静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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夫不在

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 家の戸締りは済ませた。火と水の確認もした。テーブルの上には書き置き。一つずつチェックを済ませたアーデルは二人の似顔絵を見ながら「行ってきます」と呟いて家を出た。
 家の前には馬車が一台。その前にはココ・ハウザーの姿があった。

「浮かない顔だな」
「一人は飽きちゃった」
「だろうな。自分から望んでの生活ならいいが、理由があっての一人は孤独も同然。飽きるに決まってる」

 いつだってココはアーデルの味方だった。優しい言葉を選んで声をかけてくれる。
 馬車に乗り込んでシートに座る。馬車に乗る事さえ久しく感じるのが何故だか少し寂しかった。

「でも本当に良いのか? 彼はお前が呼べば来そうな気がするが」
「親を亡くして悲しんでる人の傍にいるのよ? パーティーに出る気分じゃないに決まってる」
「公に顔を出さない人だしな」
「苦手なのよ、ジロジロ見られるのが」
「お前もだろ?」
「私はあなたの幼馴染だもの。顔を出すぐらいはするわ。おめでたいパーテイーだしね」

 ハウザーの玩具屋が創立五十周年を迎えた。感謝を込めてのパーティーがルスで開催されるらしく、招待状を受け取ったアーデルは出席する事にした。ドレスは家にあるため立ち寄って着替えて出席する予定。またフォスと顔を合わせるのかと思うと少し気が重くはあるが、仕方ない。
 招待状が届いたのは二週間前だが、ラビには伝えていない。シャンディを置いてパーティーに出席など選ぶはずがないとわかっているから。もし、自分がルスに行っている間に彼が帰ってきた時に心配しないように書き置きもしてきた。
 結婚した日、こんな小さな家で暮らすのかと憂鬱な気分はあった。だが、住んでみればまさに都。半年が過ぎた今では居心地の良い素晴らしい家だと思える。だが、その家で夫と一緒に過ごしたのは何ヶ月だろう。結婚して七ヶ月。三ヶ月近く戦争で家を空け、シャンディに寄り添って一ヶ月。ちょうど半分ぐらい。仕方ない事だとはわかっている。何も彼は浮気をして家を空けているわけではない。タイミングが悪かっただけ。だから彼を恨んでも憎んでもいないし、怒ってもいない。ただ、彼を恋しく思う日が増えていくと同時に寂しさに慣れていく自分がいる事に気付いてしまったのが少し切なかった。
 彼はパーティーに出席するのが苦手だから、招待状が来たと言えば苦笑を滲ませただろう。でも妻を一人で行かせるわけにはいかないと行きたくもない場所に赴いて俯いて過ごす。それを周りはきっと笑うはず。彼はそんな自分を恥じるかもしれない。あくまでも想像だが、あながち外れてもいないとアーデルは思っている。一緒に行きたい思いはあれど、彼を苦しめるならこれからもパーティーへの出席は控えるつもりだ。今日のように彼が家にいない時だけ出席しようと決めた。

「悲しんでいるとはいえ、一ヶ月も傍にいる必要があるのか?」
「悲しみは人それぞれよ。火葬する国では妻が亡くなった悲しみが一年経っても薄れる事がなくて、遺骨を全て食べてしまったという人もいるらしいわ」
「骨を食べたのか?」
「焼いた骨はとても脆くて、棒で突けば簡単に砕けてしまうらしいの。だから食べる事ができたんでしょうね」

 実話として書かれた異国の物語を読んだ際に書いてあった事だ。男はそうする事によって自分の気持ちを整理した。一人ぼっちになってしまったシャンディの傷が癒えるのもどれだけかかるかわからない。ラビがもう大丈夫だと判断するのもいつになるかわからない。

「子供がいてもそうなるのかねぇ」
「子供と伴侶は別なんじゃない?」
「お前はどうだ?」
「……子供がいないのにわかるわけないでしょ」

 もし今、戦争でラビを失っても掘り起こして一緒に棺の中に入ろうとは思わないだろう。泣いて終わり。いや、泣けるかすら怪しい。彼の事は愛おしいと思う。手を繋ぐのが当たり前になり、キスだって一度だが経験した。でもまだ同じベッドで横になってはいない。互いに背を向けて寝ていた数日の経験はあくまでも‘仕方なく’であって互いに望んでではなかったから。
 夫婦として生き、これから子供を授かって家族として生きるべきなのだろうが、アーデルにはまだその想像がつかない。彼との間に子供ができるどころか、彼とそういった営みがあるのかさえ想像ができないのだ。
 
「優しすぎるのも問題だな」

 アーデルもそう思っているが、何も言わない。

「あなたはもし私が彼を亡くしたら慰めてくれる?」
「……まあ、そうか。そうだよな」

 ココはアーデルの父親が亡くなったら、と考えていたが、対象としてはラビかと考え直した。彼が亡くなれば葬儀は当然ヒュドールで行われる。アーデルがルスに帰る事はなく、あの犬小屋のような家で一人寂しく生きていくのだと想像すると自分ならきっと連れ出してしまうだろうと考えた。世界を駆け回るほど忙しい仕事を父親に頼み、アーデルの傷が癒えるまで傍にいる。もう大丈夫だと言われても信じないかもしれない。強がっているだけかもしれないと疑って。
 ラビもそうなのかもしれないと考えはするが、妻を置いてまで長期間するべき事かとも考えると腹が立つ。かといって妻であるアーデルが何も言わないと、急かさないと決めているなら自分が言うべきではないと自重している。
 このパーティーが少しでも息抜きになればいいと思っているが、アーデルの表情から察するに不安な気持ちは消えないだろうと一人苦笑する。


 三日の旅を終えてルスに到着した日、アーデルはフォスと顔を合わせても婚約の話はしなかった。パーティーに出るためにルスまで戻ってきたのだ。わざわざ喧嘩する必要はない。
 フォスも何か言われてるのではないだろうかと気構えていたのだろう。少し硬い表情だったが、パーティーの話をすると笑顔になった。

「ラビ皇子は? 一緒じゃないの?」
「用事があって抜けられなかったの」
「公務もない皇子が抜けられない用事って?」
「そんな言い方しないで。彼にも用事ぐらいあるの」
「ふーん。公務のない第七皇子が忙しいなんて信じられないけどね」

 好き勝手言って去っていくフォスの相変わらずさに苦笑しながらも見送り、目の前のドアをノックして返事を受け取ってから中に入る。

「おかえり、アーデル」
「こう何度も帰ってよいものか」
「ラビ皇子は一緒ではないのかい?」
「はい」

 父親が溜息を吐いた事で何か勘違いしているのではと焦ったアーデルが胸の前で手を振る。

「一ヶ月ほど前にハワード・ウェルザー公爵がお亡くなりになりました」
「らしいな。聞いているよ。ラビ皇子が不在なのはシャンディ・ウェルザーに付き添っているからか?」

 鋭いと苦笑を深めながらも小さく頷いた。
 父親はそれを快くは思わないだろう。父親でなくとも快く思う事はないだろう。

「葬儀から一ヶ月も経っているのにまだ付き添いが必要か?」
「人の悲しみはそれぞれだとおっしゃったのはお父様ですよ」
「そうだ。悲しみは理解している。唯一の肉親を失った悲しみは相当な深さだろう。孤独を感じてさえいるかもしれない。だが、いずれは立ち上がらなければならない。いつまでも悲しみに浸っているわけにはいかないからな」
「それはそうですが……。シャンディさんには彼が必要なのです。今暫くは支えとなってあげるべきだと言ったのは私ですし、ハウザーのパーティーについて知らせなかったのも私です」
「……自分の首を絞めながら人を甘やかしていると後悔が生まれるかもしれない。それは覚えておきなさい」
「はい」

 父親の言いたい事はわかっている。幼馴染であろうと相手は異性。ラビにその気がなくともシャンディにその気がある事は届いた不躾な手紙からも感じ取る事ができた。ラビのような内気な人間にとって自分を見離さない幼馴染ほどありがたい存在はいなかっただろう。妻ができたとて幼馴染は特別な存在。妻とはまた違う立場にいる事をラビは考えなければならないとヒースは思うが、手紙を書いて彼の考えを改めさせるほど子離れできていないわけではない。かといって笑顔で容認できるような事態でもないだけに目を閉じて首を振る。
 状況が状況なだけに娘が粗末に扱われているとは思っていなくとも、不愉快ではある。これが一週間前に葬儀が終わったならわかるが、既に一ヶ月経っている。

「ラビ皇子にとって彼女がどれほどの存在かはわからないが、妻を持つ身である以上は関係を整理すべきなのではと思うがね」
「彼はとても優しく、そしてとても臆病な人間です。人間関係の整理には勇気が必要です。私だってココとの関係を考え直せと言われれば戸惑うでしょう」
「ココはお前を利用したりはしない」
「利用されているかどうか判断するのは彼です。私は夫が悲しみに心から寄り添える優しさを持っている事を誇りに思っています」

 娘の言葉を聞いて目を見開いた父親だが、その表情がすぐに柔和なものへと変わっていく。

「お前は母親似だな」
「そうですか?」
「お前も知っているだろうが、私の弟の妻は子を産んですぐに流行病を患って亡くなった。弟は二週間泣き続けていた。食事も喉を通らず衰弱していく姿は見ていられないほどだったよ。それでも必死に我が子の世話をしようとする弟に休んでいろと言った私を父は酷く叱った。お前が甘やかすから女々しく泣き続ける軟弱者になったのだ、とね」
「そんな……」
「彼女は激怒する父にお前と同じ事を言ってくれたんだ」

 どんなに願おうと声を聞く事すら叶わない相手への愛しさが込み上げる胸を押さえながら優しく微笑む父親を見てアーデルもようやく笑顔になれた。

「半年」
「ん?」
「彼がもし、半年も帰ってこないようなら、その時は考えます」
「……そうだな」

 また目を見開いた父親だが、その答えに満足したのか笑顔で頷く。
 考える内容はまだ決まっていない。この結婚は政略結婚だ。そう簡単に離婚はできない。ぐるぐると回る不安要素に滲みそうになる苦笑を堪えて下がる事にした。
 
「ふう……」

 部屋を出てすぐ溜息が溢れる。
 パーティーが今日ではなく明日でよかった。今日はパーティーに出席するには心が疲弊している。
 仕方ないとスッパリ割り切れる性格がよかった。綺麗事と強がりばかり。でも他に取るべき行動がわからない。最低な人間だと思われたくない。臆病者なのは自分も同じ。死を悲しんでいる人間がそれを利用しようとしているなどと考える自分が嫌だった。
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