エリスローズの瞳に映るもの

永江寧々

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リオン・レッドローズは驚愕する

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「血の繋がりが、ない?」

 初めて聞く真実にリオンは耳を疑った。

「私たちの実子はエリーだけで、ロイとシオンとメイは妻が産んだ子ではないのです」

 絶句するリオンにコリンが苦笑にもならないひどく弱った笑みでテーブルを見つめる。

「世の中、望んで妊娠する者ばかりではなく、望まぬ妊娠をする女性がいます。教会の前に置き去りにする者もいれば貧困街に捨てに行く者もいる」
「あ……」

 以前、エリスローズから聞いた話を思い出した。
 お金を払いたくないからゴミ捨て場に捨てに来る平民がいる。それはゴミだけではなく赤子もそうだと。

「彼らが、その望まぬ妊娠の子だと?」
「はい……」

 自分たちが食べていくだけでもやっとである世界にいる者がなぜ子供を育てようと思うのか、リオンは不思議だった。

「でも、貧困街に捨てられたんだろう? どうして君たちが育てているんだい?」
「貧困街の者は自分たちの生活を守るのに必死で捨てられた子を育てる選択なんてありませんから」

 スラム街の人間なら尚更だろうと眉を寄せるリオンにコリンは苦笑を見せる。

「スラム街の人間はそれ以下なのにと思いますよね」
「いや、そういうわけじゃ……」

 表情に出ていただろうかと手で口元を押さえるリオン。

「貧困街に捨てられる子供はスラム街に捨てられます」

 タライ回しのようなやり方にリオンはショックを受ける。
 貧困街は貧しい者が暮らす場所。スラム街はそれよりも貧しい者が暮らす場所だという認識でしかなく、そこがどういった世界であるかを知ろうともしなかった。
 エリスローズと話すことで勝手に知った気になっていたが、実際は想像を絶する残酷な世界であることにリオンは言葉を失う。

「今日食べる物も見つからない場所で生きている私たちにとって養う者を増やすことは自殺行為でしかありません。赤ん坊を拾ったところでミルクさえ手に入らないのですから」
「じゃあどうやって?」
「荷役人夫をしている者たちの中には真面目に働く者を評価してくれる者もいて、主にスペンサーがミルクを調達してきてくれました。私のような荷役人夫と違って荷馬車人夫は家や店までの配達なので何かと顔を知られることになります。スペンサーが言うには仲良くなればねだることもできると」

 エリスローズに異常な執着を見せていた男は確かに整った顔をしていたし、背も高かった。毎日荷馬車を引いているため筋肉もあり、心惹かれる女性もいただろう。
 賢い人間であればそれを利用しない手はない。
 スペンサーはそうやってミルクを手に入れてきた。赤ん坊のためではなく、エリスローズのために。

「何度救われたかわかりません。私たちは放っておけないという理由だけで彼らを拾って、他力本願に彼らを育ててきました」

 それを無責任だと言うことはリオンにはできない。
 自分ならどうするだろうと考えたとき、目を閉じ耳を塞ぎ背を向けるだろうと思ったから。
 そしてそれを「仕方ないことだ」と言って罪悪感を拒むだろう。
 きっと間違いではないが、彼らはそうしなかった。実際、彼らはこれまでずっと子供を養ってきた。身体中を痛めつけながら朝から晩まで働き続けて子供たちを育ててきた。それは立派なことだと賞賛に値するとリオンは顔を上げてコリンを見た。

「ロイはそれを知ってるのかい?」
「いいえ。でも、気付いているとは思います。あまりにも似ていないですからね」

 コリンもフィーネも髪は赤味の強い茶色だが、ロイは黒。瞳の色も二人は赤だが、ロイは碧。
  
「僕、ロイの顔をどこかで見たことがあるような気がしてならないんだ」
「ロイは街に出たことがない子ですからそれはないと思います」

 会ったときから感じていた違和感。間違いなくどこかで会ったような気がするのにコリンはそれを否定する。
 エリスローズでさえ街に出たことがないのだからロイがあるはずがない。
 
「そうだよね……」

 渋々納得するリオンにコリンの表情が少しだけ柔らかくなる。

「王太子にそう思っていただけるのはとても嬉しいですね」

 王族がどこかで見た顔だと言ってくれるだけの顔をしているのだと誇らしくなる。

「ロイはとても聡明な子だと誰が見てもわかる顔立ちをしてる。立派な服を着せて貴族の子だと紹介しても誰も疑わないだろう」
「ありがたいお言葉です」
「実際、僕はそうしてあげたいと思ってた。いや、今もそう思ってるよ。でも、それはロイが選ぶことで、もし彼が本気でそれを願うのなら僕は両陛下に土下座しても頼み込むつもりだ」
「王太子にそのようなことさせられません!」
「エリーもそうやって拒むんだけど、これは君たちの人生ではなく彼の人生なんだ。僕は君たちをひどい問題に巻き込んでいる。罪滅ぼしと言えば君たちは気分を害するかもしれないけど、僕にできることがあるならしてあげたいんだ。君たちが望むことならなんだってね。そのためなら頭を下げるぐらいなんでもないんだよ」

 コリンはそれにイエスともノーとも答えなかった。
 自分たちのような身分の者のために王太子が土下座をするなんてあってはならないことだと言う気持ちはある。それでもロイの人生だと言われると自分たちが拒むことで彼の未来を、彼が夢見た未来に手が届く可能性を奪うことになってしまう。
 天秤にかけるには揺れが大きすぎて答えられなかった。

「だから彼の意見を尊重したい」
「ありがとうございます」

 立ち上がって深く頭を下げるコリンにリオンは首を振る。

「王族や貴族は与えられる物は与えなければならないんだ。それは義務なんだよ、本来はね。そうしない、できない貴族がこの国には多すぎる……」

 貴族たちの歴史は長い。それこそ王族よりもずっと長い歴史を持つ貴族もいる。
 そんな者たちの意識を変えるのは空まで飛んで月を引っ張ってくるぐらい困難なことかもしれないが、リオンはこのままではいけないと考えた。
 エリスローズたちと出会ってから自分の中での使命がハッキリしてきたことがリオンは嬉しかった。
 与えられた仕事を全うするだけだった人形のような自分を変えなければと思っていた、思うだけだった自分が初めて自分で変えようと心に決めたことが増えてきたのだ。
 
「君たちは強いね。僕なんかよりもずっと。彼女と過ごして驚いたよ」

 明るい話題にしようと思ったリオンの話題はコリンにとってそうでなかったらしく、ソファーに再度腰掛けたコリンの表情が暗くなっていくのがわかった。

「……エリーは本当はとても弱い子なんです」

 リオンが持つエリスローズへの印象とは正反対の言葉だが、驚きはしない。

「昔は泣き虫で怖がりで、一人で外を歩くこともできない子でした」

 懐かしいと目を細めているはずなのに、その表情から溢れ出す辛さが伝わってくる。
 
「風の音が怖い、雨が嫌だと言っては泣いて、貧困街から聞こえてくる怒鳴り声や喧嘩の音に震えているような子だったんです」
「それは、何歳の頃?」
「五歳ぐらいですかね」
「……想像つかないな」

 それが微笑むほど懐かしい会話ならリオンは「可愛かったんだね」と言っていた。
 だが、コリンの表情がそうではないからリオンは言葉を変えた。
 いつだって前を向くエリスローズはその逞しさから輝く美しさを放っている。
 化粧をしてエリーナになろうとも隠せないだけの美しさがある。だから久しぶりに会った者たちはエリーナになったエリスローズを見て「変わった」と言う。
 それは間違いなくエリスローズが持つ輝きがエリーナより上だからだとリオンは確信している。

「ロイもそうだけど、強くなるしかない環境なんだよね」

 その言葉にコリンが苦笑する。その顔があまりにも辛いもので、リオンは選択を誤った気がした。

「ロイも昔は人目を気にせず甘える子だったんですよ」
「五歳ぐらいまで?」
「……そう、ですね……」

 コリンの拳がグッと握られる。

「……五年前から……全てが変わってしまったんです……」
「……何があったんだい?」

 絞り出すような声のコリンにリオンが問いかけるとコリンは唇を震わせながら口を開いた。

「……息子が……二人目の息子が、死んだんです」

 耳を疑う言葉にリオンはまるで世界の全てが止まったような感覚を覚えた。
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