静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

文字の大きさ
24 / 103

反省

しおりを挟む
「アーデル」
「はい」

 玄関のドアを閉めてすぐにアーデルを呼んだ。振り向くアーデルが見たのは床の上で縮こまるラビの姿。人はこんなにも小さくなれるのかと驚いてしまうほど丸くなっている。

「アルマジロ?」

 完全に丸くはなりきれない動物の事を思い出して思わず口にしたアーデルがラビの前で正座をする。

「どうしました?」
「大変……大変ッ申し訳ございませんッ!!」

 家の中に響き渡る怒声のような謝罪。床に額を押しつけながら謝るラビはそのまま腕の力だけで身体を持ち上げて倒立が出来そうだとのんきにそんな事を考えるほど、アーデルはシャンディとの事を深刻には捉えていなかった。
 
「あなたに不快な思いをさせてしまいました事、心よりお詫び申し上げます!」
「ラビ皇子、顔をお上げください」
「上げる顔などありません! あなたにどんな顔で接すればいいかわからないんです! 僕は今日からここでドアマットになります! 踏むなり蹴るなり、アーデルの気が済むようにしてください!」

 自分も怒っていると思われているのだろうかと

「勝手に感情を決めつけないでください」

 優しい声に恐る恐る顔を上げると怒っているのではなく残念だと言いたげな表情を浮かべるアーデルと目が合った。

「だ、だって僕がちゃんと説明していればシャンディは納得していたかもしれなくて……。そうすればあなたを不快にさせる事などなかったかもしれないのに……! 全て僕の責任です! 僕が説明不足だったから! 僕なんかのせいで──」

 スッと差し出された手に目を瞬かせるも意図を察して慌ててポケットから硬貨を取り出した。それをアーデルの手に乗せると彼女はギュッとそれを握ってラビの目を見る。

「あなたはこれからもずっとそんな風に何もかも自分のせいにして生きていくおつもりですか?」
「え……?」

 玄関の棚に置いてある小皿に硬貨を入れてかぶりを振る。

「シャンディさんとご結婚されるつもりはあったのですか?」

 アーデルがまだ家に入る前にシャンディが言った言葉にラビの視線が落ちる。ゆっくりとかぶりを振るラビにアーデルが眉を下げる。

「それなのに期待させるような返事をしてしまったのですね?」

 横に振っていた首が今度は縦に動く。

「あなたが、自分が悪いと思わなければならない点があるとすればそれだけだと思いますよ」
「で、でも……」
「彼女はあなたが一人でビバリーに行っていたらあんなに怒ったりはしなかったでしょう。私と一緒だったから怒ったのだと思います」

 ラビもそれはわかっている。だけど、それを認めることはアーデルに失礼な気がして頷けなかった。

「僕は……」

 もう一度スッと差し出された手にまたラビが目を瞬かせる。ポケットから最後の一枚である硬貨を取り出すもそれじゃないと一度手を引っ込められた。

「お話はソファーでしませんか?」
「あ……はい」

 再び差し出された手を握って立ち上がり、二人でソファーへと移動する。
 置きっぱなしの旅行鞄と土産物。家に着いた時はまだ残っていた楽しさも今は残っていない。嫌な気分でいっぱいだった。
 目を閉じ、フーッとゆっくり息を吐き出してからソファーに腰掛けたラビが身体を少し横に向けてアーデルと向き合う。

「どこから話せばいいのでしょう……」
「どこからでもいいですよ。ラビ皇子が話したい部分だけでもいいし、全部話してくださっても構いません」

 シャンディはアーデルを殴ろうとした。あそこでラビが止めなければ確実に問題となっていた事は間違いない。シャンディとてそれがわからないほど馬鹿ではないだろうに、怒りで我を忘れたように手を振り上げた。脅しのつもりではない勢いは止めたラビとシャンディ本人にしかわからない。アーデルは殴られる覚悟があったのだろうか。

「アーデルに、一つだけお願いがあります」
「なんでしょう?」

 真剣な眼差しにアーデルの身体に緊張が走る。

「勝てない戦には向かわないでください」
「え?」

 ラビの発言の意図がわからないと首を傾げるアーデルの目からラビは視線を外さず続ける。

「僕は、アーデルは強い女性だと思っています。穏やかで物静かだけど、明るくて強い女性だと」
「そ、そんな……私は強い女性ではありません。そうなりたいと思ってはいますが──」
「どんな状況下でも、怒っている相手からは逃げてください」
「え?」

 真剣な表情でそう告げたラビにアーデルの戸惑いは消えず、どういう意味だと顔に書いた。

「アーデルはシャンディの行為を受け止めるつもりだったのかもしれませんが、僕は逃げてほしかった。僕の後ろに隠れるでもいい。とにかく前に出て、戦う事だけはしないでください」

 そこでようやくラビの発言の意図を理解した。叩かれるつもりがあるように見えたラビにとって自分の行動に良い印象は受けなかったのだろう。相手は幼馴染。王女を叩かせたくはないし、幼馴染に叩かれてほしくもない。その思いから言っているのだろうと察してアーデルは頷いた。

「それがお願いですか?」
「はい」
「わかりました。これからはそうします」
「僕が逃げてと言ったら必ず逃げてください」
「はい」

 彼に逃げろと言われるような瞬間がやってくるのだろうかと考えるアーデルの頭の中には森の中で興奮した野生動物と出くわすシーンが浮かんでいた。もちろんそうなったら逃げるつもりだが、あまり運動神経が良いほうではないため逃げるほうが足手纏いになりそうだとも思う。かといって相手の後ろに隠れれば守りながら対処する相手の負担になるのは目に見えている。だからアーデルは余計な事は言わず返事をした。
 良い返事が聞けた事に安堵したラビはようやく表情を和らげた。といっても苦笑。それになんとなくではあるが、二人の関係は笑顔で良好と話せるものではないのだと察した。
 急かさず、ラビが話し始めるのを待つ。五分、十分と時間が過ぎていく。

「お茶でも淹れましょうか」
「聞いてください」

 掴まれた手首を見るとラビが慌てて手を離す。ごめんなさいと一言謝ってすぐ俯いた。タイミングが良かったのか、口を開いた事でようやくラビの言葉が漏れ始めた。

「僕は……ご存知のとおり、人付き合いが上手くありません。人の言動を深読みしては全て悪いほうに考えてしまうんです。純粋に褒めてくれた言葉にも裏があるとか、お世辞だとか、嘘だとか……そんな事ばかり考えて何も素直に受け取れないんです。笑顔を見せていても裏に行けば舌を出して僕の悪口を言っているんだとか、そんな事ばかり。人を信用しようにもできない自分が情けなくて、できるだけ人を見ないようにと俯くようになりました」

 そんな事はないと励ませても、そう考えるまでに至った経緯がある以上は軽い気持ちで声をかけられなかった。

「シャンディは違ったんです。良くも悪くも裏も表もない性格。言いたい事は何でも言ってしまう。そこに憧れていました。彼女といると余計な事を考えなくて済むから彼女といるようになって……」

 一度言葉を止めてからゆっくりと息を吐き出して再開させる。

「僕はずっと勘違いしていたんです」
「勘違い?」
「わがままを天真爛漫だと。起伏の激しさを感情豊かだと。自分勝手を気ままだと思っていたんです。シャンディの家は母親を早くに亡くしていて、ずっと父親と二人で生きてきて、彼女は父親にとって目に入れても痛くないほど愛おしい存在として甘やかされてきました。それを助長したのは間違いなく僕です」

 甘やかされて育った事は容易に想像できた。ラビに言えば何でも叶ってきたからあれだけのわがままを言っていたのだろうとも。
 アーデルはシャンディの気持ちがわからないわけではない。自分も母親を早くに亡くしているから父親は甘やかそうとしたし、実際たくさん甘やかしてくれた。だけど、アーデルは甘やかしてもらう事に罪悪感を覚えるようになった。父親の負担になっているのではないかと。だから何でも自分の力で出来るようになりたいと思っていたし、父親が望むならと結婚もした。結婚しようとした相手がいたにもかかわらず、後悔はない。
 だけど、シャンディは違う。何でも叶えてくれた幼馴染が結婚した事もショックだったし、彼女の中でビバリーに彼と行くのは言葉にしていなかっただけで決定事項だったのだろう。だから抑えきれないほどの怒りが湧き上がった。理解は出来るが、幼子ではないのだから彼女は納得しなければならない。
 結婚式で会った日からシャンディには良い印象を持っていなかったが、ここに来てそれは更に悪化した。アーデルの中で小さなモヤつきが生まれ、それをどう解消すべきかと悩みに変わる。

「随分と怒っていましたが、シャンディさんへの対応をこれからどうなさるおつもりですか?」

 酷な質問だとわかっていて投げかけた。平行線の一途を辿るだろう話し合いに意味はない。かといってラビはシャンディとの関係をこのままにはできないだろう。

「……暫くは……放っておこうと思います」
「できそうですか?」
「手紙は書くつもりです。言葉を交わすと僕も感情的になってしまうし、手紙で話すのがちょうどいいと思うんです」
「返事があるといいですね」

 話し合いは返事がなければ成り立たない。自分が送った手紙にシャンディからの返事がないのはありえない話ではないと苦笑するラビが俯きに近い状態で小さく頷いた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

処理中です...