痛みを感じない国王陛下の大いなる愛の執着

永江寧々

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二人だけの誕生日パーティー

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 ドレスを受け取ってから三日後の夜、鏡の中に映る自分を、エリンシアはただ見つめていた。
 淡いアプリコット色のドレスは、まるで夕陽に染まる雲のように柔らかな光を纏っていた。マーメイドラインの優雅な曲線が、腰から裾にかけて流れるように広がり、歩くたびに静かに揺れる。
 上半身は身体に沿うように仕立てられているが、決してきつくはない。七分袖は肘の少し下まで覆い、首元は鎖骨が見える程度の上品なラウンドネック。レースもビーズもない。ただ、生地そのものの光沢と、一針一針が完璧に計算された縫製だけが、このドレスの美しさを支えている。
 着る者の魅力を最大限に引き出す——ヴァレンの選択にエリンシアはクスッと笑いをこぼした。

「私がマーメイドラインを選ばないとわかってた」

 ウェディングドレスの候補は三種類あった。ボールガウン、マーメイド、Aライン。
 このドレスを見るに、彼の中でエリンシアはマーメイドは絶対に選ばないという確信があった。ボールガウンかAライン。その選択肢だったのだろう。
 だからこそ事前にマーメイドでドレスを作っておいた。それも、とても優雅で美しいものを。

「オレンジが似合うなんて知らなかった」

 オレンジを着ようと思ったことは一度もない。
 貴族社会では爵位だけでなく、色すら爵位を選ぶと言われている。
 黄色は特に難しい。淡い黄色やクリーム色は若さ、優美さ、春を象徴するものだが、これが濃い黄色や金色に近い黄色は特権色に近づくため、貴族は避けるよう暗黙のルールがあった。
 このオレンジがかった黄色は、インペリアルトパーズを連想させるもので、ヴァレンらしい選択。
 鮮やかな黄色は下流貴族や成り上がりが好む色とされ、身につけていると嘲笑の対象となった。
 両親から言われていたのもあって、エリンシアも黄色やオレンジは遠ざけていたからこそ知らなかった。

「ふふっ……なんか……変な感じ」

 アルトゥールは運命の相手だと思っていた。優しくて、明るくて、紳士的で、両親との相性も良かった。
 だが、過ごしていく中で違和感を覚えることは何度かあった。
 ひとつはぬいぐるみへの嘲笑。ヴァレンがくれたぬいぐるみを飾っていたのを笑われたとき。
 ひとつは贈り物の自慢。彼は何をしても「君のために」という言葉を欠かさなかった。そしてそれらを用意するのにかかった費用や月日を必ず伝えてきたこと。
 極め付けは結婚式のドレス。花嫁が着るドレスを選択肢すら用意してくれなかった。

『エンパイアにしよう。それが一番君の美しさを際立たせる。マーメイドよりもエンパイアだ。僕は君が何を着れば一番輝くか知っているんだ』

 そう言っていた。
 あのときは、そうなのかもしれないと思っていたし、実際に身体に当ててみると悪くないとも思った。

「エンパイアが悪いわけじゃないのよね」

 Aラインがいいと言えなかった自分にも問題があるのだとエリンシアは自覚している。
 自分が着るものぐらい自分で選ばせてと言えばよかっただけ。それで怒るならそういう人間だと切り捨てることもできた。両親は激怒しただろうが。
 だが、結果的に今はとても良いほうへと進んでいる。
 王妃になれたからではなく、ヴァレンは強引さや傲慢さはあれど、心に安心感を与えてくれる。
 だからこそ自惚れてしまいそうになる。エリンシア・アルヴェンヌを幸せにするためなら何も惜しむことはないのだと。

「浅ましい考えは持たないのよ」

 鏡の中の自分に言い聞かせるように言って表情を引き締める。

「でも、やっぱり嬉しい」

 エリンシアはすぐに鏡の中の自分にそっと微笑んだ。
 このドレスは、彼が自分だけのために作った衣装で、二人だけの時間のための衣装。
 胸が温かくなるのを感じながら、エリンシアは静かに食堂へと向かった。

「やはりよく似合う。美しいな」

 想像していたとおりの美しさにヴァレンはその感動をすぐに言葉にした。
 表情こそ変わらないものの、その声には確かに愛情が感じられる。

「素敵なドレスをありがとうございます」
「僕が着せたかった僕のエゴだ。礼は必要ない」

 彼はいつもそうだ。感謝してほしがったことは一度もないし、感謝を喜んだこともない。
 彼にとって、彼のその言葉が本音なのだろう。建前でも見栄でもなく。

「プレゼントを先に贈りたい」
「あ、はい」

 アルヴェンヌ家ではいつも食事のあとだっただけに驚くが、エリンシアはすぐに執事に目配せをしてプレゼントを持ってきてもらうよう頼んだ。
 既に膝の上に乗せて持っていたヴァレンはエリンシアに渡すのではなく、目の前でその箱を開けた。

「キレイ……」

 見惚れてしまうほど美しいインペリアルトパーズのネックレス。
 大粒の石を中央に配置し、繊細な金細工で仕上げたシンプルだが圧倒的な存在感のあるネックレスにエリンシアは息をのむ。

「つけてやろう」

 立ち上がったヴァレンがエリンシアの後ろに回ってネックレスをつける。淡いドレスとの相性を見て満足げに頷くヴァレンを見て、エリンシアは笑う。
 似合うかどうか聞く必要はない。彼こそ「私に似合うのは何か」をわかっている人だと思っているから。

「また一段と美しくなったな、エリンシア」
「陛下のおかげです」
「僕はお前に似合う物を贈っただけだ」
「私を理解してくれている陛下の贈り物だからこそ、です」
「なるほど。納得だ」

 珍しい反応にクスッと笑うと、食堂のドアが開く音にエリンシアが立ち上がる。
 それを目で追うヴァレンが席へと戻っていく。

「これは、私からの誕生日プレゼントです」

 執事がそっと隣のテーブルに箱を置いた。
 箱はワインレッドのベルベット調の高級感ある厚紙製。蓋には金の留め金がある。それに手をかけ、ゆっくりと蓋を開けると、中にはシルクの布に包まれた何かがあった。
 丁寧に、まるで壊れ物を扱うようにそっと取り出したヴァレンが布を開く。

「…………」

 珍しく目を見開いたヴァレンのその目に映ったのは二体のうさぎのぬいぐるみ。
 王冠を戴いた雄うさぎと、王妃の冠を戴いた雌うさぎが並んで座っている。
 二体は向かい合うように配置され、まるでお互いを見つめ合っているように見える。
 王のマントは深い紺色。王妃のマントは淡いアプリコット色。
 ヴァレンは無言でそれを見つめ、やがてゆっくりと雄うさぎを手に取る。その手が、ほんの少しだけ震えていることにエリンシアは気づいた。

「僕とお前だな」

 静かに、しかしいつもより少しだけ柔らかい声での呟きにエリンシアの胸が熱くなる。
 雌うさぎも手に取り、手のひらの上で二体を並べて見つめたあと、視線はエリンシアに向く。 

「ありがとう、エリンシア」

 初めて言われたありがとうにエリンシアは目を見開いた。そして自分でも理由がわからない涙がじわりと滲む。
 してもらうばかりだった自分が、彼に何かできたことが嬉しかったのだ。
 二十二年の人生で、彼が心から誰かに礼を言ったのは、この瞬間が初めてだった。

「私が飾ってほしかった私のエゴですから」

 自分が常日頃、何をしても言っていた言葉を返されたヴァレンの口元がほんの少しだけ緩んだように見えた。

「そうか。お前はこういう気持ちだったのだな」

 礼は必要ないと言われた側の気持ちがわかったと頷くヴァレンがテーブルの上に二体を並べる。

「これは僕の理想の戴冠式だ」

 それはとても切ない言葉──もう二度と叶えることはできないものだった。
 戴冠式の日、彼は一人だった。隣にエリンシアはいたが、浮かべていたのは祝福の笑みではなく困惑。彼も強引にした自覚があったからこそ、二体が表現している姿を、あの日の侘しい戴冠式と重ねた。

「ありがとう、エリンシア。心から感謝する」

 滲んでいた涙が雫となって頬を伝う。それでもエリンシアは笑顔を見せた。
 彼が喜んでくれた。それがただ、涙が出るほど嬉しかった。

「誕生日おめでとう、エリンシア」
「お誕生日おめでとうございます、陛下」

 渡されたハンカチで涙を拭うとシャンパンが入ったグラスを軽く合わせ、二人は互いの誕生日を祝った。
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