顔も知らない婚約者 海を越えて夫婦になる

永江寧々

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誕生日プレゼント

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「誕生日おめでとう」

 風呂から上がったユズリハが部屋で髪を乾かしていると障子を開けて入ってきたハロルドが紙袋を見せた。

「まだあるのか? もう腹も胸もいっぱいなのじゃがのう」
「破裂するまで祝ってやるつもりだからな」
「怖い怖い」

 いらないとは言わなかった。欲しい物なんてなかったのに、とも。
 髪を乾かす手を止めてタオルを置き、紙袋を受け取れば笑いながら中から袋を取り出す。

「楽しみじゃないのか?」
「何がじゃ?」
「そんなゆっくり開けるから」
「楽しみ故に丁寧に開けたいのじゃ」
「そうなのか」

 プレゼントは全て勢いのまま包装を破り捨てる勢いで開けるのがマナーとして育ったハロルドにとってゆっくり開ける和の国のやり方は意外で、ハロルドのほうが焦らされている気分になる。

「手袋?」

 手首に白いふわふわのファーがついた黒い手袋。

「手袋持ってなかっただろ。僕がいるときは僕が暖めてやれるけど、普段はそうしてやれないからな。この国の寒さはまだ続くから真っ赤な手で外歩かなくていいように」
「ああ……なんと……このような心のこもった贈り物、受け取ってよいものか」

 いつも手が冷たいし痛いと思っていた。それでも散歩には出たかった。これがあれば外で手に息を吐きかけて暖める必要がなくなる。
 ちゃんと考えて選んでくれたのだと手袋を抱きしめながら感動するユズリハにハロルドは安堵した。

「受け取ってくれなきゃ困る」
「お前様がくれた物と思うと外でもニヤついてしまいそうじゃ」
「盛大にニヤついてくれ」
「ニックに自慢してもよいか?」
「もちろん」

 気を遣った笑顔だったらどうしようとここに来るまでずっと不安だっただけに蕩けるような笑顔に喜びを噛み締める。
 一緒に出かけた際、いつも手が真っ赤になっているのが気になっていた。何かないかと街を歩き回っていたとき、手袋を見つけた。なぜもっと早くこれを贈ろうと思い至らなかったのだろう。自分は手袋をしておきながら、なぜ相手が手袋を持っていないことを気にかけなかったのだろう。
 ひどい後悔に襲われながら一番良い手袋を選んだ。

「ごめんな、気付かなくて」
「素晴らしい物を贈った男が謝る理由を持っておるとは意外じゃ」
「もっと早く買ってやるべきだったのに」
「誕生日にもらえたからこそ嬉しいのじゃ。なんでもない日に贈り物はあまり嬉しくない。申し訳なくなる」

 ユズリハらしい答えだと思った。
 もっと気を配らなければならない。夫だと豪語するのであれば、せめて妻のことだけでも全て把握する勢いで考えなければならないのだ。

「ふふっ、お前様の手が必要なくなるのう」

 手袋をはめて手を頬に押し当てながら笑うユズリハの片手から手袋を奪い取ってハロルドが繋ぐ。

「僕と歩くときは片手は手袋禁止だからな」
「手袋に嫉妬か?」
「からかうとひどい目に遭わせるぞ」

 目を細めるハロルドに両手をあげて降参だと伝えると唇に軽く噛みつかれる。
 反射的に離れようとする身体をハロルドが追いかけるせいで逃げきれず床に倒れるとそのまま深く唇が重なる。
 首に腕を回すだけで応えることはまだできないが、受け入れることはできるようになった。それだけでもハロルドは嬉しかった。
 唇が離れるとユズリハの唇から吐息が溢れる。 

「これがひどい目か?」
「そんな挑発していいのか? ん?」

 覚悟ができていないことは知っている。癖でつい挑発してしまうユズリハにニヤついてもう一度顔を近付ければ胸を押されて拒絶される。

「冗談じゃ」

 今日はユズリハの誕生日。無理強いするつもりはないため潔く引くが、挑発した罰だと鼻先に軽く噛みついてやった。
 
「こんな上質な物……小遣いがなくなってしもうたのではないか?」

 親のような心配をするユズリハに溜息をついては髪を拭くために後ろに回ってタオルに手を伸ばす。
 乱暴にしないよう心掛けながらタオル越しに根本を乾かしながら「変な心配するな」と呆れた声を出した。

「本当は指輪を贈ろうと思ってたんだ」
「指輪を?」
「ほら、僕たちは書類上では正式に夫婦だけど、それを書類なしに証明する物がないだろ? 結婚式を挙げてないから指輪を用意することもなかったし」

 人に髪を乾かしてもらう気持ちよさに目を閉じながら口元に弧を描く。

「そのようなこと考えずとも我らは夫婦。誰かに証明せずともそれは誰にも変えられぬ事実じゃ」
「僕は証明したい」

 強くハッキリと言葉にしたハロルドにユズリハが振り向く。

「でも僕はお前の指輪のサイズを知らないし、好みも知らない。誕生日だから用意するってお前に言うのも違うなと思ってさ。一生物だからお前の好みじゃない物選ぶのも嫌だったんだ」
「「お前様が選んでくれた物ならなんだって嬉しい」」

 まるで心を読んだかのように言葉をかぶせてきたハロルドは一語一句違えることなく当てた。
 
「な……」
「そう言うだろうと思った」
「うむむ……」

 ユズリハの言いそうなことはわかりやすい。シキが言うようにユズリハは自分の物は欲しがらない。その代わり、他者が選んでくれた物は喜んで受け取る。
 だが今回はそうはさせない。

「僕はお前が気に入ってくれる物を贈りたい。デザインも石も全部、お前に決めてほしい」

 その言葉にユズリハの表情が緩む。

「お前様はわらわを喜ばせる天才じゃのう」

 ハロルドと過ごす誕生日がこんなに幸せな日になるとは思ってもいなかっただけに胸がいっぱいすぎて泣いてしまいそうになる。

「手袋だけでも充分すぎるほど嬉しいぞ」
「指輪はお前だけの物じゃない。僕だって同じ物を付けるんだからいらないなんて言うなよ」
「なら、二人の物は二人で話し合って決めるべきではないのか? 互いの意見を出し合って互いが気にいる物を選ぶ」
「僕が意見を出したらお前はそれに合わせるだろ」
「決めつけはいかんぞ」
 
 見抜かれていることに驚くが、ユズリハは無理して合わせているわけではないだけにかぶりを振った。

「お前が何も欲しがらないのはなんでだ? 商家の娘だろ? なんでも手に入ったから欲しい物がなくなったのか?」
「欲しい物が浮かばぬだけじゃ」
「何かあるだろ」

 かぶりを振りながらもう一度手袋で頬を触るユズリハが顔を上げてハロルドを見る。

「この手袋以上に素晴らしい物はない」
「いや、あるだろ」
「いや、ない。これは世界に一つだけの物じゃ」
「言いたくないけど、既製品だからな?」

 そういうことじゃないと笑うユズリハは他にも誰かが身につけているのを見てもこれが世界に一つだけであることを譲るつもりはなかった。
 愛おしげに手袋へと視線を落として生地を撫でる。

「これは、わらわが欲しいと言ったわけではなく、お前様が自らの足で店へと赴いて買ってきてくれた物。欲しい物を言わなんだわらわのせいで悩ませてしまったであろうに、今のわらわに必要な物をと考えて買ってきてくれたのがわかる。わらわはこの宝物を何年、何十年と大切にしたい。これほどの想いが込められた手袋は世界にこれ一つだけじゃ」

 何十年経ってもこの手袋を見るたびにハロルドの言葉を思い出すだろう。そう思えるほどユズリハが与えられた感動は大きい。
 宝石より反物よりずっと嬉しい贈り物。今すぐにでも家を飛び出して街を歩く人々に大声で自慢して見せたいほど幸せだった。

「それは嬉しいけど、僕たちは夫婦なんだからそんな物、お前が望むならいくらでも贈ってやる。何年、何十年だって贈り続けるぞ」

 ユズリハがかぶりを振る。

「大事な物は少なくていい」
「でもそれだけじゃ少なすぎる」
「思い出がある。お前様と過ごす日々こそ最高の贈り物。今この瞬間とてそうじゃ。望んだからといって誰もが手に入れられるものではない。わらわだけが手に入れられる最高に価値のある瞬間なのじゃ。今日こうしてお前様がわらわのために考え、準備してくれたこと……きっと死ぬまで何百回でも思い出す。お前様に呆れられるほど思い出すじゃろうな」
 
 物より思い出。それこそユズリハらしいと笑ってしまう。
 どんな高価な物を贈るより、きっと手を繋いで歩いたことのほうが幸せとして強く記憶に残るのだろう。
 安上がりと笑えば「イイ女であろうが」と笑顔が返ってくる。その笑顔が愛おしくてタオルを置いて抱きしめた。

「物より思い出が重要なんて、難易度が高すぎるんじゃないか?」
「わらわはワガママじゃからのう」
「あーそうだったそうだった」

 ワザとらしい言い方に身体を揺らして笑うユズリハが腕の中で振り返り、ハロルドを見つめて感謝を告げた。

「今日は最高の誕生日となった。お前様のおかげじゃ」
「なら、キスしてもいいか?」
「今更確認か? 今日は随分と紳士じゃのう」
「布団の上だし、一応な」

 ユズリハとて意識しないわけではない。いつかは、とずっと頭にある。でも受け入れるタイミングがわからないでいる。
 ハロルドが作る流れに身を任せればいいのだと頭ではわかっていても直前になると緊張で逃げてしまう。

「お前が嫌がることはしないから身構えなくていい」

 キスはとっくに許されている。今日はユズリハの誕生日でユズリハの喜ぶことだけをしたい。でも、もう少し先に、と考え、身体に手を這わせようと伸ばしたとき、足音が障子の向こうからシキが声をかけてきた。

「盛ってるとこ悪いんだが、お客さんだぜ」

 こんな時間に誰だと眉を寄せ、思いきり舌打ちをしたいのを抑えながら身体を離す。
 居間のほうから聞こえてくる足音には聞き覚えがある。

「明けましておめでとう、二人とも」
「うむ、おめでとう」
「おめでとうございます」

 なぜ朝に来ずに夜に来るんだと祖父の元気そうな姿を見ながら心の中でだけ疑問をぶつける。

「居間にユズリハが飾ってあったな。さすがはダイゴロウだ」
「そうじゃろう」
「初めてあの飾りの名前を聞いたときのことが昨日のことのようによみがえってきた。お前たちの子供にもめでたい名前をつけなければな」

 酒でも飲んでいるのか上機嫌な祖父に少し恐怖を感じながらも子供の話をするウォルターにハロルドが苦笑する。
 ウォルター・ヘインズが上機嫌のときは余計なことを言わない。それがヘインズ家の暗黙のルール。
 子供の話はもう二度としないと決めたのだ。祖父には自分から話そうと口を開いたハロルドの前にユズリハが腕を出す。

「夜更けに挨拶に来てくれるとは感激じゃ」
「朝にしようか迷ったんだが、お前たちにとっては初めての年末年始。年寄りが邪魔するわけにはいかんと思って夜にした。長居するつもりはない」
「そうか。気を遣わせてしもうたな。でもそのおかげで最高の誕生日を送れた」
「それは何よりだ。お前へのプレゼントは明日、持ってくるからな。今日はハロルドからのプレゼントを噛み締めてくれ」
「そうさせてもらう」

 孫が念願の結婚を果たしてくれた。長い時間がかかるかもしれないと懸念していたことも無事に解決されて幸せを掴んでくれている。あとは子供だと思っているだろう祖父に何か話すべきかとハロルドは迷っていた。
 ユズリハはハロルドが何を言おうとしているかわかっているため言わない。自分が言うとユズリハも決めているのだ。
 問題はいつ言うか、だ。

「そういえば、帰ってから話すと言っていたあれはなんの話だったんだ?」

 ウォルターからぶっ込んできたことにユズリハの腕が軽く動いた。緊張による筋肉反射かと心配になり横目で見るも表情は変わっていない。

「今日は新しい年の始まりじゃ。食って寝るだけの話にして、その話は明日にせぬか?」
「夜も遅いしな。なら明日、楽しみにしてるぞ」
「うむ」
「おやすみ、二人とも」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

 不満げな顔一つ見せず、ユズリハの提案を快く受け入れて帰っていったウォルターにユズリハが大きく息を吐き出した。

「大丈夫か?」
「楽しみに、とは言えぬ話なのじゃがなぁ……」

 苦笑しながら呟くユズリハの声は今にも消え入りそうなほど小さかった。
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