様が……あなたに一目惚れしたという、こと、ですの……?」
違う。そうじゃない。そういうわけじゃない。そう言いたかったが、言えるはずがない。
セレナはただ黙っていた。ルシアはそれを肯定として受け取った。
「彼と結婚しませんわよね?」
「ありえません」
「今後、あなたが彼と一緒にいる姿を見ることはないと言いきってくださいますの?」
「……彼はいつも突然私の前に現れます。執着、しているように……」
ルシアの瞳に涙が溜まる。
先日、ルシアはルカに詰め寄った際、ルカの発言からそれを感じた。何故セレナなんだと聞いても『セレナ・ヴァレンタインだけが俺の人生を輝かせてくれるんだよ』としか言わなかった。その声色も表情も自分には向けたことがないもので、ルシアはそれを執着だと感じたのだ。
「私から彼に会いに行くことはありませんし、彼と親しくするつもりもありません。街で私が彼と一緒にいる姿を見かけることがあったとしても、私が誘ったわけでも一緒に買い物をするわけでもありません。彼が突然現れてついてきているだけなのです。声をかけてくださって構いません。その場で問いただしてくださっても構いません」
ルシアは噛み付かなかった。
なんとなく、わかっていた。ルカがセレナを追いかけているのだと。でも認めたくなかったからセレナに噛みつき続けた。
婚約者である自分に見向きもしない男が自分が劣等感を抱く相手に夢中になったなどと惨めでしかない。それを認めるのが耐えられなかったから、ここに来た。セレナが少しでも動揺して責める隙でも見せてくれればと一縷の望みを抱いて。
しかし、これでわかった。冬季休暇中のルカの行動はセレナが目的。あのプロポーズも何もかも、ルカの計画どおりなのだと。
「帰りましょう」
戸惑う親の声には耳も傾けず、ルシアは部屋をあとにする。
「またお会いしましょう、セレナ様」
不敵な感じはしなかったことが驚きだったセレナは戸惑いながらも返事をした。
「え、ええ」
娘を追いかけるようにして帰っていったレヴィ一家にセレナとオスカーは揃って息を吐き出した。
「お前が余計な心配をかけるような真似をしなければこんな無駄な時間を取られることはなかったんだ」
「申し訳ございません」
「王子にまで迷惑をかけて、何をしているんだ」
「申し訳ございません。ジェラルド殿下に呼び出され、話をしておりました」
その名前にぴくりと反応したオスカーの表情が少しマシになる。
「ジェラルド殿下がお前を?」
「はい」
「内容は?」
「今回のことについての詳細でした」
父親に嘘は通じないとわかっていながら嘘をついた。
「セレナ、これ以上私を失望させるな」
ゆっくりと時間をかけて瞬きをすることによって気持ちを落ち着かせる。嘲笑しそうになる心。傷つきそうになる心。鉄仮面はどこだったかと探していた。
「嘘だと思うならジェラルド殿下に直接ご確認ください」
嘘ではないと言いきるような態度にオスカーの目がスッと細められる。苦手な目だが、セレナは視線を逸さなかった。真っ直ぐ父親の目を見つめていると目を閉じた父親が小さな溜息を吐く。
「部屋に戻りなさい」
「失礼します」
部屋に戻っていく娘の背中を見ながらオスカーは眉を下げていた。
王族の馬車に乗って帰ってきたセレナを待っていたのは見覚えのある紋章が入った馬車。あの紋章はレヴィ家のものだ。
中には誰もいないのが救いかと足早に馬車から降りて中に向かう足取りは城を出る前と違って重い。レヴィ家の人間だけならいい。ルシアだけならもっといい。だが、ルシア一人で来るはずがない。最低でも父親は同行しているだろう。
(彼女の前で叩かれることだけは避けたいけど……難しいかしら)
親である人間が味方してくれないのではどうしようもない。
焦ったような顔をする使用人たちに頷きを返しながら開けられたドアから中に入ると足が止まった。
「何これ……」
階段のすぐ横に飾られていた大きな花瓶が床に落ちて割れている。それを使用人たちがそのままにしている理由がわからず、思わず顔を向けるとドア前にいた使用人が耳打ちしてきた。
「ルシア・レヴィ公女がそのままにしておけと……」
「は?」
一気に溢れ出した疑問は口から出ず、理解できないという意味を一言で表現した。
「人の家に来て、人の家の花瓶を割った女が、人の家の使用人に命令をしたの?」
「は、はい……」
「お父様はそれでいいと?」
「はい……」
大きな溜息に混ざった明かな怒りに使用人がビクつく。
「どこに?」
「賓客室にお通ししたようです」
「そう」
「お、お嬢様──ヒッ!」
慌てて引き留めた使用人はセレナの表情を見て肩を跳ねさせる。鬼の仮面でもかぶっているのかと思うほどひどい顔をしている。
「あ、相手はレヴィ家の方でございます。くれぐれも無礼のないようにと……」
「わかってる。これは片付けておいて」
「で、ですが……」
「私が怒られるだけだから大丈夫」
「かしこまりました」
清掃担当の使用人を呼ぶと即座に片付け始めた。
玄関は家の顔だ。そこに割れた花瓶があって、入っていた水が広がって、花が散らばっている異常な光景は貴族でなくとも快く思わない。
セレナはルシアが家にやってくることは予想していた。驚きはない。深呼吸をしてから賓客室へと足を踏み出す。
「入れ」
使用人がセレナの到着を伝え、ドアを開ける。入口からでも見えるレヴィ一家の鋭い睨み。それをなんでもないという顔で見たあと、中に入ると父親が座るソファーの横に立った。
「どうされました?」
まるで挑発するような声で問うセレナに全員が眉を顰めた。
「お前がルカ・フィリバートにプロポーズされた件について聞きたいそうだ」
「私に? 私はあの場で、ルシア様の目の前でハッキリお断りしましたし、他にお話することはございませんが」
「なんだその物言いは! まずは謝罪が先だろう!」
「……謝罪? 何についての謝罪でしょうか?」
「なっ!? ヴァレンタイン公爵! あなたは娘にどういう教育をなさっているのですか!?」
「セレナ、彼らは騒がせたことについての謝罪を求めているのではないか?」
わからないと言いたげな父親の反応はセレナにとっても意外なもので、数回目を瞬かせたあと、笑ってしまいそうになるのを堪えるために彼らに背中を向けてくしゃみをするフリをして誤魔化した。
「勝手に騒いでいる人間相手に謝罪を?」
「それには同意だが、彼らはここに居座ってかれこれ一時間経つ」
「え……」
引いたような顔を見せるセレナにルシアが立ち上がって声を上げた。
「人の男を誑かしておきながら謝罪一つしないなんてどういうつもり!? 私の婚約者だと知りながら冬季休暇を一緒に過ごしたなんて恥知らずもいいところだわ!」
そういう噂が既に貴族界に広まっているのだろうことは容易に想像がつく。それでもセレナはそんなことはどうでもよかった。ジェラルドが言ったように、自分一人が否定したところで誰も信じやしない。今更否定して信じてもらおうなどとは微塵も思っていないのだから。
「私は誘ったわけではありませんし、吹雪の中困っている彼を親切心で助けただけです」
「親切心が下心へ変わるのはそう時間はかからなかったみたいですわね」
彼女はルカの婚約者だった。同じ女である自分の言葉よりもルカの言葉を信じるのだろう。入学当初から敵対意識を持たれていることには気付いていたし、この態度にも納得できる。
何を言ったところで気に入らないのだ。
「何故追い返しませんでしたの?」
「吹雪の中、彼を追い返せと?」
「たかが吹雪でしょう」
開いた口が塞がらないのは久しぶりだった。
「彼と一緒にいたかったのでしょう? だからあなたは追い返さなかった」
「彼に馬車に乗るように言ったのは私ではなく父ですが……」
「それも何度も説明した」
オスカー・ヴァレンタインは多忙だ。しかし、レヴィ家の人間が来ているとあっては多忙さを理由に追い返すわけにはいかない。容量良く話をしたのだろうが、彼らは納得せず、今に至っている。セレナには容易に想像がついた。
「深夜に小屋の中で二人きりだったのでしょう? 気のない相手とそんな時間に二人きりになるなんておかしいではありませんか!」
「ですから、小屋にいたところに彼が──」
「追い返せばよかったでしょう!」
それも一理あるだけにセレナは黙って数回頷いた。
「幼い頃から、眠れないときはいつも解体小屋に行くんです。変に思われるでしょうが、あそこは落ち着くんです」
あからさまに気持ち悪いと言いたげな表情をこちらに向けてくる。わかっている。解体小屋は落ち着けるような場所ではない。血と臓物と獣の匂いが染み付いている不気味な場所。怨念だってあるかもしれない。そんな場所を落ち着くという女をイカれていると思うのもムリはない。
ルシアがチラッとオスカーを見遣り、オスカーは即座に頷いた。
「そうやってルカ様と分かち合った気になったつもりですの?」
「え?」
セレナはルカに関して、彼が女好きなことと特殊部隊にいることと幼少期からの歪んだ性格のことしか知らない。何色が好きで、好きな食べ物は何で、どこにいるのが落ち着くのかすら知らない。共有するつもりもなければ共感するつもりもない。
ルシアが知っている彼はセレナとどこか似ているのだろう。だから嫌悪する。
ひどい顔でこちらを睨みつけてくるルシアにセレナは深く頭を下げた。急な行動に怪訝な表情を見せるルシアに頭を上げたセレナが告げる。
「気を悪くさせてしまってごめんなさい。ですが、私は本当に彼とは何もないのです。疑われるような行動を取った私に原因があることはわかっています。私のどんな言葉もルシア様には言い訳にしか聞こえないでしょうが、これだけは言わせてください」
「なんですの?」
「私は、彼をなんとも思っていませんし、彼とどうこうなろうとも思っていません。それだけは確かなんです」
ルシアにはセレナが嘘をついているようには見えなかった。常に自分の先に立っているセレナを快く思うことはなかった。成績も立場も常に上。自分がどんな努力してもセレナを追い越せることはなかった。気に入らないと、入学当初からずっとす思っていたルシアにとってルカとの婚約はセレナに勝てる唯一のことだった。それすらセレナに奪われたとなれば許せるはずがない。だからこうして一家総出でやってきたのだが、セレナの言葉に
嘘は感じなかった。
しかし、だからこそショックだった。
「それじゃあ……ルカ様が……あなたに一目惚れしたという、こと、ですの……?」
違う。そうじゃない。そういうわけじゃない。そう言いたかったが、言えるはずがない。
セレナはただ黙っていた。ルシアはそれを肯定として受け取った。
「彼と結婚しませんわよね?」
「ありえません」
「今後、あなたが彼と一緒にいる姿を見ることはないと言いきってくださいますの?」
「……彼はいつも突然私の前に現れます。執着、しているように……」
ルシアの瞳に涙が溜まる。
先日、ルシアはルカに詰め寄った際、ルカの発言からそれを感じた。何故セレナなんだと聞いても『セレナ・ヴァレンタインだけが俺の人生を輝かせてくれるんだよ』としか言わなかった。その声色も表情も自分には向けたことがないもので、ルシアはそれを執着だと感じたのだ。
「私から彼に会いに行くことはありませんし、彼と親しくするつもりもありません。街で私が彼と一緒にいる姿を見かけることがあったとしても、私が誘ったわけでも一緒に買い物をするわけでもありません。彼が突然現れてついてきているだけなのです。声をかけてくださって構いません。その場で問いただしてくださっても構いません」
ルシアは噛み付かなかった。
なんとなく、わかっていた。ルカがセレナを追いかけているのだと。でも認めたくなかったからセレナに噛みつき続けた。
婚約者である自分に見向きもしない男が自分が劣等感を抱く相手に夢中になったなどと惨めでしかない。それを認めるのが耐えられなかったから、ここに来た。セレナが少しでも動揺して責める隙でも見せてくれればと一縷の望みを抱いて。
しかし、これでわかった。冬季休暇中のルカの行動はセレナが目的。あのプロポーズも何もかも、ルカの計画どおりなのだと。
「帰りましょう」
戸惑う親の声には耳も傾けず、ルシアは部屋をあとにする。
「またお会いしましょう、セレナ様」
不敵な感じはしなかったことが驚きだったセレナは戸惑いながらも返事をした。
「え、ええ」
娘を追いかけるようにして帰っていったレヴィ一家にセレナとオスカーは揃って息を吐き出した。
「お前が余計な心配をかけるような真似をしなければこんな無駄な時間を取られることはなかったんだ」
「申し訳ございません」
「王子にまで迷惑をかけて、何をしているんだ」
「申し訳ございません。ジェラルド殿下に呼び出され、話をしておりました」
その名前にぴくりと反応したオスカーの表情が少しマシになる。
「ジェラルド殿下がお前を?」
「はい」
「内容は?」
「今回のことについての詳細でした」
父親に嘘は通じないとわかっていながら嘘をついた。
「セレナ、これ以上私を失望させるな」
ゆっくりと時間をかけて瞬きをすることによって気持ちを落ち着かせる。嘲笑しそうになる心。傷つきそうになる心。鉄仮面はどこだったかと探していた。
「嘘だと思うならジェラルド殿下に直接ご確認ください」
嘘ではないと言いきるような態度にオスカーの目がスッと細められる。苦手な目だが、セレナは視線を逸さなかった。真っ直ぐ父親の目を見つめていると目を閉じた父親が小さな溜息を吐く。
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「失礼します」
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