陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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 ──どれくらいこうしているのだろう。

 滉は硬い床の上で胎児のように丸まったまま動け

ないでいる。窓の外に目線を転じると、外はすっかり暗くなっていた。滉はゆるゆると体を起こして立ち上がる。少しだけ目眩をおぼえたが、それを無視してテーブルの上に乱雑に置かれていたリモコンで部屋の照明を消した。

 外の明かりが射し込むだけになった暗い部屋で、今度はベッドに倒れ込むように横たわる。昼前に朝食兼昼食に軽く食事をして以来何も食べていない。それなのに何かを食べたいと思えない。

 滉はごろんと体の向きを変えて仰向けに寝転がる。

(のん、泣いてたな)

 いくら人の感情の機微に疎い滉であっても、歩が滉に向けて言った「好き」という言葉がどういう意味を持って発せられたのかくらいは理解できた。

(俺のこと、好きだったんだ)

 ずっと前からと言っていた。いったいいつから好きで居続けてくれたんだろう。

 滉は歩のことを友達としか思っていない。そんな滉の傍で歩はどんな気持ちで滉を見ていたのだろう。

 瞑目して滉はその瞼の裏に歩を思い描く。

 歩は見た目に反して豪快な性格で、よく喋ってよく笑う。怒っているときは少しだけ唇を尖らせる癖がある。食べ物の好き嫌いはないが、辛いものが少し苦手。幼馴染だからよく知っているはずだった。

(本気で怒ると真顔になるんだ…)

 幼馴染で、感情が顔に出やすい歩の気持ちなんて全てわかったような気でいたが、実際のところ大事なことは何一つ気付けなかった。歩が表に出していた感情は、あくまで歩が表に出してもいいと判断した一部分に過ぎないのだ。

「あ…」

 滉はその時初めて、歩の態度が変わってしまった瞬間に気付いた。

(俺が彼女ができたって、のんに話した時だ…)

 滉は思わず口元を手で覆う。

 あの時、もう寝る間際で部屋も暗かったから歩の表情はよくわからなかった。しかし、あの時を境に歩の態度が変わってしまった。

(俺に彼女ができて嫌だったんだ)

 その時の歩の気持ちを想像して、胸が潰れるような思いがした。滉は強い後悔の念に襲われる。

(なんで気付いてあげられなかったんだろう)

 歩は滉のことを忘れたいと願っている。恋人がいるのに、滉を忘れられないと幸せになれないとでもいうような口ぶりだった。

 滉は横たえていた体を勢いよく起こす。その勢いのまま部屋の端を見る。

「あーーー」

 そして、前髪を掻きむしって低く唸る。

(のん、さっきこれ見たんだ)

 部屋の隅には、先月彼女と出かけたテーマパークで彼女と揃いで買ったキャラクターの耳を模したカチューシャと、キャラクターの描かれたポップコーンバケツが置かれていた。

 滉は乱暴な動作でベッドから立ち上がると、床に置いてあったゴミ箱を手にし、部屋の隅のそれらをゴミ箱に詰め込む。

(のんにあんな顔をさせるくらいなら…)

 滉は持っていたゴミ箱を乱暴にその場に置いてテーブルの上のスマホを手にする。

 開いたのは彼女─里穂とのトーク画面。滉はそこに手早くメッセージを打ち込む。すぐに既読の文字が付いて着信があった。

「はい」

『滉!?さっきのLINE、別れるってどういうこと!?』

 滉の返事に被せるように、里穂が電話口で声を荒げる。

「ごめん」

『急にそんな、なんで?理由は?』

 震える声を聞きながら、滉は下ろした拳に力を込める。

「大切にしたい友達がいるから」

『……は?』

「その友達、俺のことが好きだから俺に彼女がいると悲しむんだ。だから、別れたい。」

『え、なにそれ。彼女の私よりその友達のが大事ってこと?』

「うん。ごめん」

『……』

 相手は滉の返事にすっかり黙り込む。

 そして、通話がぷつりと断ち切られた。

 滉ははぁーと大きく息を吐く。初めての彼女でたしかに滉は彼女を大切にしていた。こんな風に一方的に別れることになるなんて思いもしなかった。

 しかし、今の滉はどんな犠牲を払ってでも一緒にいたい相手がいる。

 滉の想いと歩の想いは重なり合わない。滉の想いと歩の想いはそもそも種類が違うのだ。

 それでも、滉はどんな形であれ歩と一緒にいたい。

(俺のことが好きなら俺といた方がのんは幸せになれる)


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