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お買い物
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クリスマス・イヴ。二人はイルミネーションに彩られた街を歩いていた。
「すごいですね。一本一本がキラキラしてます。あれはどなたが飾り付けを?」
クリスマスとは無縁の人生を送ってきた椿はクリスマスツリーさえ知らず、すぐ立ち止まっては木を見上げる。
「それ気にする?」
「だって膨大な数ですよ?」
「そうだな。だから楽しむんだよ。この膨大な量をこんなに美しく飾り付けてくれた人がいるから俺たちはこのキラキラを余すことなく目に焼き付ける」
「そうですね」
何かイベントがあるたびにこうして飾り付けられているため柊にとっては珍しくもなんともないが、椿にとっては新鮮そのもの。こうした煌びやかなイベントは一度も経験したことがないのだ。見せる反応全てが新鮮で、見ている柊も楽しんでいる。
「立花さん?」
「……よお」
かけられた声に振り向くと舌打ちが出そうになった。中川と瑠璃川だ。
「椿さんじゃないですかぁ!」
中園は柊の前に瑠璃川は椿の前に駆け寄って笑顔を見せる。
「瑠璃川さん、ですよね?」
「覚えていてくれたんですね! 感動です!」
「先日はどうも」
「いやあ、イヴに会えるなんて奇遇ですね! 相変わらずお美しい!」
両手を伸ばして椿の手を握ろうとする瑠璃川から遠ざけるように椿の肩を抱き寄せると瑠璃川の動きが止まる。ヤバいと苦笑しながら頭を掻いて誤魔化しながら「あはは」と笑う様子に溜息をつく。
先日、書類を忘れた柊が三森に電話をかけて書類を届けてくれるよう頼んだのだが、椿が一緒に来た。その際、営業から戻った瑠璃川と鉢合わせして顔を見られてしまった。それ以来、何故か瑠璃川が椿を『美人な婚約者』と自慢し回っている。
「お前ら付き合ってたのか」
「そんなの冗談でも言わないでください! 絶対やだ!」
「俺もだっつーの! 世界中で女が中園だけになっても寄らない!」
「こっちの台詞なんですけど!」
「付き合ってもない二人がこんな夜に何してんだ?」
二人のやりとりはどうでもよく、せっかくのイヴの夜を台無しにしないでほしいとさっさと用件を聞き出すことにした柊に中園が上目遣いを向ける。
「立花さんの私服すごくかっこいい。惚れちゃいそう」
「皆でクリパするんですよ。負けた奴がその買い出しなんスけど、俺と中園が負けました」
「なんで嫌々なんですか? 私と買い出し行けるの光栄に思ってくださいよ!」
「上から目線な女子は好きじゃないんだよ」
「魅力ない男と一緒に買い出し行かされる私が可哀想です。でもでもぉ、立花さんに会えましたぁ。聖夜の奇跡ってやつですかねぇ」
人の婚約者に向かって暴言吐いたことを知られながらどういう神経で甘えて見せるのか、その神経が信じられず呆れてしまうも中園は今にも柊の腕に抱き付かん勢いで身を寄せている。瑠璃川が腕を伸ばして止めていなければ椿がいようと抱きつく可能性があり、柊も警戒していた。
「お二人はデートッスか?」
「ツリーの下に置くプレゼント買いにな」
「ラブラブじゃないッスか!」
「らぶらぶ?」
「俺たちが愛し合ってるってこと」
柊が耳元で囁いた言葉にカアッと頬を染めて両手で頬を押さえる椿に部下の前だろうとたまらず額に口付ける。
同時に口を開ける中園と瑠璃川が抱える感情は別物。
「立花さんってそんな甘いんスね。うわー、皆に言っとこ」
恋人も結婚も自分には必要ないと言っていた上司と同一人物とは思えない様子に驚きを隠せない瑠璃川のテンションは高く、さっそくスマホを弄って何かメッセージを送り始めた。
中園に睨まれていることには気付いているがあえて視線を合わせない椿が柊の服をクイクイと引っ張る。
「旦那様、あまりお引き止めしてはお二人の予定の邪魔になります」
「ああ、そうだな。じゃ、買い出し頑張れよ。独身クリパ楽しめ」
「失礼致します」
「また会社で!」
椿が頭を下げたあと互いに自然に手を握る二人を手を振って見送ろうとする瑠璃川の横で中園が「あっ!」と声を上げた。
「よかったらぁ、お二人もご一緒にどうですかぁ? クリパ。今から買い出しなので人数増やすのも全然できますしぃ、パーティーは人数が多いほうが楽しいじゃないですかぁ」
「中園やめろって。デートだって言ってるだろ」
「えー、でもでもぉ、タコパですよぉ?」
タコパもクリパもそれがなんなのかさえわからない椿は助け舟を出すように柊を見るも柊は首を振るだけ。
「誘ってくれてありがとな。でも今日はピザ食う予定だから。ピザ食いたいって希望があったもんで」
「定番ッスね」
「だからお前らだけで楽しんでくれ。じゃあな」
優しい断り方。考える様子さえなかった。相手がいくら部下であろうとプライベートは別。ましてや隣に婚約者がいてデート中。よほど空気の読めない男でもない限り、誘いに乗ることはないだろうに何故誘うのか理解できないと瑠璃川は顔こそ向けないものの嫌な顔をしていた。
「じゃあピザも一緒に持って帰るってどうですかぁ? ピザも食べられるしぃ、たこ焼きも食べられ──」
「中園」
諦めない中園に瑠璃川が怒気を含んだ声で名前を呼んだ。
乗ってもらえるとは中園も思っていないだろう。それなのに誘い続けるのは時間稼ぎ。卑しい人間性に嫌気がさす。
「俺たちあっちなんで失礼しますね」
「気をつけてな」
「お気をつけて」
「ちょっと、引っ張らないでくださいよ!」
「さっさと来い!」
椿だって人間。悪意を向けられれば気分を害すると中園の態度を申し訳なく思う瑠璃川は二人からどんどん距離を取る。中園の腕を離したのは二人が見えなくなってから。
「痛いじゃないですか!」
「いい加減にしろよ」
「パーティーに誘うことの何がいけないんですか? 私は善意で誘っただけです」
「嘘つけ。デート中の二人の邪魔しようとしやがって」
「邪魔なんてしてませんけど。言いがかりやめてくれます?」
どこまで性悪なんだと呆れて言葉も出ない。せっかくのクリスマス・イヴ。こんな性悪のせいで二人のせっかくの気分を害したと思うと申し訳なくなる。
勝手にしろと言葉をかけることさえしたくない様子で買い出し予定のスーパーに向かった。
「女の子置いてくとか最低なんですけど!」
文句を言いながら追いかけてくる中園に瑠璃川は冷たい目を向けるだけだった。
「まさかアイツらに会うとはな」
「驚きましたね」
「なー」
中に入って目的の店に向かいながら苦笑する柊に椿は笑顔を見せる。中園に会ってしまったのは不運だが、おかげで柊から素敵な言葉がもらえた。まだ引いていない顔の熱を改めて感じると恥ずかしさと嬉しさに繋いだ手に力が入ると柊がキュッと握り返してくれる。顔を上げると目が合う。それだけなのにおかしくなりそうほど鼓動が速くなる。
「でも、せっかくお誘いいただいたのに断ってしまって──」
「俺は今日ここでの買い物を楽しみにしてたんだけど椿は違ったのか?」
「私もとても楽しみにしていましたよ?」
「なら俺が断ったのは正しいだろ?」
困った顔で笑う椿にこれでいいんだと軽く手を揺らす。立場というものを考えすぎている椿が言いたいことはわかるが、上司だからとプライベートでまで部下と親交を持つ必要はない。逆もまた然り。逆ならパワハラ扱いされてしまう。
「それより、俺へのプレゼント決まったか?」
ネットで注文していたクリスマスツリーを朝から二人で組み立てて、その下に置くプレゼントを買いに来た。互いに買い物をして互いに渡すためのプレゼント。椿は紙に書いてリスト化しては一つずつ消して頭を抱えていた。
互いに「何が欲しい?」と聞くのはタブーとし、互いが思い付いた物を買う。何を買うかは着いてからのお楽しみ。
家を出るまでに決まったと言わなかった椿だったが、一応決まったらしく、柊の手を引っ張ってフロアガイドを見に行く。
「十階」
「紳士服ね。定番だな」
「定番はお嫌いですか?」
「使い方がわからん物より断然良い」
「良かった」
さすがはクリスマス・イヴ。エレベーター前はエスカレーターで上がるには長すぎるフロアに向かう買い物客の列が出来ている。エスカレーターで上がるのもいいが、タイミングを見計らって乗る練習をするには人が多すぎる。だからエレベーターに乗るしかない。
あまり人混みが好きではない柊にとってこれは苦行にも似た行為ではあるが、今は一つ一つの行事を大事にしたいと待っていた。
来たエレベーターを一つ逃すと人が減る。遅れてやってきたほうに乗り込んで十階の紳士服フロアに向かった。
「こんな箱が上に上がるなんてって驚くと思ったんだがな」
「井戸の原理かと思いまして」
「あー……まあ、そうか。そうだな。井戸の原理かもな」
下にある物を上に運ぶのは現代だけじゃない。昔からやってきたことだ。未来人にでもなったつもりかと少し恥ずかしくなった。
「で、俺の優しい婚約者様はクリスマスプレゼントに何を買ってくれるんだ?」
「ネクタイとそれににするピンを買います」
椿には事前に金を渡してある。それはクリスマスプレゼントを買う用の金ではなく、家のことをしてくれる給料として渡した金。
はじめは断っていた椿も住み込みの家政婦だって給料を貰うと言うと納得してくれた。自分の家にも使用人がいる。通っているわけではなく離れに住んでいる使用人が。そこにも給料が払われているのだと知った椿は申し訳なさそうにではあったが受け取った。そして今日それを全て使うつもりでいる。
「太っ腹だな」
紳士服売り場を回ってネクタイとタイピンを探す。毎日スーツを着る柊にとっては無難な物。変に個人的な趣味の物を渡されるより良い選択だと感心する。何度も柊とネクタイを見て首元に合わせてはあれでもないこれでもないと難しい顔をする。
「迷ってしまいます」
「どれも似合ってるから?」
「はい」
照れることも茶化すこともしない正直さに笑いながら柊は待った。一応「候補」と言っていた物が何本かあった。その中から決めようとしているのだろう。
全部買ってしまいたい気持ちはあれど、たくさん買うのはダメだと言われた。プレゼントは一つ。でもセットは良いと許可を得た。だからネクタイ一本とタイピンを一つセットで購入すると決めたのだが、まだ決められないでいる。
「旦那様はどれがお好みでしたか?」
「俺の好みじゃなくて椿が選んでくれるんだろ?」
「そうですが、旦那様が使う物ですから旦那様の好みに合った物を贈りたいのです」
「俺は椿が選んでくれた物を身に付けたい」
そう言われてはこれ以上問うわけにはいかない。一点を見つめながら候補に挙げた物を思い出して柊が身に付けている姿を想像する。
「決めました」
暫く悩んだあと、顔を上げた椿に微笑んで一緒に店へと向かった。
どんなネクタイとどんなタイピンか、本来なら家で開封するまで見たくないし見せたくない。でも人が溢れ返る場所で椿と別れて購入する選択肢は柊にはなかった。
集合場所を決めておけば椿は必ずそこに向かおうとするだろう。だがもし、万が一があったらと考えるとその選択は口にも出来なかった。だから一緒に買いに行く。中身がわかっていてもいい。子供ではないのだから一緒に回って自分だけで考えた相手が喜ぶかもわからないエゴを渡すよりも相手が本当に気に入る物を買うほうが良いに決まっていると自分に言い聞かせた。
「カードで」
給料はもらったが財布がない。財布を持ったことさえないと言う椿に一緒に渡そうかとも思ったのだが、財布は受け取らないような気がして袋で渡した。石器時代を生きている家だ。給料も現金を手渡しだったら椿はそれを見たことがあるかもしれないから受け取ってもらいやすいようにと封筒に入れて渡した。しかし、袋の中から金を出して購入させるのはさすがに気が引けたため金を預かって柊がカードで支払う。
クリスマス用に包んでもらい、それは椿が受け取る。
「どうした?」
手にした紙袋を見つめる椿に問いかけると上がった顔は満面の笑みを浮かべている。
「旦那様にくりすますぷれぜんとを買いました」
クリスマスが何かも知らない少女が生まれて初めてプレゼントを買った。それだけなのに破顔する椿に柊は今ここで抱きしめてキスをしたい衝動に駆られるも店の中でそんな迷惑行為をするわけにはいかないと理性で抑え込んで頭を撫でるだけにとどめた。
「ありがとな」
まだ受け取ってはいないのにお礼を言う柊に「まだですよ」と椿が笑う。
店を出る前に離していた手を繋ぐ。一度普通に繋いだあと、指を動かして絡める繋ぎ方へと変えた。
街中でそんな繋ぎ方をして歩いている恋人たちを見ると吐き気がするほどうんざりした顔をしたものだが、今は自分が誰かにそんな顔をされる側に立っている。
誰かに見せつけたいからするわけじゃない。込み上げてくる言い表せないほどの愛おしさがそうさせるのだと知った。
「じゃあ次は俺の選ぶプレゼント買いに行くぞ」
「決まっているのですか?」
「もちろん」
候補は二つあるが候補の店は一つだけ。
クリスマス・イヴという雰囲気に酔いしれる恋人たちの間を縫いながら目的のフロアへと向かった。
「すごいですね。一本一本がキラキラしてます。あれはどなたが飾り付けを?」
クリスマスとは無縁の人生を送ってきた椿はクリスマスツリーさえ知らず、すぐ立ち止まっては木を見上げる。
「それ気にする?」
「だって膨大な数ですよ?」
「そうだな。だから楽しむんだよ。この膨大な量をこんなに美しく飾り付けてくれた人がいるから俺たちはこのキラキラを余すことなく目に焼き付ける」
「そうですね」
何かイベントがあるたびにこうして飾り付けられているため柊にとっては珍しくもなんともないが、椿にとっては新鮮そのもの。こうした煌びやかなイベントは一度も経験したことがないのだ。見せる反応全てが新鮮で、見ている柊も楽しんでいる。
「立花さん?」
「……よお」
かけられた声に振り向くと舌打ちが出そうになった。中川と瑠璃川だ。
「椿さんじゃないですかぁ!」
中園は柊の前に瑠璃川は椿の前に駆け寄って笑顔を見せる。
「瑠璃川さん、ですよね?」
「覚えていてくれたんですね! 感動です!」
「先日はどうも」
「いやあ、イヴに会えるなんて奇遇ですね! 相変わらずお美しい!」
両手を伸ばして椿の手を握ろうとする瑠璃川から遠ざけるように椿の肩を抱き寄せると瑠璃川の動きが止まる。ヤバいと苦笑しながら頭を掻いて誤魔化しながら「あはは」と笑う様子に溜息をつく。
先日、書類を忘れた柊が三森に電話をかけて書類を届けてくれるよう頼んだのだが、椿が一緒に来た。その際、営業から戻った瑠璃川と鉢合わせして顔を見られてしまった。それ以来、何故か瑠璃川が椿を『美人な婚約者』と自慢し回っている。
「お前ら付き合ってたのか」
「そんなの冗談でも言わないでください! 絶対やだ!」
「俺もだっつーの! 世界中で女が中園だけになっても寄らない!」
「こっちの台詞なんですけど!」
「付き合ってもない二人がこんな夜に何してんだ?」
二人のやりとりはどうでもよく、せっかくのイヴの夜を台無しにしないでほしいとさっさと用件を聞き出すことにした柊に中園が上目遣いを向ける。
「立花さんの私服すごくかっこいい。惚れちゃいそう」
「皆でクリパするんですよ。負けた奴がその買い出しなんスけど、俺と中園が負けました」
「なんで嫌々なんですか? 私と買い出し行けるの光栄に思ってくださいよ!」
「上から目線な女子は好きじゃないんだよ」
「魅力ない男と一緒に買い出し行かされる私が可哀想です。でもでもぉ、立花さんに会えましたぁ。聖夜の奇跡ってやつですかねぇ」
人の婚約者に向かって暴言吐いたことを知られながらどういう神経で甘えて見せるのか、その神経が信じられず呆れてしまうも中園は今にも柊の腕に抱き付かん勢いで身を寄せている。瑠璃川が腕を伸ばして止めていなければ椿がいようと抱きつく可能性があり、柊も警戒していた。
「お二人はデートッスか?」
「ツリーの下に置くプレゼント買いにな」
「ラブラブじゃないッスか!」
「らぶらぶ?」
「俺たちが愛し合ってるってこと」
柊が耳元で囁いた言葉にカアッと頬を染めて両手で頬を押さえる椿に部下の前だろうとたまらず額に口付ける。
同時に口を開ける中園と瑠璃川が抱える感情は別物。
「立花さんってそんな甘いんスね。うわー、皆に言っとこ」
恋人も結婚も自分には必要ないと言っていた上司と同一人物とは思えない様子に驚きを隠せない瑠璃川のテンションは高く、さっそくスマホを弄って何かメッセージを送り始めた。
中園に睨まれていることには気付いているがあえて視線を合わせない椿が柊の服をクイクイと引っ張る。
「旦那様、あまりお引き止めしてはお二人の予定の邪魔になります」
「ああ、そうだな。じゃ、買い出し頑張れよ。独身クリパ楽しめ」
「失礼致します」
「また会社で!」
椿が頭を下げたあと互いに自然に手を握る二人を手を振って見送ろうとする瑠璃川の横で中園が「あっ!」と声を上げた。
「よかったらぁ、お二人もご一緒にどうですかぁ? クリパ。今から買い出しなので人数増やすのも全然できますしぃ、パーティーは人数が多いほうが楽しいじゃないですかぁ」
「中園やめろって。デートだって言ってるだろ」
「えー、でもでもぉ、タコパですよぉ?」
タコパもクリパもそれがなんなのかさえわからない椿は助け舟を出すように柊を見るも柊は首を振るだけ。
「誘ってくれてありがとな。でも今日はピザ食う予定だから。ピザ食いたいって希望があったもんで」
「定番ッスね」
「だからお前らだけで楽しんでくれ。じゃあな」
優しい断り方。考える様子さえなかった。相手がいくら部下であろうとプライベートは別。ましてや隣に婚約者がいてデート中。よほど空気の読めない男でもない限り、誘いに乗ることはないだろうに何故誘うのか理解できないと瑠璃川は顔こそ向けないものの嫌な顔をしていた。
「じゃあピザも一緒に持って帰るってどうですかぁ? ピザも食べられるしぃ、たこ焼きも食べられ──」
「中園」
諦めない中園に瑠璃川が怒気を含んだ声で名前を呼んだ。
乗ってもらえるとは中園も思っていないだろう。それなのに誘い続けるのは時間稼ぎ。卑しい人間性に嫌気がさす。
「俺たちあっちなんで失礼しますね」
「気をつけてな」
「お気をつけて」
「ちょっと、引っ張らないでくださいよ!」
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椿だって人間。悪意を向けられれば気分を害すると中園の態度を申し訳なく思う瑠璃川は二人からどんどん距離を取る。中園の腕を離したのは二人が見えなくなってから。
「痛いじゃないですか!」
「いい加減にしろよ」
「パーティーに誘うことの何がいけないんですか? 私は善意で誘っただけです」
「嘘つけ。デート中の二人の邪魔しようとしやがって」
「邪魔なんてしてませんけど。言いがかりやめてくれます?」
どこまで性悪なんだと呆れて言葉も出ない。せっかくのクリスマス・イヴ。こんな性悪のせいで二人のせっかくの気分を害したと思うと申し訳なくなる。
勝手にしろと言葉をかけることさえしたくない様子で買い出し予定のスーパーに向かった。
「女の子置いてくとか最低なんですけど!」
文句を言いながら追いかけてくる中園に瑠璃川は冷たい目を向けるだけだった。
「まさかアイツらに会うとはな」
「驚きましたね」
「なー」
中に入って目的の店に向かいながら苦笑する柊に椿は笑顔を見せる。中園に会ってしまったのは不運だが、おかげで柊から素敵な言葉がもらえた。まだ引いていない顔の熱を改めて感じると恥ずかしさと嬉しさに繋いだ手に力が入ると柊がキュッと握り返してくれる。顔を上げると目が合う。それだけなのにおかしくなりそうほど鼓動が速くなる。
「でも、せっかくお誘いいただいたのに断ってしまって──」
「俺は今日ここでの買い物を楽しみにしてたんだけど椿は違ったのか?」
「私もとても楽しみにしていましたよ?」
「なら俺が断ったのは正しいだろ?」
困った顔で笑う椿にこれでいいんだと軽く手を揺らす。立場というものを考えすぎている椿が言いたいことはわかるが、上司だからとプライベートでまで部下と親交を持つ必要はない。逆もまた然り。逆ならパワハラ扱いされてしまう。
「それより、俺へのプレゼント決まったか?」
ネットで注文していたクリスマスツリーを朝から二人で組み立てて、その下に置くプレゼントを買いに来た。互いに買い物をして互いに渡すためのプレゼント。椿は紙に書いてリスト化しては一つずつ消して頭を抱えていた。
互いに「何が欲しい?」と聞くのはタブーとし、互いが思い付いた物を買う。何を買うかは着いてからのお楽しみ。
家を出るまでに決まったと言わなかった椿だったが、一応決まったらしく、柊の手を引っ張ってフロアガイドを見に行く。
「十階」
「紳士服ね。定番だな」
「定番はお嫌いですか?」
「使い方がわからん物より断然良い」
「良かった」
さすがはクリスマス・イヴ。エレベーター前はエスカレーターで上がるには長すぎるフロアに向かう買い物客の列が出来ている。エスカレーターで上がるのもいいが、タイミングを見計らって乗る練習をするには人が多すぎる。だからエレベーターに乗るしかない。
あまり人混みが好きではない柊にとってこれは苦行にも似た行為ではあるが、今は一つ一つの行事を大事にしたいと待っていた。
来たエレベーターを一つ逃すと人が減る。遅れてやってきたほうに乗り込んで十階の紳士服フロアに向かった。
「こんな箱が上に上がるなんてって驚くと思ったんだがな」
「井戸の原理かと思いまして」
「あー……まあ、そうか。そうだな。井戸の原理かもな」
下にある物を上に運ぶのは現代だけじゃない。昔からやってきたことだ。未来人にでもなったつもりかと少し恥ずかしくなった。
「で、俺の優しい婚約者様はクリスマスプレゼントに何を買ってくれるんだ?」
「ネクタイとそれににするピンを買います」
椿には事前に金を渡してある。それはクリスマスプレゼントを買う用の金ではなく、家のことをしてくれる給料として渡した金。
はじめは断っていた椿も住み込みの家政婦だって給料を貰うと言うと納得してくれた。自分の家にも使用人がいる。通っているわけではなく離れに住んでいる使用人が。そこにも給料が払われているのだと知った椿は申し訳なさそうにではあったが受け取った。そして今日それを全て使うつもりでいる。
「太っ腹だな」
紳士服売り場を回ってネクタイとタイピンを探す。毎日スーツを着る柊にとっては無難な物。変に個人的な趣味の物を渡されるより良い選択だと感心する。何度も柊とネクタイを見て首元に合わせてはあれでもないこれでもないと難しい顔をする。
「迷ってしまいます」
「どれも似合ってるから?」
「はい」
照れることも茶化すこともしない正直さに笑いながら柊は待った。一応「候補」と言っていた物が何本かあった。その中から決めようとしているのだろう。
全部買ってしまいたい気持ちはあれど、たくさん買うのはダメだと言われた。プレゼントは一つ。でもセットは良いと許可を得た。だからネクタイ一本とタイピンを一つセットで購入すると決めたのだが、まだ決められないでいる。
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「俺の好みじゃなくて椿が選んでくれるんだろ?」
「そうですが、旦那様が使う物ですから旦那様の好みに合った物を贈りたいのです」
「俺は椿が選んでくれた物を身に付けたい」
そう言われてはこれ以上問うわけにはいかない。一点を見つめながら候補に挙げた物を思い出して柊が身に付けている姿を想像する。
「決めました」
暫く悩んだあと、顔を上げた椿に微笑んで一緒に店へと向かった。
どんなネクタイとどんなタイピンか、本来なら家で開封するまで見たくないし見せたくない。でも人が溢れ返る場所で椿と別れて購入する選択肢は柊にはなかった。
集合場所を決めておけば椿は必ずそこに向かおうとするだろう。だがもし、万が一があったらと考えるとその選択は口にも出来なかった。だから一緒に買いに行く。中身がわかっていてもいい。子供ではないのだから一緒に回って自分だけで考えた相手が喜ぶかもわからないエゴを渡すよりも相手が本当に気に入る物を買うほうが良いに決まっていると自分に言い聞かせた。
「カードで」
給料はもらったが財布がない。財布を持ったことさえないと言う椿に一緒に渡そうかとも思ったのだが、財布は受け取らないような気がして袋で渡した。石器時代を生きている家だ。給料も現金を手渡しだったら椿はそれを見たことがあるかもしれないから受け取ってもらいやすいようにと封筒に入れて渡した。しかし、袋の中から金を出して購入させるのはさすがに気が引けたため金を預かって柊がカードで支払う。
クリスマス用に包んでもらい、それは椿が受け取る。
「どうした?」
手にした紙袋を見つめる椿に問いかけると上がった顔は満面の笑みを浮かべている。
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クリスマスが何かも知らない少女が生まれて初めてプレゼントを買った。それだけなのに破顔する椿に柊は今ここで抱きしめてキスをしたい衝動に駆られるも店の中でそんな迷惑行為をするわけにはいかないと理性で抑え込んで頭を撫でるだけにとどめた。
「ありがとな」
まだ受け取ってはいないのにお礼を言う柊に「まだですよ」と椿が笑う。
店を出る前に離していた手を繋ぐ。一度普通に繋いだあと、指を動かして絡める繋ぎ方へと変えた。
街中でそんな繋ぎ方をして歩いている恋人たちを見ると吐き気がするほどうんざりした顔をしたものだが、今は自分が誰かにそんな顔をされる側に立っている。
誰かに見せつけたいからするわけじゃない。込み上げてくる言い表せないほどの愛おしさがそうさせるのだと知った。
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「もちろん」
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でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
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