静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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それぞれの手紙

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 二人は一日の半分をソファーに腰掛けて過ごす。もうすぐ冬が終わるといえど、気温はまだ低く、暖炉が欠かせない。暖炉が必要なくなったとしてもこの家で座れるのはこのソファーしかないため二人は変わらずここで過ごす事になるのだが、それでも今こうしてソファーに二人で腰掛けていることを二人は「暖炉があるから」と言っている。
 普段は互いにジャンルの違う本を読んでいる二人が今日はそれぞれに届いた手紙を開封して便箋に書かれた文章に目を通していた。

「ふふっ」

 シャンディから届いた手紙の内容は相変わらずお茶への誘い。夜までゆっくりできる日に来てほしい。ランチもディナーも一緒にしたいという希望付き。いつもならすぐに返事を出すのだが、今日はまだソファーの上から動こうとしない。なぜなら隣に腰掛けて手紙に目を通すアーデルが楽しそうに笑うから。
 テーブルの上に置かれた封筒に書かれている差出人を視線だけで盗み見ると相手はあのココだった。彼女がクスッと笑う内容とはどんなものか気になって仕方ない。
 ココは良い人だと信じている。ラビが書いた手紙への返事も手紙に頭を下げてしまうほど丁寧に書かれていた。だから勘繰る必要はないのに、あの日、彼が言った言葉がずっとラビの頭の中に残っていた。

『俺と結婚する予定だったのにな』

 彼はこの結婚を認めている。祝福もしれくれた。だが、それは表面上かもしれない。自分が家の中へと入ってからあんな話をするぐらいだ。本心では認めていない可能性が高い。かといってアーデルが読んでいる手紙に何か悪口が書かれているわけではないだろう。書かれていたらアーデルが笑うはずがないのだから。
 ラビはまだアーデルを笑わせたことが少ない。笑顔で話してくれるのは毎日のことだが、それは面白くて笑っているのではなくアーデルが心掛けていることだから笑顔を見せてくれるだけ。吹き出すほど笑わせたい。この家に響くほどの笑い声を出させたい。そう願いはするものの、口下手な自分が持っている話題で大笑いなどできるはずもないとわかっているためココがどんな事を書いたのか気になっていた。
 二通の手紙が同時に届くことは珍しく、二人こうして別の差出人からの手紙を並んで読むのは珍しい。これはチャンスでもあった。さりげなく内容を聞き出しやすいと考えたのだ。
「ココさんからですか?」「そうです」「なんと?」ただそれだけ。そうすればきっと教えてくれるだろう。面白いことが書いてあると言って読ませてくれるかもしれない。人の手紙を読みたいだなんて悪趣味ではあるが、これも勉強のためと言い聞かせて声をかけた。

「コ、ココさんはなんと?」

 頭の中で行ったシミュレーションが合体してしまった事でラビはソファーから床へと崩れ落ちて倒れてしまいたかった。HPもゼロでいい。復活もできなくていい。これではあからさまに気になっているみたいではないかと絶望すら感じていた。人の手紙の内容を気にする卑しい人間だと思われたに違いないと降り積もる雪が織りなす銀世界を窓越しに曇った目で見つめるラビは呼吸を止めていた。

「ビバリーという国に行ったそうなのですが、とても面白かったと」

 怪訝な顔もせず教えてくれるアーデルの言葉にハッと意識を戻す。

「ビバリーとは、あの時計の?」
「よくご存知ですね。そう書いてあります。大きな時計塔が観光地となっているレンガ造りの街並みが美しい国だそうです」
「一度だけ行ったことがあります。都心部は商業という感じなのですが、都心から少し離れると草花が美しく、小川なんかも通っていて本当に美しい街並みでした」
「素敵。行ってみたいです。私はルスから出たことがなかったので、彼はいつもこうして訪れた国の事を書いて送ってくれるんです」

 優しい人だと思う一方で、複雑な思いも湧き上がる。アーデルの中ではやはり彼が一番なのだろうかと聞く勇気もない言葉を浮かべては自分の気分を自分で落としていく。

「じゃ、じゃあ!」

 思った以上に声が大きくなってしまったと慌てて口を押さえてアーデルを見ると彼女も驚いた顔をしていた。

「す、すみません! 大声を出すつもりはなかったんです! 驚かせてごめんなさい!」
「平気ですよ。少し驚いただけですから」
「すみませんすみません!」
「謝罪は一度だけって約束ですよ」
「あ……すみません」
「五回目」
「あ……ご、ごめ……」

 謝るのが癖になってしまっているラビに眉を下げるも笑みは消えていない。少しずつ変わればいい。小さな事に何度も謝る必要はないのだと。爪を噛む癖と一緒だと気長に捉える事にしていた。

「何を言おうとしたのですか?」

 押さえた口から手を離して今度は気をつけながら口を開く。

「よ、よかったら今度、ビバリーに一緒に行きませんか? け、結婚してからどこにも行ってませんし、し、しん、しんこ……し、新婚旅行ということで!」

 意を決した誘いに顔を真っ赤にするラビにアーデルが向けたのは笑顔。

「嬉しいです」

 新婚旅行という響きに自分達は結婚したのだと実感する二人。

「ちょっと待っててください!」

 立ち上がって部屋へと駆け出したラビがまた十秒かからず戻ってきた。手には地図帳。それをテーブルの上に広げて指を這わせる。

「ここがヒュドールです。ルスはここ」
「地図上ではそんなに離れているように感じないのに遠いですよね」

 馬車でも数日かかった旅路。遠かったと今もあの時の感覚は鮮明に思い出せる。

「そうですね。ビバリーも近く見えますが、それなりの時間がかかります」
「ヒュドールからのほうが近いですね」
「ルスはどこに行くにも不便な立地だと思います。大きな川があって、橋はこことここだけ。流れを作りにくい立地ですから、商人はどうしてもヒュドールに流れるでしょうね」
「父もそう言っていました。ルスは自然豊かな国だけど商売の国ではないと」
「ヒュドールも同じです。商売の国ではありますが、自然はここら辺にしかない。僕は自然を消して人を増やしたあの国が苦手なんです」
「だからここに家を?」
「はい。……あ、す、すみません! ヒュドールに嫁いでくれたあなたになんて話を!」

 再び頭を下げるアーデルはラビの言葉を聞いて安堵した。彼はきっとあの国で生きていくには優しすぎる。ヒュドールという国を歩き回ったわけではないため決めつける事はできないが、馬車で入国した時から心地良さは感じなかった。
 ルスは小さな国だから誰が来ても歓迎する。旅人も商人も大歓迎。だが、ヒュドールは違う。大国でありながら街の人達はジロジロと馬車の中のアーデルを見てきた。国が違うのだから比べてはいけないとわかってはいたが、居心地の悪さに悪印象を持った。それを秘密にしていただけに彼が生まれ育った国を愛していないことがわかって安堵した自分の器の小ささに苦笑する。

「ラビ皇子が正直な方で安心します。私もヒュドールにはあまり良い印象を得なかったものですから」
「ビバリーはきっと気にいると思います。素敵な街に住んでいる人達という感じがしましたから」
「ココもそう書いていました。国も人も良いと。時計塔のあまりの高さに握った手すりから手を離せなくて笑われたとも」
「時計塔はすごく高いので下を覗き込むのは禁止されています」
「すごく楽しみです」

 初めて見た地図帳。地球儀は何度も見たことがあるものの、紙になった平い地図は見たことがなかっただけに面白く感じたアーデルは暫く地図の上であちこちに指を這わせて世界を見ていた。
 初めての旅行。ヒュドールに経つのとは心境も理由も違う。ワクワクしていた。

「いつ行きます?」
「い、いつでも!」

 準備が出来たら行こう。そう決めて二人は少ない荷物をまとめながらビバリーに着いた後の計画を話していた。
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