陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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陰キャと陽キャの友達

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 大縄跳びの縄が、目の前でヒュンヒュンと風を切る。縄の回るタイミングを見計らって、クラスメイトたちは順当にそこへ飛び込んでいった。残るはこう一人。太い縄が、一歩踏み出せない滉を追い立てるように地面を叩く───



 夢は、深層心理の表れだとか、未来を暗示するだとか、そんなことを言う人もいるけれど。じゃあ、この夢は一体なんの深層心理の表れで、どんな未来を暗示しているんだろう。



「で、結局しのは縄跳びには入れたの?」

 テーブルを挟んで正面に座った幼馴染の能登のとあゆむ四ノ宮しのみやこうの顔を見ながらこてんと首を傾げた。

「入れてない。俺が入れないままそこで夢が終わった。ってか、現実でも大縄入れたことないですし」

「ふーん。大縄跳びなんて、あんまり印象に残ってないや」

 歩は、早口の滉とは対照的なゆったりとした口調でそう言いながら、グラスに刺さったストローをちょんと指先でつついた。

「だろうね。のんは普通に飛べてたし」

「嫌な思い出だから、より記憶に残ってるの?そんなに?たかが縄跳びじゃん」

 歩は、理解できないと笑う。

「たかが、ね…。陽キャののんからしたらそうなるよね」

 陰キャの運動音痴からすれば、集団競技なんて嫌な記憶しかない。大縄跳びなんて、その筆頭だ。回る縄に入れなかったり、何度も縄に引っかかったりして足を引っ張る者に向けられる視線は、真冬の海よりも冷たい。余裕でトラウマものだ。

「お済みのものお下げしますね」

「あ、はーい。」

 食器を下げに来た女性の店員に、歩が愛想よく返事をする。滉はそんな歩をじっと見つめた。

「オレ別に陽キャじゃなくない?」

「陽キャじゃん」

「そうかな、陽キャとか陰キャとかよくわかんねー」

「ごゆっくりどうぞ」

 食器をトレイに乗せ終えた店員がにこやかに言って、重そうなトレイを手にスタスタと危なげなく歩いていく。滉はその背を見送って、息をつく。

「…そろそろ出ようか」

「そだねー」

 伝票を手にして立ち上がった滉の後を歩が続く。

 会計を済ませて外に出ると、梅雨の湿った夜風が頬を撫でる。見上げると、空は厚い雲に覆われていて、星どころか月も見えない。

「雨降ってない?」

 滉に続いて外に出た歩が、立ち止まる滉の隣で滉と同じ様に空を見上げた。

「降ってない」

 滉は言って歩き出す。とととっと、小走りで滉を追いかけてきた歩が、隣に並んだ。

「ねね、アイス買って帰ろ?途中にコンビニあったよね?」

「うん」

「友達がね、この前コンビニ限定のアイス買っててさ~!おいしそうだった!多分しの好きだと思う!売ってるかなあ?」

 滉が一人暮らしをするアパートは、ここから歩いて10分ほどのところにある。等間隔に置かれた街灯の下を、滉と歩は並んで歩く。

「しのは星空シンフォニーのななみんの後輩メンバーへのいじめってガチだと思う?オレ、地味に好きだったからショックなんだよね。でも、言われてみれば気強そうだし?やっぱガチなんかなー」

「熱愛報道書かせて意識をそっちに向かせたあたりガチっぽいよね」

「えー、やっぱ?いじめはだめだよねー。じゃあさー、」

 他愛のない話をしながら夜道を歩く。栄えた駅前から離れるごとに、地面のゴミや吸い殻、壁の落書きはなくなっていき、だんだんと人々が暮らす閑静な住宅街へと様子が変わっていく。

「そこのセブンでいい?」

「うん」

 住宅街の中、一際明るいその店に二人で足を踏み入れる。気怠げな「いらっしゃいませー」を聞きながら、陳列されたアイスを二人で覗き込んだ。

「あ!さっき言ってたアイスこれ!」

 歩は一つのアイスを手にしてそれを滉に見せた。カップアイスの蓋にはおいしそうなチョコレートのイメージイラストが描いてあり、その下に期間限定という文字が書いてあった。確かに、先ほど歩が言っていた通り滉の好きそうな商品だった。

「俺もそれにするわ」

 そう言って、滉も同じものを手にした。

 アイスの他に、飲みものや菓子類、カップ麺を適当に買い物かごに放り込んで、会計を済ます。

「ありがとうございましたー」



 滉の住むアパートは住宅街にひっそりと建つ、築10年三階建て鉄筋コンクリートのアパートだ。少々薄暗い内階段を三階まで登って、すぐ横の部屋が滉の住む部屋だ。

 ガチャリと玄関扉を開けて、暗がりの中、滉が照明のスイッチを手探りで探し当てると、部屋の中がぱっと明るくなった。

「おじゃましまーす。」

 歩にとっては勝手知ったる滉の家。歩は部屋の隅に荷物を置いて、洗面所で手洗いうがいを済ませてリビングに戻ってきた。

「しのー、アイス冷凍庫に入れてくれた?」

「うん。のん、Smitch持ってきた?」

「持ってきたよー。モンハソやる?」

「やろ。のん、この間緊急クエスト出てたよね。それクリアしたら上位クエスト解放でしょ?今日のうちに上位クエスト解放して、もう一段回強い装備作ろ。のんは双剣だから…」

 滉は手にしたスマホを操作し、攻略ページを開く。

「お茶もらうよー。しのもいる?」

「ん。お願い」

「おけー」

 歩はテーブルにグラスを二つ置くと、自分の荷物をがさごそ漁る。

「あったあった」

 荷物の中から見つけたSmitch片手に歩は滉の隣に腰掛けた。

「てか、のんっていつも荷物多くない?部屋着とかはうちにおきっぱだし、何持ってきてんの?」

 部屋の隅に置かれた荷物を一瞥して、滉の視線はすぐに手元のゲーム機へと戻る。

「…しのが荷物少なすぎなんだよ。高校ん時にうちに泊まりに来たときの荷物もちっちゃいバッグ一個だったよね」

「ぎり外歩ける部屋着と眼鏡で行けば、部屋着も次の日の服もコンタクトのケースと洗浄液もいらないからね。あとはスマホとSmitchとパンツと歯ブラシがあれば十分なんですわ」

 得意げににやーっと笑う晃に、歩は呆れた目を向ける。滉は服に興味がない。故に、服は部屋着も外着も兼ねるようなものばかり好んで着るし、洗濯の回数に合わせた最低限の枚数しか服を持たない。 

「あ、まって、下位クエスト用の装備に変えてくるわ。のん、毒消し持った?罠系は俺が持つから、のんは毒消しと回復薬持てるだけ持って」

「ん」

 ゲーム内の服(装備)には拘るのになあ、と歩は思いながら、滉の準備が整うのを待った。



「じゃっ、今日はこのくらいにしますか」

「んー」

 二人がゲームをはじめて二時間。丁度日付が変わっていた。

「さすがに二時間ぶっ続けは疲れるっしょ?ま、俺はまだまだ余裕だけど。箸休めに梨鉄かマリパでもやる?」

「…いや、もう、ゲームはいい。風呂入りたい」

 歩は凝りかまった肩を回して解しながら、立ち上がる。

「お湯張ってい?」

「いーよ」

 返事をしながら、滉は一人でゲームをし始める。歩は、そんな滉を一人部屋に残し、風呂に向かった。



 歩が風呂から出ると、最後に見た状態から少しも変わらない体勢で、滉がゲームをしていた。さっきまでしていなかった眼鏡をしているところをみると、今日はもうコンタクトはとったらしい。



「寝ないの?」

「んー、もうちょいやってから…」

 この「もうちょい」が長いのだ。手持ち無沙汰になった歩はソファに寝転び、だらんと肘掛けに背中を預ける。無造作に伸ばした脚が、滉の腿の上に乗った。

「おも」

 滉は不満げに言うがそれ以上は何も言わないし、自分の腿の上に置かれた歩の脚を払い除ける様子もない。ゲームに集中しているからだ。だから歩も気にせずそのままスマホを弄る。静かで穏やかな時間が流れた。近くの大通りを通る車の音が微かに聞こえる。

 ふと、歩はやたら部屋が静かなことに気づく。大通りの車の音と、単調なゲームのBGM。そこに先ほどまではゲーム内のSEや、滉がゲーム機のスティックやボタンをカチャカチャ鳴らす音がしていたと言うのに、今は車の音と単調なBGMだけが、静かに聞こえてくる。

「しの?」

 滉はゲーム機を手にしたまま眠っていた。歩が身を乗り出して眠ってしまった晃に近づいても、滉が目を覚ます気配はない。歩はその顔に掛かった前髪を手で除け、無防備に晒された寝顔を眺めた。

(また風呂入んないで寝てる)

 やれやれと呆れつつ、歩は滉を起こさないように丁寧な手つきで滉の眼鏡をそっと外し、滉の髪を優しく梳く。



「やっぱかっこいい」

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