静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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寄り添い

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 突然の知らせに絶句するラビにアーデルはなんと声をかけるべきか迷っていた。至急と書かれた封筒。これが嘘ならシャンディはラビに見放されるだろうが、いくら嫌われているといえど自分と引き離すために親の死を偽装するような真似はしないはず。だとしたら……

「ラビ皇子」

 アーデルに名前を呼ばれてハッと我に返ったラビが真っ青な顔を向ける。

「ハ、ハワード公爵には大変お世話になっていて……ぼ、僕がまだ幼い頃からずっと良くしてくださった方で……か、彼は来月、四十八歳の誕生日を迎えるはずで……」

 突然の訃報に整理しきれていないラビが震えながら言葉を漏らす。ショックなのだろう。まだ四十八歳の突然の訃報を驚かないはずがない。

「ぼ、僕、幼い頃から父が怖くて……優しいハワード公爵が好きだったんです。父がこの人だったら良かったのにって思ってしまうほど優しい方で、本当に色々と面倒を見てもらって……。シャンディが僕と結婚すると言った時、ハワード公爵はいつも苦笑しながら『お前の夢は大きいな』とそう言いました。彼は娘が皇子と結婚できない事を理解していました。皇子に良くしているからといって下心を持ってワーナー家に取り入ろうとする事もなく、僕に何か言ってくる事もありませんでした。本当に……本当に優しい方で……」

 ルーカス皇帝が威圧的な態度を取るのは昔からで、ラビは幼少期からそれに怯えていた。父親がいるにもかかわらず、父だったらと憧れていた相手の死はシャンディほどではなくともラビにも巨大な悲しみを与えていた。震える声が急に出なくなり、震える唇を噛み締める。
 悲しいだろうと理解しながらもアーデルは背中を撫でつつ彼に少し厳しめの口調で声をかけた。

「ラビ皇子、今この瞬間、誰よりも辛いのはあなたではなくシャンディさんです。支えが必要だと思います。どうか、傍にいてあげてください」
「で、でも、またあなたを一人にしてしまう事に……」
「私は心身共に元気です。支えは必要ありません。それに、ヒュドールが戦争をやめない以上はラビ皇子は何度でも戦場に赴くのでしょう? 慣れておかなければ」

 アーデルも早くに母親を失っている。もう十年も前の話で、母親はまだ二十代だった。失意のどん底にいる父親と三歳だった妹を見ていたアーデルは悲しくて寂しくてたまらなかったのに、涙は一粒だって出てこなかった。女神のように美しく、聖母のように優しかった母親を失い、心にはぽっかりと穴が空いたように感じていた。涙は目からではなくその穴から流れ出しているのではと思うほど、アーデルは母親が亡くなってから一度も彼女の喪失について涙を流した事がない。
 愛する人を失う辛さをアーデルは身をもって経験したからこそ今のシャンディの気持ちがよくわかる。シャンディの事はきっとこれからも好きにはなれないだろうが、その感情で動くつもりはなかった。

「い、一緒に行きませんか? 葬儀もあるでしょうし、僕の伴侶として一緒に出席を──……」
「遠慮しておきます。私はウェルザー公爵とは面識がありませんし、辛い気持ちの中、好ましくない相手の顔を見ると余計に辛くなるでしょうから」

 ラビもシャンディの気持ちがわかっているからこそ「そんな事はない」と綺麗事を言ったりはしなかった。
 感情の起伏が激しいシャンディの事だ。アーデルを見て感情的になってしまう可能性がないとは言い切れない以上、無理に連れていくべきではないと判断して立ち上がる。馬小屋から馬を連れ、外まで見送りに来てくれるアーデルにもう一度「すぐ戻る」と約束して駆け出した。
 シャンディが恥知らずにもルスの国王に娘を非難する手紙が送られてきたとの報告の手紙の中にこう書かれてあった。

『彼女もお前と同じで早くに母親を亡くしている。一人娘を目に入れても痛くないほど溺愛しているせいか、彼女は自分が世界の中心人物であると思い込んでいるのだろう』と。 

 母親を亡くし、父親をも亡くしたシャンディの悲しみは計り知れない。
 アーデルは父親を失ってもまだ妹がいる。でも、シャンディには他に家族がいない。残された肉親との別れを受け止めるには相当な時間がかかる。悲しみか、苦しみか。どちらにせよ支えがなければ乗り越えられないだろう。
 莫大な遺産を相続するだろうシャンディが生きるに困る事はないだろうが、早すぎる親との別れ。悲しみに暮れるシャンディを放っておけないラビが帰ってくるまできっとそれなりの日数がかかるのではないかと予想する。
 そしてその予想は当たった。 

 三日後、無事に葬儀が終わったと手紙が届いた。シャンディが棺に抱きついて土葬を拒んだが、それ以外は全て問題なく終わったと。だが、その次にお願いが書いてあった。

【シャンディの憔悴が酷く、食事も喉を通らない状態です。昼夜問わず泣き続け、ハワード公爵を呼び続けています。シャンディは気が強く、何があっても自分の足で立っていた女性なので、ここまで憔悴するとは思っていなくて僕自身とても驚いています。あなたの言葉を盾にするつもりは微塵もありませんが、今のシャンディには支えが必要です。僕が傍にいる時だけ彼女は落ち着くようで、僕がここにいて彼女の悲しみと絶望が少しでも落ち着くのであれば、もう少しだけ寄り添おうと思うのですが……お許しいただけますか?】と。
 時間がかかる手紙で問う意味はなんだろうと意地悪にも思ってしまう。返事が届くまでラビはウェルザー家に滞在し、もしダメだと書かれた返事を読んだらシャンディに謝って帰ってくるのだろうか?とも。
 そんな返事を書くつもりは毛頭ないのだが、少しだけモヤついてしまう。
 馬で四十分走る距離だ。手紙を書いている間に走らせれば返事が来るまで不安で過ごす必要もないだろうに。だが、きっと少しでも離れるとシャンディが不安定になってしまうのだろうと考えてアーデルは返事を書いた。

【シャンディさんの心が少しでも安らぎを得られるよう、傍にいてあげてください。あなたの優しさにきっと救われるはずですから】

 長々とした余計な言葉は必要ないと短く書いて封をした。市場に設置されている郵便の集荷を行なっている雑貨店へと財布を持って向かう。
 二人で話をしながら歩いていると気にもならない距離は一人だととても長く感じる。

「今日は旦那さんは一緒じゃないのかい?」
「ええ。用事で出ています」
「そうかい。来月の頭にまた古書市が開かれるから知らせておくよ」
「ありがとうございます。伝えておきますね」

 市場でついでに買い物でもして帰ろうかといつもの店に立ち寄ると来月の予定が書かれた紙を受け取った。
 来月の頭──二週間もあれば帰ってくるだろうか。愛する人を失った心の傷はそう簡単に癒えたりはしない。ましてや一人になってしまったという恐怖も相まって、立ち直るにはかなりの時間を要するはず。ラビはそれを振り切って帰る事はできないし、アーデルも寂しい想いを手紙に認める事はしない。
 次に会えるのはいつになるだろう。予想がつかない。でもアーデルは落ち込まないようにしていた。彼に言ったように、戦争が始まれば長く家を空ける。それに自分は慣れなければいけないのだからと。
 自分に気合を入れてパンとミルクを買って家に帰った。
 だが、アーデルは予想していなかった。

【随分と立ち直ってきたように思います。でも、まだ少し不安定なところがあるのでもう少しだけ……】
【もう少しだけ……】
【あともう少し……】

 帰宅の延長を知らせる手紙が何度も届き、あっという間に一ヶ月が過ぎてしまうことを。
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