静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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新居の話2

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「アーデル?」

 すごいポーズだと驚きながら声をかけるラビが戻ってくるのが早すぎてアーデルは何の対策が考えられなかった。

「やっぱりありました。思い出すのが遅くなってすみません」
「いえ……もう、全然……」

 むしろ思い出してくれなくてよかったのにとさえ思っていた。

「ココさんと喧嘩でもしたんですか? フォスさんの結婚式の日、ココさんも招待を受けていたのに話しませんでしたね?」
「あー……っと……来てました?」

 わかりやすい反応にラビが無言でアーデルを見つめる。

「何かあったんですね?」

 お手上げだと自爆しすぎた事を諦めて起き上がり、手紙を受け取るとそれを眺めたままアーデルは妄想していた。
 これをラビに止められないほどの速さで真っ二つに裂くか、それとも食べてしまうか。ラビの反射速度には何度驚いたかわからない。それなりの力を込めて投げたコインをランダムに投げても全てキャッチする。アーデルが手から滑らせた物をラビがキャッチする事も日常生活の中では珍しくない。破いてしまうのではないかと疑っているかもしれないラビより先に破く事は不可能。かといって封筒を食べてしまうのも不可能。あくまでも妄想で終わる二択を溜息で吹き消して封を切る。

 「色々ありまして……それについての謝罪だと思います……」
「じゃあ尚更読んだほうがいいですよ。謝罪には相手の誠意が詰まっていますし」

 悪ふざけをしたわけじゃない。ここに来て謝罪をしないのはアーデルの気持ちを考えての事だろう。手紙なら読んで捨てるも読まずに捨てるも自由だから。結婚式でも話しかけてこなかったのは目を合わせないようにしていたこちらの気持ちを察しての事だろうと思うと申し訳なかった。

「それは僕が一緒に読んでも大丈夫なやつですか?」
「いや~……どう、でしょう、ね?」

 ただの喧嘩の謝罪なら読んでもいいはずだが、曖昧な返事をするアーデルにラビが珍しく眉を寄せる。

「ココさんと何があったんですか?」
「それは……」
「僕に言えない事ですか?」
「そ、そうではないのですが……」
「う……う……う……」

 浮気と言いたいがラビにはその続きが言えなかた。アーデルが浮気をするはずがない。浮気と口にして疑っていると言いたくない。でも隠す理由としてはそれぐらいしかないと戸惑いを瞳で訴えるラビはもはや困惑する犬のようにしか見えず、アーデルは「一緒に読みましょう」と声をかけて手紙を開けた。
 中にはココの字で丁寧に謝罪が書かれている。

『困らせて悪かった。あんな事するつもりはなかったんだが、お前の泣いてる姿見たら感情のままに動いちまった。今更どうにかこうにか足掻いてお前と一緒になろうなんて考えは持ってない。お前がラビ皇子と幸せに暮らしてるのは理解してるつもりだ。俺のほうが、なんて傲慢なつもりもねぇしさ。俺は誰よりもお前の幸せを願ってる。ヒース国王よりも強くな。お前が生涯の幕を閉じるその瞬間まで幸せでいてくれ。それだけが俺の願いだ』

 日付はあの日から三日後。読んだのは月日を置いてから。ラビは返事がない事からきっと許されていないと思って話しかけて来なかったのだろう。申し訳ないと目を閉じて心の中で謝るアーデルの横顔をラビが見つめる。

「これは何についての謝罪ですか?」
「これは……その……えっと……たぶん、何か、勘違いを──」

 ラビが尋ねるもはぐらかそうとするアーデルの腕を掴んで少し拗ねたような顔をするラビに困った顔をするも、アーデルは耐えられなかった。嘘をつく事もそうだが、隠す事で相手が傷つくのだけは避けたいと白状する事にした。

「ラビ皇子がシャンディさんに寄り添っていた時に私だけが出席したウェルザー家のパーティーでの事です。あまり気分が良くなくて休ませてもらう事にしたんです。部屋を一つ借りて……」

 深呼吸をするアーデルの腕にラビが触れる。

「僕について何か言われたんですね?」

 何もなかったと互いに嘘をついたあの日の事、ラビは本当は何かあったのだと勘繰っていた。でもアーデルが話したがらない事を追求するつもりはなくて黙っていた。でも今なら聞ける。
 不安げではないその表情を見てアーデルが頷いた。

「あなたの事を何も知らないのに噂に噂を重ねて酷い事を言う彼らに腹が立って、泣いてしまったんです。あなたとじゃなくてココと結婚すると思っていた。ココが相手なら良かったのにと同情までされた事が悔しくて……。そしたら、ココに抱きしめられて……シャンディさん程ではないにしろ、思いの丈を口に……」

 ラビはショックは受けなかった。シャンディが自分に執着しているように、ココもアーデルを大切に思ってきたから突然の結婚にまだ気持ちの整理がついていない。長い付き合いであるからこそ、仲が良すぎたからこそ受け入れられないのだ。
 逆にラビはココに好印象を持った。謝罪の手紙の中の言葉の一つは強がりかもしれない。好きだという想いはそんな簡単に消せるものではないだろうから。だけど、ココは縋り付く事はしなかった。好きだからこそ相手の幸せを願うほうに回った。シャンディとは違う。
 すごいなと苦笑しながらアーデルを抱きしめた。 

「ラビ皇子?」
「この手紙には誠意ある謝罪と願いが書かれています。あなたを大切に思っているからこその内容だと僕は感じました」

 アーデルも同意見だが、人の妻だとわかっていながら二人きりになった部屋で抱きしめるのはタブー。それを破ったココに少しショックはあったが、彼はシャンディのように執拗に手紙を送りつけたり、会いに来たり、ラビに失礼な言動を向けたりはしない。だから怒ってはいない。失望もしていない。ただ、戸惑っているだけ。あんな事を言われて今後どういう顔で会えばいいのかと。だからフォスの結婚式では彼を視界に入れないようにしていた。
 ラビが許しているからと笑える事でもないだろうと苦笑を続けるアーデルにラビが言った。

「で、でも、あなたを抱きしめるのは今後一生、僕だけがいい、です。ど、独占欲は良くないとわかってはいるのですが、相手がココさんであろうと夫は僕なので、あなたを抱きしめる権利は僕にだけあるって……思いたい、です……」
「えっと……」
「ダ、ダメならいいんです! 夫だからって理由でなんでも許されるとは思っていないですから! アーデルの気持ちに従います!」

 その言葉には驚いたが、ラビは最近とても素直に言葉にするようになった。アーデルはそれが嬉しくてたまらない。だから抱きしめ返してもう一度頷いた。

「じゃあ……じゃあって言葉もおかしいですけど、これからたくさん抱きしめて、くれます……か?」
「も、もちろんです! ア、アーデルがよければいくらでも! 朝でも昼でも夜でもアーデルの望むままに!」
「ラビ皇子がしたい時にしてください。私は私がしたい時にするので、気分が向いていたら返してください」
「ぼ、僕はいつでも!」

 身体を離して目を見つめながら告げたラビが再び抱きしめる。その力強さに笑うアーデルは握ったままの手紙にもう一度目を通して決めた。

「ココに手紙を書きます。謝罪の手紙を今更読んだ事と私達の条件を満たす物件を探している事も一緒に」
「いいですね」
「返事が来るといいですけど」
「来ますよ、絶対」
「どうしてラビ皇子が自信満々なんですか」
「だってココさんはそういう方ですから」
「ココ・ハウザーの幼馴染は私ですよ?」
「僕はその人の夫ですから」
「どういう関係が?」
「あるんです」
「だからどういう関係が?」
「内緒です」

 終始笑顔で言い合う二人は久しぶりに感じる二人だけの穏やかな時間を楽しんでいた。
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