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死神出現2
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「ま、まさか本当に反旗を翻したわけじゃないよな?」
「敵になったわけじゃないだろ?」
父親から色々と聞かされてはいるのだろう。本当にここまでやってきた弟に目を疑っている。弟が纏う雰囲気は自分達が知るものではなく、覇気さえ纏っているように見えた。
剣を抜いていなければ、いつものように怯えていれば、何も疑いはしなかったのに、目の前で起こった出来事。そして目の前に立つラビの剣が血濡れている事が現実を彼らに思い知らせる。
ジュベールでさえラビには勝てない。ラビの前では大抵の剣士は赤子同然となる。ましてやヒュドールの敵となったラビが持つ感情が如何なるものか彼らは思い当たる節が多すぎて手すりを握る手が震え始めた。
恨み、怒り、殺意、憎悪──長年蓄積された感情はそんな言葉では表せないかもしれない。
イルヴェもエヴェルも人を殺した事がない。握った剣は模造刀で、どれだけ人を斬る真似をして叩いたところで打撲痕程度のダメージしか与えられない物だった。
入り口に立つラビが握っているのは人を斬り殺せる本物の剣。いつだったか、戦場で成果を上げ続けているラビに褒美と父親が贈った剣だ。これからもヒュドールのために戦えと贈ったそれはとてもよく斬れる。動かさずとも紙を乗せただけでスパッと斬れるのを二人は見ていた。すごいと興奮したあの瞬間もよく覚えている。
今もそれを使用しているという事は斬れ味は変わっていないという事だろう。緊張からごくりと喉を鳴らし、逃げようと頭では思っているのに手すりを掴んでいる手に力が入りすぎて離れない。
「い、今まで悪かったよ、ラビ」
「その名前で呼ばないでください」
「え……? で、でも……」
「ラビッシュと呼んでいたではありませんか」
「ち、違っ! あれは親父がそう呼べって言ったんだ! そう呼ばないと兄貴が怒るの知ってるだろ!?」
「ええ、だからラビッシュと呼んでください。いつものように」
一歩ずつゆっくりと階段を上ってくる男は本当に自分達が知るラビッシュ・ワーナーなのかと目を疑う。自分達が知る弟は絶対に目を合わせないし、俯いて、言葉もちゃんと出てずボソボソ喋る根暗な人間だった。家族の誰にも逆らえず、ヘラヘラするしか能がなかった男とは思えないほど堂々としている。
ここが今、戦場と化しているからなのか、それともあれは演技だったのか。いや、演技ではない。人を苛立たせるような演技をして自ら殴られるような運びにするはずがない。だとしたらこれは戦場での弟の姿。人を殺す事をなんとも思わなくなった人間の姿なのだと二人はあからさまに怯えを表に出す。
「ヒッ!」
汗をかきすぎた手は手すりから滑るようにして離れ、その場に尻餅をつく。
「ラ、ラビ、許してくれ。謝るよ。今までのこと全部謝るから許してくれよ。な? 兄弟じゃないか。これからは仲良くしよう。俺は本当はもっとお前と話したいと思ってたんだ。でも、わかるだろ? 兄貴がそれを許さなかったんだ」
「そ、そうなんだ! 俺達はもっとお前といろんな事がしたかった! でも兄貴には逆らえなかっただけなんだよ! ワーナー家は平等じゃない! 長男だけが権力を持ってる! なんの実力も持たないくせに長男ってだけで威張る事が許されてるせいで俺達も酷い目に遭ってきたんだ! 知ってるだろ?」
二人の言い訳にラビが首を傾げる。
「劇薬をかけられる以上に酷い目に遭っていたんですか?」
「そ、それは……!」
「だとしたら同情はしますが、許しません」
「ラ、ラビ! ラビッシュ! 許してくれ! 頼む! 死にたくないんだ!!」
「頼むよラビッシュ! お願いだ!」
二人の目はラビの顔と血を滴らせる剣に交互に向かっていた。今にも泣き出しそうな表情で懇願する二人はただのお調子者で、強い者に縋って生きていくしか能がない事をラビは知っている。この家の人間は皆そうだ。幼い頃から父親からの暴力と圧を受けて育ってきた。だから自分の権力を使って弱い者はいじめてもいいという考えで生きているし、自分の立場が弱くなりそうになったら強い者に平気で擦り寄る。それが自分がいじめていた相手であっても。
恥知らず。ワーナー家の人間を一言で表すとしたらそれしか思いつかない。恥知らずで卑怯者。臆病さを隠すために威張り散らす。土下座が様になっているのはラビだけではないのだ。
「幼い頃、僕はあなた達と家族になりたかった」
「お、俺達は兄弟だ! 今までもそうだったし、これからもそうだ! ずっと兄弟だよ!」
「でも、今はもうそうは思ってないんです。僕には大事な家族ができましたし、その人さえいれば後は誰がどうなろうとどうだっていい。家族ごっこをしていた人達は特に」
「ラビッシュ……お願いだ……ッ、し、死にたくない……死にたくないよぉ……!」
「なんでもする! ジ、ジュベールがいる場所を教える! 俺もお前と一緒にルスを守るから命だけは助け──」
一瞬、本当に一瞬だった。目の前を何かが通り過ぎたような気がした。風が吹いただけのような気もする。そう思った次の瞬間には、隣で一緒に土下座をしていた兄の首がなかった。
「……は……?」
何が起こったのか理解するのに時間がかかった。まるで落とした芋のようにゴロッと転がる兄の顔にエヴェルが悲鳴を上げる。
「イルヴェ!? イルヴェー!!」
悲痛な叫び声に混じった怯えと絶望。
「なんで! なんでだよ! お前の味方になるって言ったじゃないか! なんでこんな──」
泣きじゃくるエヴェルにラビが言った。
「許さないと言ったはずです」
「殺す事ないだろッ!!」
地面に額を押し付けながらも怒鳴るエヴェルの前に剣を突き立てると反射的に身体が起き上がり、反動で尻餅をついた。
大理石の床に剣が刺さっている。刺さるはずがない。剣で石が斬れるはずがない。さっきまで生きていたイルヴェが死んだ事もラビが殺した事も自分も同じ目に遭う事もエヴェルは全て否定したかった。
「エヴェル兄さんはどうして謝るんですか?」
「だ、だって──」
「あの頃の自分を猛省して、心の底から謝罪したくてしてるんじゃないですよね?」
「そ、そんな事ない! 俺は──」
「死にたくないから謝罪する、ですよね?」
「ち、違う! そうじゃない! 俺は本当に悪いと思って──」
「本当に?」
怯え一つ見せないラビがエヴェルは怖かった。何を言ってもヘラついて、責めれば謝って土下座する。頭を足で踏みつけようと腹を蹴ろうと抵抗一つしなかったのに、今では立場逆転。エヴェルのほうが怯えていた。
恐る恐る上げた顔。その先には見慣れた弟──のはずが、瞬き一つせずにジッとこちらを見つめてくる表情にゾッとして慌てて顔を逸らした。これでは本当に自分がラビのようになってしまったと思うが、視界の端に映る兄の亡骸のせいで抗おうという気持ちは微塵も湧いてこない。
「ほ、本当に、逆らえなかったんだ……。お前には酷い事をしたと思ってる。反省してるよ……」
「っと……」
「ッ!?」
エヴェルが右にほんの少し動いた瞬間、ラビは手を動かした。目の前にはナイフ。奥から飛んできた。持ち手を握って顔の二センチない距離で止めた事よりも避ける動作一つ見せなかった事に驚いている。
飛んでくる事がわかっていたかのように焦りも見せなかったラビは掴んだナイフをシュッと素早く回転させて逆さに持ち直した。エヴェルの首の上で。
「ラ、ラビ、俺は──」
「お話はもう終わりです。次に移行しないと」
上から短い悲鳴を漏らして地面に倒れたエヴェルの首を貫通したナイフを引き抜く事はせず、地面に突き立てていた剣を抜いて一気に駆け出した。
「逃げるんですか? さすがはアイリス姉さん。卑怯者らしい行動ですね」
「何、その口の利き方。ハイにでもなってるの?」
「いえ、もうあなた達に怯える必要がなくなっただけです」
「あら、随分と生意気言うじゃない。自分の有利な戦闘だからって調子乗っちゃって。後悔するわよ」
ナイフを投げてきたのはアイリスだ。接近戦ではなく投擲武器を得意としている。狙いは常に正確で、その威力も大したもの。彼女の投げるナイフはジュベールが振り下ろす剣よりも殺傷能力が高いのではないかと思うほど。ましてや毒が塗られているオマケ付き。かすっただけでその周囲は途端にただれ始めるだろう。
殺すつもりで向かってきているのは相手も同じ。アイリスと戦う日が来るとは思っていなかっただけにラビはアイリスとの対面を初めて嬉しく思っていた。
「兄を手にかけた気分はどう?」
「別にこれといった感情はありません。そこで僕を待ち構えていた兵士も彼らも、そしてあなたも、僕にとっては雑魚も同然なので」
「言ってくれるじゃない、ラビッシュ。雑魚かどうかはちゃんと戦ってから言いなさいよ、ね!」
飛んできたナイフを避け、アイリスが駆け込んだ部屋に足を踏み入れると足元でプツッと糸が切れる音がした。
「おっと……」
「チッ!」
左右から五本ずつ飛んできたナイフを後ろに飛んで避ける。
「それはどうかしら?」
着地した場所でまた同じ音が聞こえ、今度は前後から飛んでくるのを剣で前方からのナイフを薙ぎ払うと壁際にあったクローゼットを剣先に引っ掛けて倒すことで背後からのナイフを防いだ。
「……ホント……生意気だこと……」
怒気を含んだ声にラビが思わず吹き出して笑う。
「いつも余裕綽々なあなたがこの程度で怒りを露わにするなんて随分と幼稚なんですね」
「幼稚ですって……?」
「どうせなら一手で全方位からナイフが飛ぶようにすれば僕も多少焦ったでしょうけど、その計算はあなたの頭脳では不可能ですもんね」
「口を……慎みなさいよ、ラビッシュ……」
「死ぬ覚悟はいいですか?」
笑顔が消え、静かな声で問われるとアイリスが一瞬動揺する。家族は誰もこんなラビを知らない。その事実が一瞬の隙を作ってしまう。
「ダメ!! やめて!!」
背後に気付いたのはラビだけではない。その姿にアイリスが思わず声を上げた。
「敵になったわけじゃないだろ?」
父親から色々と聞かされてはいるのだろう。本当にここまでやってきた弟に目を疑っている。弟が纏う雰囲気は自分達が知るものではなく、覇気さえ纏っているように見えた。
剣を抜いていなければ、いつものように怯えていれば、何も疑いはしなかったのに、目の前で起こった出来事。そして目の前に立つラビの剣が血濡れている事が現実を彼らに思い知らせる。
ジュベールでさえラビには勝てない。ラビの前では大抵の剣士は赤子同然となる。ましてやヒュドールの敵となったラビが持つ感情が如何なるものか彼らは思い当たる節が多すぎて手すりを握る手が震え始めた。
恨み、怒り、殺意、憎悪──長年蓄積された感情はそんな言葉では表せないかもしれない。
イルヴェもエヴェルも人を殺した事がない。握った剣は模造刀で、どれだけ人を斬る真似をして叩いたところで打撲痕程度のダメージしか与えられない物だった。
入り口に立つラビが握っているのは人を斬り殺せる本物の剣。いつだったか、戦場で成果を上げ続けているラビに褒美と父親が贈った剣だ。これからもヒュドールのために戦えと贈ったそれはとてもよく斬れる。動かさずとも紙を乗せただけでスパッと斬れるのを二人は見ていた。すごいと興奮したあの瞬間もよく覚えている。
今もそれを使用しているという事は斬れ味は変わっていないという事だろう。緊張からごくりと喉を鳴らし、逃げようと頭では思っているのに手すりを掴んでいる手に力が入りすぎて離れない。
「い、今まで悪かったよ、ラビ」
「その名前で呼ばないでください」
「え……? で、でも……」
「ラビッシュと呼んでいたではありませんか」
「ち、違っ! あれは親父がそう呼べって言ったんだ! そう呼ばないと兄貴が怒るの知ってるだろ!?」
「ええ、だからラビッシュと呼んでください。いつものように」
一歩ずつゆっくりと階段を上ってくる男は本当に自分達が知るラビッシュ・ワーナーなのかと目を疑う。自分達が知る弟は絶対に目を合わせないし、俯いて、言葉もちゃんと出てずボソボソ喋る根暗な人間だった。家族の誰にも逆らえず、ヘラヘラするしか能がなかった男とは思えないほど堂々としている。
ここが今、戦場と化しているからなのか、それともあれは演技だったのか。いや、演技ではない。人を苛立たせるような演技をして自ら殴られるような運びにするはずがない。だとしたらこれは戦場での弟の姿。人を殺す事をなんとも思わなくなった人間の姿なのだと二人はあからさまに怯えを表に出す。
「ヒッ!」
汗をかきすぎた手は手すりから滑るようにして離れ、その場に尻餅をつく。
「ラ、ラビ、許してくれ。謝るよ。今までのこと全部謝るから許してくれよ。な? 兄弟じゃないか。これからは仲良くしよう。俺は本当はもっとお前と話したいと思ってたんだ。でも、わかるだろ? 兄貴がそれを許さなかったんだ」
「そ、そうなんだ! 俺達はもっとお前といろんな事がしたかった! でも兄貴には逆らえなかっただけなんだよ! ワーナー家は平等じゃない! 長男だけが権力を持ってる! なんの実力も持たないくせに長男ってだけで威張る事が許されてるせいで俺達も酷い目に遭ってきたんだ! 知ってるだろ?」
二人の言い訳にラビが首を傾げる。
「劇薬をかけられる以上に酷い目に遭っていたんですか?」
「そ、それは……!」
「だとしたら同情はしますが、許しません」
「ラ、ラビ! ラビッシュ! 許してくれ! 頼む! 死にたくないんだ!!」
「頼むよラビッシュ! お願いだ!」
二人の目はラビの顔と血を滴らせる剣に交互に向かっていた。今にも泣き出しそうな表情で懇願する二人はただのお調子者で、強い者に縋って生きていくしか能がない事をラビは知っている。この家の人間は皆そうだ。幼い頃から父親からの暴力と圧を受けて育ってきた。だから自分の権力を使って弱い者はいじめてもいいという考えで生きているし、自分の立場が弱くなりそうになったら強い者に平気で擦り寄る。それが自分がいじめていた相手であっても。
恥知らず。ワーナー家の人間を一言で表すとしたらそれしか思いつかない。恥知らずで卑怯者。臆病さを隠すために威張り散らす。土下座が様になっているのはラビだけではないのだ。
「幼い頃、僕はあなた達と家族になりたかった」
「お、俺達は兄弟だ! 今までもそうだったし、これからもそうだ! ずっと兄弟だよ!」
「でも、今はもうそうは思ってないんです。僕には大事な家族ができましたし、その人さえいれば後は誰がどうなろうとどうだっていい。家族ごっこをしていた人達は特に」
「ラビッシュ……お願いだ……ッ、し、死にたくない……死にたくないよぉ……!」
「なんでもする! ジ、ジュベールがいる場所を教える! 俺もお前と一緒にルスを守るから命だけは助け──」
一瞬、本当に一瞬だった。目の前を何かが通り過ぎたような気がした。風が吹いただけのような気もする。そう思った次の瞬間には、隣で一緒に土下座をしていた兄の首がなかった。
「……は……?」
何が起こったのか理解するのに時間がかかった。まるで落とした芋のようにゴロッと転がる兄の顔にエヴェルが悲鳴を上げる。
「イルヴェ!? イルヴェー!!」
悲痛な叫び声に混じった怯えと絶望。
「なんで! なんでだよ! お前の味方になるって言ったじゃないか! なんでこんな──」
泣きじゃくるエヴェルにラビが言った。
「許さないと言ったはずです」
「殺す事ないだろッ!!」
地面に額を押し付けながらも怒鳴るエヴェルの前に剣を突き立てると反射的に身体が起き上がり、反動で尻餅をついた。
大理石の床に剣が刺さっている。刺さるはずがない。剣で石が斬れるはずがない。さっきまで生きていたイルヴェが死んだ事もラビが殺した事も自分も同じ目に遭う事もエヴェルは全て否定したかった。
「エヴェル兄さんはどうして謝るんですか?」
「だ、だって──」
「あの頃の自分を猛省して、心の底から謝罪したくてしてるんじゃないですよね?」
「そ、そんな事ない! 俺は──」
「死にたくないから謝罪する、ですよね?」
「ち、違う! そうじゃない! 俺は本当に悪いと思って──」
「本当に?」
怯え一つ見せないラビがエヴェルは怖かった。何を言ってもヘラついて、責めれば謝って土下座する。頭を足で踏みつけようと腹を蹴ろうと抵抗一つしなかったのに、今では立場逆転。エヴェルのほうが怯えていた。
恐る恐る上げた顔。その先には見慣れた弟──のはずが、瞬き一つせずにジッとこちらを見つめてくる表情にゾッとして慌てて顔を逸らした。これでは本当に自分がラビのようになってしまったと思うが、視界の端に映る兄の亡骸のせいで抗おうという気持ちは微塵も湧いてこない。
「ほ、本当に、逆らえなかったんだ……。お前には酷い事をしたと思ってる。反省してるよ……」
「っと……」
「ッ!?」
エヴェルが右にほんの少し動いた瞬間、ラビは手を動かした。目の前にはナイフ。奥から飛んできた。持ち手を握って顔の二センチない距離で止めた事よりも避ける動作一つ見せなかった事に驚いている。
飛んでくる事がわかっていたかのように焦りも見せなかったラビは掴んだナイフをシュッと素早く回転させて逆さに持ち直した。エヴェルの首の上で。
「ラ、ラビ、俺は──」
「お話はもう終わりです。次に移行しないと」
上から短い悲鳴を漏らして地面に倒れたエヴェルの首を貫通したナイフを引き抜く事はせず、地面に突き立てていた剣を抜いて一気に駆け出した。
「逃げるんですか? さすがはアイリス姉さん。卑怯者らしい行動ですね」
「何、その口の利き方。ハイにでもなってるの?」
「いえ、もうあなた達に怯える必要がなくなっただけです」
「あら、随分と生意気言うじゃない。自分の有利な戦闘だからって調子乗っちゃって。後悔するわよ」
ナイフを投げてきたのはアイリスだ。接近戦ではなく投擲武器を得意としている。狙いは常に正確で、その威力も大したもの。彼女の投げるナイフはジュベールが振り下ろす剣よりも殺傷能力が高いのではないかと思うほど。ましてや毒が塗られているオマケ付き。かすっただけでその周囲は途端にただれ始めるだろう。
殺すつもりで向かってきているのは相手も同じ。アイリスと戦う日が来るとは思っていなかっただけにラビはアイリスとの対面を初めて嬉しく思っていた。
「兄を手にかけた気分はどう?」
「別にこれといった感情はありません。そこで僕を待ち構えていた兵士も彼らも、そしてあなたも、僕にとっては雑魚も同然なので」
「言ってくれるじゃない、ラビッシュ。雑魚かどうかはちゃんと戦ってから言いなさいよ、ね!」
飛んできたナイフを避け、アイリスが駆け込んだ部屋に足を踏み入れると足元でプツッと糸が切れる音がした。
「おっと……」
「チッ!」
左右から五本ずつ飛んできたナイフを後ろに飛んで避ける。
「それはどうかしら?」
着地した場所でまた同じ音が聞こえ、今度は前後から飛んでくるのを剣で前方からのナイフを薙ぎ払うと壁際にあったクローゼットを剣先に引っ掛けて倒すことで背後からのナイフを防いだ。
「……ホント……生意気だこと……」
怒気を含んだ声にラビが思わず吹き出して笑う。
「いつも余裕綽々なあなたがこの程度で怒りを露わにするなんて随分と幼稚なんですね」
「幼稚ですって……?」
「どうせなら一手で全方位からナイフが飛ぶようにすれば僕も多少焦ったでしょうけど、その計算はあなたの頭脳では不可能ですもんね」
「口を……慎みなさいよ、ラビッシュ……」
「死ぬ覚悟はいいですか?」
笑顔が消え、静かな声で問われるとアイリスが一瞬動揺する。家族は誰もこんなラビを知らない。その事実が一瞬の隙を作ってしまう。
「ダメ!! やめて!!」
背後に気付いたのはラビだけではない。その姿にアイリスが思わず声を上げた。
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