痛みを感じない国王陛下の大いなる愛の執着

永江寧々

文字の大きさ
2 / 51

勝手な宣言

しおりを挟む
「ヴァレン陛下!」
「エリンシア、来てくれたのだな」
「お久しぶりでございます」

 十二年離れていてもその声を、その姿を間違えるはずがなかった。
 どれだけ人が溢れている中でもヴァレンの瞳はまるで灰色の世界に一人だけ色を持って現れたかのようにすぐに、ハッキリとエリンシアを見つけることができた。
 目の前でカーテシーをするエリンシアに頷き、手を伸ばす。

「戻ってきたのだな」

 招待状が送られてきたから出席するために来ただけなのだが、相手にとって大切な日に気分を害したくはないと何も言わずに笑顔を見せた。

「お前の席を用意した」
「ありがとうございま、す……?」

 この瞬間にはもう違和感を覚えていた。
 どの席だろうと探す必要もないほど、一席だけ特別感があった。花びらが見える。赤い花びらが。
 他の席は隙間なく詰められているのに、その一席だけ、隣と椅子二つ分空いている。

「あそこ、ですか?」
「そうだ」

 堂々とした返事にエリンシアは一度、天を仰いだ。

「陛下、あそこに着席される方々はたぶん、上流階級の──」
「関係ない。僕がお前をあそこに座らせると決めたのだ。誰にも文句は言わせない」

 誰がどう見ても特別扱い。いや、贔屓だろうそれにエリンシアは緊張というより気の重さを感じていた。
 爵位が全ての貴族の世界で、子爵令嬢が上流階級の貴族より良い待遇を受けるわけにはいかない。王族である彼もそれはわかっているはずなのに、と思う気持ちはあれど、昔から言い出したらそれを貫こうとする頑固さがあった。
 
「淡いブルーのドレスが美しいな」
「ありがとうございます。これはお父様が──」
「お前にはオレンジのほうがよく似合うと思う」

 そうだ。こういう人だった。相手の気持ちを一切考慮しない人。自分の意見を押しつける人。それがヴァレンという男だ。
 父親と母親が用意してくれたお気に入りのドレスだったのだが──エリンシアはほんの一瞬固まりはしたが、冷静を装って軽く頭を下げた。

「お気に召す色を選べず申し訳ございません」
「構わない。お前の父はお前のことが何もわかっていないというだけだ。お前を責めているわけではない」

 淡々とした物言いも幼い頃は純粋に受け入れられていたのだが、今はただ冷たい人間のように感じてしまう。苦手だと。

(幼い頃の思い出を美化していたのね、私)

 幼い頃はなんでもしてくれる相手を親切だと思っていた。
 出会ったのは五歳で、相手が王子という立場であることなど理解していなかった。優しい親切なお兄ちゃん、という印象を持っていただけ。
 今は違う。とてもそうは思えない。

「陛下、お時間でございます」

 笑顔ひとつない使用人を見るのも久しぶりで、幼い頃の記憶がじわじわと蘇ってくるのを感じる。

「エリンシア、こっちだ」

 使用人ではなく、エリンシアのために用意した席へと向かうヴァレンについていくと、身分不相応な位置に立つとエリンシアだけでなくその場に緊張が走る。

「ここに座って僕を待て」

 貴族たちからの視線が痛い。
 最前列に用意されいる椅子は五つ。
 右端から、重臣、大公、エリンシア、公爵、重臣、となっている。
 子爵令嬢が大公や公爵と並んで最前列の中央に座るなど前代未聞。見るからに高位の貴族たち。重厚な装飾の礼服、きらめく宝石。その中に、子爵令嬢である自分が座ることの異常さ。
 ましてや、エリンシアの足元にだけバラの花びらが敷き詰められている。まるで花嫁を迎える祭壇のように。

(何を考えているの、ヴァレン陛下……)

 両側に座る大公と公爵の視線に気付きながらもエリンシアは気まずさのあまり、誰とも目を合わせず前方を見るだけ。
 何か言いたげな表情だが、何も話しかけないのは椅子二つ分の距離のせいか、それとも事前に何かお達しがあったせいか。どちらにせよ、向けられる視線から感じる不満と疑問にエリンシアの居心地の悪さは最高潮に達していた。
 エリンシアは背筋を伸ばし、正面を見据えた。戴冠式が終われば、すぐに帰れる。そう自分に言い聞かせた。

 重厚な鐘の音が鳴り響く。
 会場全体が静まり返り、全ての視線が正面の扉に注がれた。
 扉がゆっくりと開かれる。
 深紅のカーペットの上を、ヴァレン・クローディア=メルヴェルが歩いてくる。漆黒の礼服に金の刺繍。肩には王家の紋章が刻まれた深紅のマント。
 彼は真っ直ぐ前を見据えたまま、一切表情を変えずに歩を進め、玉座の前で立ち止まると大司教が荘厳な声で宣言した。

「本日ここに、ヴァレン・クローディア=メルヴェルが、フィオレンツ王国第二十三代国王として即位されることを宣言いたします」

 大司教が手にした王冠を掲げる。金と宝石で装飾された、代々受け継がれてきた王冠。

「ヴァレン・クローディア=メルヴェル。あなたはこの王冠を受け、民を導き、国を守ることを誓いますか」
「誓う」

 淡々とした、だが明瞭な声。
 大司教がヴァレンの頭上に王冠を載せたその瞬間、会場に拍手が響き渡った。
 ヴァレンは玉座に座り、笑顔もなく視線を動かす。その瞳に映るのは期待を見せない国民の表情。ヴァレンという男がどういう人間かわかっているこの国の民はむしろ彼が国王に就任したことに不安を抱いているように見えた。
 ヴァレンは国民の不安など気にも留めない様子で、視線を一点に止めた。こちらを見上げるエリンシアの瞳を確かに捉えている。
 エリンシアは息を呑んだ。あの灰色の瞳が、真っ直ぐに自分を捉えている。
 ヴァレンが立ち上がった。

「――皆に、報告がある」

 拍手が止む。会場が再び静まり返る。

「僕が妻に迎える女性を、ここで紹介する」

 ざわめきが起きた。
 記者でさえ捉えていなかったヴァレンの女性事情。彼が即位した瞬間の拍手よりも大きなざわめきが広がっていく。
 エリンシアは瞬時に駆け抜けた嫌な予感に息が止まりそうになった。

(まさか……いや、そんな……)

「エリンシア・アルヴェンヌ。前へ」

 自分の名が呼ばれた瞬間、世界が止まった。
 差し出すように伸ばされた手も、瞳も、こちらを向いている。この会場にいる全員に視線を集めていることに緊張と少しの恐怖を抱きながらもエリンシアの足は前に進んでいく。
 三段の階段を上がってヴァレンの手に触れると紳士的な動作で手を包まれたが、すぐに驚くほどの強さで握られる。
 嘘くさい笑顔を浮かべるわけでもなく、怒りを露わにするわけでもなく、昔から変わらない、何を考えているのかわからない表情で行動するヴァレンが今は理解できない。

「彼女は十二年前までこの国で暮らしていた。この国で生まれ育ったフィオレンツの民なのだ。王妃として、この国の母として、民を幸せにすることだろう」

 国民たちは戸惑っていた。いや、この場にいる全員が戸惑っていた。彼の周囲の人間も聞いていなかったのだろう表情を見てエリンシアは父親の言葉を思い出していた。

『権力を持つということは、良くも悪くも人を変える』

 国王となり、全ての権力を持った彼の独断だろう行動。

「以上だ」

 相変わらず笑顔はなく、声に優しさもない終了宣言を放つとヴァレンはエリンシアの手を引いて城の中へと入っていく。

(何を考えているの、ヴァレン陛下……)

 言いたいことはたくさんある。込み上げているさまざまな感情のままに問いかけてしまいたい。怒声を放って拒絶し、手を振り解き、家に帰る。
 頭の中には自分がすべき行動があるのに、振り解けないほど強く握られた手と今の状況をまとめるのに必死だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】この胸に抱えたものは

Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。 時系列は前後します 元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。 申し訳ありません🙇‍♀️ どうぞよろしくお願い致します。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

【完結】後宮、路傍の石物語

新月蕾
恋愛
凜凜は、幼い頃から仕えていたお嬢様のお付きとして、後宮に上がる。 後宮では皇帝の動きがなく、お嬢様・央雪英は次第に心を病み、人にキツく当たるようになる。 そんなある日、凜凜は偶然皇帝と出逢う。 思いがけない寵愛を受けることになった凜凜に、悲しい運命が待ち受ける。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

私のお金が欲しい伯爵様は離婚してくれません

みみぢあん
恋愛
祖父の葬儀から帰ったアデルは、それまで優しかった夫のピエールに、愛人と暮らすから伯爵夫人の部屋を出ろと命令される。 急に変わった夫の裏切りに激怒したアデルは『離婚してあげる』と夫に言うが… 夫は裕福な祖父の遺産相続人となったアデルとは離婚しないと言いはなつ。 実家へ連れ帰ろうと護衛騎士のクロヴィスがアデルをむかえに来るが… 帰る途中で襲撃され、2人は命の危険にさらされる。

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

処理中です...