愛し方を知らない氷帝の愛し方

永江寧々

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氷帝と炎帝

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 広い部屋の真ん中には円形のベッド。それだけでも趣味が悪いと思うのに、シーツは真っ赤で枕も真っ赤。シーツにも枕にもフロガ帝国の国章だろう物が入れられており、とことん趣味の悪い男だと思っているとベッドに押し倒され、乱暴に服を剥がれた。
 逃げられないようにするためか、剥いだ服を瞬時に消し炭にしたケオは絶対に女にモテないと確信する。
 アルフローレンスも丁寧に抱くほうではなかったが、乱暴でもなかった。無理矢理服を剥がれたのは怒らせたときだけ。あとは自分で脱ぐよう言われるか、気まぐれに優しく脱がされるかのどちらか。
 皇帝は王よりも力を持ち、どんな人間でも支配できるのだろうが、ケオとアルフローレンスは似ているようで違うとミュゲットは思った。

「キレーな肌してんな、お前。こんな肌してながらマジで自分をフローラリアの女だと思ってたのかよ」
「私は事実、フローラリアで育ったのでフローラリアの女よ」
「そりゃめでたいな。ま、俺にはどっちでもいーことだがな。欲を言えば巨乳が良かったが」
「……ホント、あなたがどうしてアルフローレンスに勝てないかよくわかる」
「あ? んだよ、貧乳だって言ったこと怒ってんのか? だがな、言葉には気をつけろ。手元が狂ってこの自慢の髪を燃やしちまうかもしれねぇからな」
「それって脅しのつもり? 髪は舞うときに長いほうが魅力的だからって伸ばしてただけ。好きだから伸ばしてたわけじゃないの。燃やしたければ好きにしなさいよ」

 本当は少し未練があった。アルフローレンスはいつもこの長い髪をキレイだと言って撫でてくれたから。もうグラキエスには戻れないし、アルフローレンスの横に並び立つこともないため未練を持ったところで意味などないのだが、思い出がある。それが苦しかった。

「フローラリアの女はどーも男を舐めてやがる。これは教育が必要だよな」
「教育? 女を下に見てる男に教育されるほどフローラリアの女は弱くない」
「ハッ、強がんなよ。火傷させられて悲鳴上げたのは誰だったかもう忘れたのか?」
「あれで教育したつもりならあなた相当バカね。教育されたなら反抗するわけないでしょ」
「二度とそんな生意気な口が利けねぇように誰がお前のご主人様か、その身体に教え込んでやるよ」

 涙が溢れるのはなぜだろう。悲しくないのに、怖くないのに……目の前が滲むほど涙が溢れ出てくる。
 悔しいのだとわかったところで抵抗はできない。いくら口で抵抗を示そうと裸を隠すことさえ許されない状況で何ができるのか。
 ミュゲットにとって今の状況は恥ではない。裸になることなど捕虜となったあの日から当たり前となり、羞恥は捨てた。だからケオに見られようとどうだっていい。だが、これからケオに抱かれるのだと思うと悔しくてたまらない。こんな男の言いなりになることしかできないことが何よりも悔しい。

「嬉し泣きか? 心配すんなってアイツの抱き方なんざ思い出すこともできねぇぐらい──……なんだ!?」

 寝ているだけでも汗をかくほど暑いフロガに冷たい風が吹くことはない。それなのに今、二人は冷たい空気を感じている。

「ケオ様! 大変です! フロガの気温がどんどん下がっていきます!」

 男のほとんどが上半身裸というフローラリアと変わらない格好をしている。兵士たちもケオ同様、肉体自慢なのか鎧は身につけていない。気温の変化がよくわかるだろう素肌からは汗が引いており、慣れていない寒さに身体を震わせていた。

「なんだと!?」
「外には雪が! こ、このまま下がり続ければ民たちは凍えてしまいます!」
「なんでだよ! アイツが来るまでまだ三日……いや、どんなに急いでも急いでも一日はかかる! ありねぇだろ!」

 気温を操れるなど神しかいないとミュゲットは思うが、ケオは自らの能力でフロガを砂漠にした。エルドレッドはアルフローレンスのせいでグラキエスの気温は年々下がっていると言っていた。
 二人の男は神ではない。だが、男たちはその能力の強さからこの大地に降り注ぐ天候をも操れる。
 ミュゲットはこの寒さを知っている。

「アル……!」

 自分を迎えに来たとは思っていない。そんな自惚れ屋ではないと自覚している。ケオの手紙にアルフローレンスを怒らせるようなことが書いてあったからだとわかっているのに、ミュゲットの心はアルフローレンスを求めているかのように激しく鼓動を打つ。
 あの声が聞きたい、あの顔が見たい──そう願ってしまう。

「クソッ! なんなんだよ!」
「私を抱いてる暇なんてないみたいね」
「チッ、残念だよなぁ。だがお前は取引材料だ。役に立ってもらうぜ」

 引っ張られる際、とっさにシーツを掴んで引き寄せた。フロガの国章が入ったセンスの悪いシーツ。前を隠すように当てると強く抱き寄せられることでケオの腹に背中が当たる感覚が不愉快でミュゲットは思わず前のめりになる。

「動くな。アイツの前で焼き殺すぞ」

 振り向くとケオは緊張しているように表情を引き攣らせながらも口元には笑みが浮かんでいた。
 実力の差は確かにある。それはケオもわかっているのだろう。だから人質を取って取引をする。実力では勝てないから。
 この取引がどれほど危険なものかわかっているのはケオとエルドレッドだけ。アルフローレンスが大切にしているものを奪ったことでアルフローレンスがキレたのだとしたらフロガはどうなるかわからない。
 太陽神を背負っているといえど、所詮は手に入れた力にすぎない。神から愛されている証明のように与えられたものとは違う。
 ケオにとってこれは人生を賭けた選択。
 遠くで聞こえていた兵士たちの悲鳴が段々と近くなる。アルフローレンスがそこまで来ているということ。
 フローラリアで感じたような騒々しい足音は聞こえないことからアルフローレンスが一人で来たことはケオにもわかる。だからこそ今回の取引は成立するのだとケオはそれを自信に変え、すぐに開くだろうドアを見つめた。

「よお、アルフローレンス。相変わらず異常な冷気だな、クソッタレ!」

 ドアを蹴り飛ばすわけでも誰かに開けさせたわけでもない。急にドアが凍り、一瞬で粉々に弾けた。
 アルフローレンスがいる。ミュゲットの身体にもケオの身体にも力が入る。
 すぐに入ってきた男の姿にケオは舌なめずりをして自分が持つ熱を高めた。
 冷気と熱気に挟まれたミュゲットは異常な体感に身体が対応できず、吐き気とめまいを起こす。

「ミュゲット」
「アル……」

 名前を呼ばれただけなのにミュゲットは涙が溢れる。手を伸ばそうとしたのをケオが手首を掴むことで止められてしまう。

「おいおい、甘い感動話は後だろうが」
「今すぐそいつを離せ」
「この嬢ちゃんがそんなに大事かよ。心まで凍らせた親殺しの氷帝様が誰かを愛する日が来るとは世も末だな。コイツの親を殺してまで手に入れた気分ってのはどんなもんだよ?」
「黙れ」
「お前が空気読まずに早く着きすぎるから抱けなかったじゃねぇか。これから誰がご主人様か教えてやろうと思ってたのによ。なあ、ミュゲット」
「名前呼ばな──ッ!」

 ねっとりと頬を舐め上げられるとミュゲットは全身の毛穴が開いたような感覚に襲われた。【おぞましい】という言葉が頭の中で繰り返され、ミュゲットはそれ以上のことを拒むように前屈みになって距離を取る。

「おっと! おいおい、コイツがどうなってもいいってのか?」

 放たれた氷柱を手で弾くとその場で破裂したように水へと変わって床を濡らす。
 部屋を凍らせてしまうほど強い氷とそれを一瞬で溶かしてしまう炎がぶつかり合って決着は着くのか。
 エルドレッドが危惧していたことを思えばケオよりアルフローレンスのほうが実力は上だと考えて間違いないだろうが、ミュゲットは少し心配だった。
 
「おいっ! やめろ! マジでコイツ殺しちまうぞ!」

 ミュゲットを人質に取っていることを武器にしようとするも氷柱は止むどころか数を増やして飛んでくる。

「やってみろ。そのときは貴様の存在もフロガもこの世から消してくれる」

 アルフローレンスの吐き出す言葉一つ一つが氷のように冷たく、その表情はミュゲットが見たことがないものだった。
 フローラリアで対面したときとは比べ物にならないほど冷たい表情。今の表情が彼の怒りを表しているのだとしたらフローラリアで見た彼の表情はむしろ穏やかでさえあったように思えた。

「……ミュゲット、目を閉じていろ。お前には見せたくない光景になる」

 アルフローレンスの言葉にミュゲットは素直に目を閉じる。

「はっはっはっはっはっ! 怒れ怒れ! お前の本気を見せてみろよ! 今日がお前の命日になんだから最初で最後の慈悲だ。お前の本気を受け止めてやる!」
「随分な自信だな。フロガの皇帝は余に怯えて地下に掘った穴の中で震えているとばかり思っていたが、暑さで顔を出したか」
「負け犬ほど戦う前によく吠えるんだよな! いいからさっさとかかってこいよ! じゃねぇと殺しちまうぞ! オラッ、早くこいや!」
「三秒前の発言を忘れるとは鶏以下だな」
「んだとテメー! あーもうキレたわ。お優しいケオ様からのお慈悲を無視するとはな! 死ぬしかねぇよなぁ! ぶっ殺してやるよ!」

 ケオの手が作り出した火球がアルフローレンスに向かって投げられた。さほどあるわけではない距離の中上がっていくスピードはゴオッと音を立てるほど速く、その音を聞いているだけで不安になるが、ミュゲットは目を開けない。

「マッチよりも弱い火だな」
「……ハッ、笑わせんなよ。テメーがどこまで耐えられるか試したに決まってんだろ! 受け止めきれなくなって吠え面かきながら死んでいくテメーをこの目に焼き付けてやるからな
!」
「貴様が弱い犬なのはわかった。さっさとしろ」
「ッ! 消し炭にしてやんよ!」

 両手を前にかざしたケオの手から何発もの火球が連続で放たれる。あまりの量から地面が揺れるほどの振動を起こす。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」

 口元に笑みを浮かべながら勝利を確信するケオの声が大きくなる。
 放つ側より受け止める側のほうがしんどいはずだと火球を止めないケオはアルフローレンスが蒸気で包まれていくのを楽しげに見ていた。
 苦しむ声が聞こえないのは声を発することもできないほど一瞬で焼け焦げてしまったからだとそれも確信がある。
 雪国を砂漠に変えてしまうほど熱を放つことができるケオは自分に絶対の自信があった。
 太陽が放つ熱と同じレベルまで上げられる炎がケオの自信の源。
 だが──

「はーっはっはっはっはっはっはっはっ! グラキエス……完ッ!」

 溜めに溜めたあとの発言のショボさをミュゲットだけが耳にしていたが、あまりのダサさに言葉も出ない。
 アルフローレンスが負けたとは思っていない。彼は一瞬で決着をつけられると言っていたのだから負けるはずがないと信じていた。
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