静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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新居の話

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 結婚式も無事終わり、アステルからの長旅を終えた二人はそのまま家には帰らず、ラビが持ってきていたメモ用紙に書かれた住所をいくつか回った。
 土地ではなく建売の家を何軒か見回り、それをまた細かいカテゴリー分けをしてメモする。家に入る前から、入ってからもずっとガリガリとメモを取り続けているラビに何をそんなに書くことがあるのだろうとアーデルは不思議に思っていた。

『僕に絵の才能があれば家を模写するんですけど、才能は皆無です。ごめんなさい』

 心底悔しげに言ったのが印象深い。
 帰宅途中、市場に寄って帰宅を知らせる手紙を書いて父親に出した。馬車の中で書いておけばすぐに出せるし、家に帰ってからそのための時間を取らなくて済むからと用意しておいた。
 家に帰った二人はホッと安堵の息を吐き出す。郵便受けからこぼれ落ちそうなほどの手紙は届いていないし、窓も割れてない。鍵がこじ開けられた形跡もなく、中に入っても家は荒らされていない。シャンディは行動していない。それが二人を最も安心させた事だ。

「珈琲淹れますね」
「ありがとうございます」

 立ち寄った街で買ったアップルパイと一緒にとラビが珈琲の準備をしてくれている間にアーデルはお皿と包丁とフォークを用意する。テーブルの上は狭く、珈琲とアップルパイでいっぱいになってしまうため地図とメモが広げられない。
 とりあえずは疲れを癒すのが先だと二人の意見でまずは珈琲タイムと決めた。

「んー! 美味しい!」
「りんごがまだシャキッとしてて歯応えあっていいですね」
「ラビ皇子の珈琲がまたよく合います」
「よかった。アップルパイが結構甘いと店主が言っていたので紅茶よりは珈琲かなと思ってたんです」
「大正解ですね」

 のんびりとした時間が過ぎていく。問題のない日常。穏やかに流れる時間。最愛の人。分かち合える食事。二人はそれだけで幸せだった。
 
「私が洗い物しますからラビ皇子は休んでてください」
「僕も一緒にします」
「休んでてください」
「二人でしたほうが早いですよ。僕がお皿を洗うので、アーデルはお皿を拭いてください」

 一人だけ休んでいるという事ができないのはお互い様。アーデルもラビが珈琲を淹れる時はカップやお湯を用意する。お砂糖やミルクも。ラビも同じ。二人は何かと共同で動く事が多い。
 ラビが洗った食器をアーデルが拭いて食器棚にしまう。
 全て片付け終えたらソファーに戻って地図とメモを広げる。

「こ、こんなに書いてたんですか!?」
「忘れてしまう部分もあるでしょうから、できるだけ詳細に思いまして」

 メモ用紙いっぱいに書かれた家の情報。内装だけでなく外観と周りの景色についても細かく書かれている。近くに市場があるか、市場から徒歩と馬車でそれぞれ何分かも書いてある。不動産屋から聞き出した情報全て書いているのではないかと思うほど。

「アーデルはどこが一番印象に残っていますか?」

 どこが良かったかと聞かない辺りがラビらしいとアーデルは思う。
 メモ帳に書かれた地域と家の詳細を記憶と照らし合わせながら五枚の紙を左右に分けていく。

「印象に残っているのはこの二軒で、三軒は条件があまり揃ってなかったように思います」
「僕も同じです。かといって……」
「この二軒も心惹かれる程ではありませんでしたね」

 言っていいものかと迷ったラビの代わりにアーデルが言葉にする。五軒回ってピンとくるものがなかった二人にとって今回の物件探しはちょっとした旅行のようなものだった。
 ヒュドールから出たのは楽しかったが、目的があっただけにイマイチばかりの感想に二人は終始頭を悩ませていた。純粋に観光を楽しむのではなく、レストランや宿ではいつも物件の話ばかり。見つかるまで気長に、という答えを二人は出さないでいる。できるだけ早いほうがいい。それが二人の共通の意識。
 馬車を降りる前、ラビはまず郵便受けを見た。手紙が溢れていない事に小さく安堵するも、中を見るまで真の安堵は得られないと一目散に郵便受けを開けた。手紙は入っていない。ウェルザー家から一通でも手紙があったらどうしようと思っていた。シャンディが自殺未遂ではなく本当に死んだという知らせだったらと。でも知らせはなかった。シャンディは生きている。それに安堵と不安を抱いたからこそラビは物件探しを急いでいる。

「シャワーってハイデンだけなのでしょうか?」
「簡易の物はありましたが、ハイデンと同じ物を有している所はありませんでしたね」
「でもハイデンで聞いた際、販売もしているし売れ行きも良いと言っていたので取り入れていない所がないわけではないと思うんです」
「問題は電気という物ですよね。それがないとハイデンのシャワーシステムは動かないわけですし」

 ハイデンに旅行に行った際、宿にあった“シャワー”に驚いた。シャワーシステムを作る事は可能だが、なんの準備もなく蛇口を捻るだけで湯を浴びる事ができるシステムは二人とも初めての経験だっただけに驚愕した。だから二人の希望としては家の風呂にシャワーが欲しいと言うものだが、二人がマークを付けた地域的にそれは不可能。電気が通っていないのだ。
 シャワーを諦める事で物件の視野は広がり、二人が納得する物があるも探せるのだろうが、今のところシャワーを諦められない二人は内見に行った物件の中で決める決断ができないでいる。

「どこも街外れにある静かな場所で良いのですが」

 都市部ではなく郊外に住みたい希望を持つ二人。土地が安いため家は少し大きめで買えるメリットを優先するつもり。将来、子供ができる事を考えて部屋は多いほうがいいし、リビングも広いほうがいい。大きめのダイニングテーブルと多めの椅子。二人で立っても平気な広めのキッチン。寝室は広くなくてもいい。
 シャワーが欲しい絶対の理由としてはハイデンで雨に打たれた際、宿に帰ってすぐシャワーによって身体を温める事ができたから。宿の主人もそれが自慢だと笑っていた。
 もし子供達が突然の雨に濡れて帰るような事があったらシャワーがあれば風邪をひかずに済むだろう。それ故に強く希望していた。
 どうするべきかと頭を悩ませているとラビが何か思いついたようにポンッと手を叩いた。

「そうだ! ココさんに聞いてみませんか?」
「……ココに、ですか?」
「世界中を回っている彼なら良い物件を知っているかもしれませんよ」

 新店舗探しで色々と物件を漁っている彼ならと提案するもアーデルは表情からして乗り気ではない。

「あー……二人で決めませんか?」

 苦笑するアーデルにラビが慌てる。

「ぼ、僕はもう何も思っていませんよ!? ココさんに嫉妬したりもしませんし!」

 自分に配慮しているのではないかと思うラビだが、それでも続く苦笑に首を傾げる。そしてふと思い出した。

「そうだ。あの大量の手紙の中に確か、ココさんからの手紙があったような」
「えッ!?」

 ハイデンから帰った際に郵便受けを埋め尽くしていたシャンディからの大量の手紙。見たくないと箱の中に入れっぱなしにしていたのだが、その中にココの名前を見たような気がすると今更になって思い出したラビが手紙を取りに行こうと立ち上がったのをアーデルが服を掴んで止める。

「どうしました?」
「手紙に大した事は書いてないでしょうからそのまま燃やしましょう」
「も、燃やす!?」
「シャンディさんの手紙を燃やすと言っていたでしょう? そのついでに……」

 言い方を間違えたと思った。これでは怪しんでくれと言っているようなものだ。焦るとロクなことがないと久しぶりに実感する。

「待っててください。取ってきますから」

 ニッコリ笑ってアーデルの手を優しく離したラビが手紙を取りに二階へと向かう。最悪だとソファーに額を押し付けて異様に丸くなるアーデルが唸り声を漏らす。
 内容はあの事についての手紙だろう。謝罪か文句か。たぶん前者。読みたくないが読まなければならない状況に自ら追い込んでしまった事に後悔しながら頭を抱えた。
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