静かで穏やかな生活を望む死神と呼ばれた皇子と結婚した王女の人生

永江寧々

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召集6

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「な、何故シャンディが出てくるのですか!?」

 思わず飛び出したラビの大声。やはりかとルーカスが漏らす。

「一悶着あったようだな」
「……シャンディから、き、聞いたのですか……?」
「そうだ」

 懇意にしていただけあってシャンディは恐れもなく皇帝陛下に告げ口をした。引っ越す情報までは知らなかったのだろうが、その訴えあってか、ルーカスはラビに見張りをつけた。
 一人で暮らしたいと訴えた時もそうだった。自ら命をかけて飛び出す約束をした代わりに一人で暮らす許可を要求した。そうした行動力があるだけに何か動くのではないかと思っての事だったが、正解だった。

「ぼ、僕は……シャンディから離れたいんです……」
「理由は?」
「か、彼女は僕を利用したいだけ、だから……」
「そう言われたのか?」

 かぶりを振るラビにルーカスは「それなら……」と言ったが、ラビが遮った。

「い、言わずともわかる事はある……」

 父親の口癖のような言葉を使うとルーカスが片目だけ見開くもすぐに戻して笑みを浮かべる。

「そうだな。お前も少しは賢くなったようだ」

 褒め言葉ではないだろうとラビは理解している。

「だが、お前も今までシャンディ・ウェルザーを利用していただろう」
「それは……」
「あの女とは懇意にしておけ。あれは何かと使える」
「あのメンヘラ女と仲良しごっこしてるの見てるだけで吐きそうだったわ」
「誰が喋っていいと言った?」

 父親の問いに舌を出していたアイリスが気まずそうに舌を引っ込めて視線を逸らす。

「か、彼女はアーデルを敵視してるんです……」
「だからどうした?」

 鼻で笑うルーカスが続ける。 

「危害をくわえられたのか? 危害をくわえたのはアーデルのほうだと聞いたが?」
「危害はくわえていません!」
「枕で人の顔を叩くのは暴力だろう」
「そ、それは……」

 拳を握って俯くラビにルーカスが笑顔を向ける。

「誰もあの女を選べと言ってるわけじゃない。妻はアーデルでいい」
「妻は……?」

 何を言い出すつもりだと酷い顔をするラビにルーカスが言った。

「シャンディを愛人にしろ」
「お断りします!!」

 間髪入れずに拒否したラビには全員が驚いた。あの言い方はもはや命令も同然。きょうだいなら誰もが心の中で暴言を吐きながら口では了解と答えるところ。それをラビは拒否した。それも大声で。
 それにはルーカスも笑えなかったのか、目を半分ほどに細めてラビを見る。

「断る? 俺はお前にお願いをしたつもりはない」
「僕は愛人は必要ありません」
「お前に必要かどうかは関係ない。俺はあの女をお前の愛人にしろ、と言ったんだ。わかるか? 愛人にしないか、という提案じゃない。その言葉は理解できているか?」

 トントントントンと何度も自分のこめかみを嫌味ったらしくゆっくりと、だが強く叩き続けるルーカスの声に少し怒気が含まれ始めた。これ以上の反論は禁止だと言わんばかりの雰囲気に肌がピリッと小さな電流でも流れたような痛みすら感じる。

「こ、皇帝陛下、ど、どうか、ご理解ください。シ、シャンディは、あ、愛人、で、ま、満足、しない、です。か、彼女は、正妻に、な、なりたいと、言う、はずです。そ、それは、政略結婚の、な、内容に、反するの、では……?」

 呼吸を乱しながらもなんとか言葉を紡ぐラビをジッと見据えたままルーカスは何も言わない。言葉を遮らず、彼の言葉が終わるのを待っている。

「ぼ、僕は、アーデルと結婚、したん、です。だ、だから、あ、愛人に納得しないシャンディを、あ、愛人にするなんて、無理です……」
「一理あるな」
「じ、じゃあ──!」
「俺が説得する」

 一瞬、ほんの一瞬でも期待した自分が馬鹿だったと足元が崩れ落ち、絶望の底へと落ちていくのを感じ、ラビが言葉を止めた。
 これ以上の反論は不可能だ。今この場でもう一度大声で断ろうものなら目の前の長テーブルはルーカスの手によって真っ二つに割れるだろう。拳を叩きつけたそれだけでテーブルを破壊する。ルーカスの拳の威力をラビを含めたきょうだい全員が知っている。だから全員がラビを見て反論するなと目で訴えていた。
 だが、その願い虚しく、ルーカスに言葉が飛ぶ。

「お断りします」

 ラビの代わりにアーデルが言い放ったのだ。

「聞いていたか? 拒否権はないと言ったはずだ」
「彼になくとも私にはあるはずです」
「ハッ、随分な自信だな」
「政略結婚時に提示したこちらの条件の一つを覚えてらっしゃいますか?」
「あ?」

 この結婚は向こうから提示された条件をそのまま受け入れただけのものではなく、アーデル側からも条件を提示した上で成立したもの。
 少し表情を歪ませるルーカスにアーデルは緊張から無意識に拳を握るも大きく吸い込んだ息に声を乗せた。

「一方的な要求はせず複数の選択肢及び拒否権を与える、と」

 第七皇子との結婚。親が絡んでこないはずがないと警戒した父親が提案したものだ。

「結婚するかしないかの選択肢は与えたはずだ」

 かぶりを振るアーデルが続ける。

「提示した条件は結婚後も継続。アーデル・ハインツが不審死を遂げた場合、ルスとヒュドール間で結ばれた同盟及び契約は白紙にする」

 記憶にある条件にチッと盛大な舌打ちを見せたルーカスの表情は険しい。ふざけた条件だと思いはしたが、アーデルの評判は妹とは違い“真面目で大人しい”だったため自分に反論などできるはずがないと安易に考えて了承した。
 それが今になって効力を発揮してくるとは思っていなかっただけにアーデルの頭の回転に苛立ちが隠せないでいる。

「だから拒否すると?」
「はい。これは皇帝陛下が同意してくださったこちら側の条件です」

 ルスと同盟を組もうと思ったのはルスが所有する広大な鉱山から発掘されるクリスタルが目的。アーデルをぞんざいに扱えばヒースは何を言ってくるかわからない。穏やかな顔をしながらも同盟国の中には傭兵の国もある。巨大な後ろ盾は充分に準備してあるのだ。ヒュドールの軍事力は相当なものだが、横の繋がりの恐ろしさをルーカスは知っている。だから下手に挑発もできなければ威圧もできない。
 あの親にしてこの娘かと忌々しく感じている事を表情に出しながらアーデルを見るもアーデルも怒りのこもった表情でルーカスを見ていた。

「戦争の命には従います。逃げも隠れも致しません。ですが、引っ越しの許可も必要なければシャンディさんの愛人の件もお断りさせていただきます。これは全て私の言葉であり、私の決定です」

 強気な言葉に組んでいた手を離して拳をこめかみに当てた。五秒ほど睨みつけていたルーカスだが、その後、フッと笑って背もたれに身体を預けた。

「俺はお前を甘く見過ぎていたようだ、アーデル。お前がそこまで前に出られる人間だと見抜けなかった俺の負けだ」

 軽く両手を広げるルーカスにアーデルが軽く頭を下げる。

「お前を召集した事が間違いだったわけだ」
「そのようです」
「次回からお前を呼ばなければいいだけということになる」
「私には拒否権がある事をお忘れなきようお願い致します」
「お前には、な」

 ラビを従わせればいいだけだと言っているのだろうが、アーデルも折れる折れない場所の見極めはするつもりだった。
 恐ろしくないわけがない。恐ろしい。心臓を捕まえれているような恐怖さえ感じているほど。だが、ここだけは譲れなかった。
 まだ安堵できない状況の中、ようやく聞こえた「帰っていい」の言葉。ラビと共に一礼し、ドアへと向かうも雰囲気は穏やかではない。
 帰る二人の背中に突き刺さる嫌な視線。

「覚えてろよ、ラビッシュ」
「きっとそのうち思い知るわよ。ねぇ、ラビッシュ」
「またね、ラビッシュお兄様」
「ラビッシュ、またな」
「気をつけて帰れよ、ラビッシュ」

 不気味なほど次々にかけられる声。ホラー小説でも読んでいるかのようにゾッとした。
 ラビは何も言い返しはしなかった。顔色悪く俯き、小刻みに震えながらアーデルが握る手に力を込めて振り向く事なく部屋を出ていった。
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