陰キャに恋は早すぎる

ツワブキ

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閑話

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 山本隆雅はその日、彼女の詩織と食事をしていた。

 最近は彼女との同棲資金を貯める為、デートでの外食を控えていたから今日は久しぶりの外食デートだ。隆我は目の前の鉄板の上でお好み焼きが焼けていくのをじっと見つめる。

 二人が訪れたのは下町の小さな鉄板焼の店だった。十卓ほどがさほど間隔を空けず並べられ、それぞれの卓の中央には鉄板が嵌め込まれている。飲みに来るには少し早い時間ではあるが、八割ほどの席が客で埋まっている。ソースと油の匂いが充満した店内はとても綺麗とは言えないが、それが却って趣があった。

「チューハイおまちー」

 威勢のいい店員がビールジョッキになみなみ注がれたチューハイ二杯を片手でどん、とテーブルに置いた。少し酒が溢れたがそんな些末なことを気にする風情ではない。「あざまーす」と隆雅が言い終わる前に、その店員は空いたグラスを持ってさっさと行ってしまう。

「めちゃくちゃ酒出てくるのはやい」

 詩織は厨房に戻っていく店員の背を横目に見ながら忍び笑いして、来たばかりのチューハイのグラスに口をつける。

「早いよな。注文して二秒くらいだよ」

 向いに座る隆雅もつられて笑う。

「下町はせっかちな人が多いって言うしね。─それにしても、よくこんなお店見つけたね」

 隆雅は大きなヘラを使って本日二枚目のお好み焼きを豪快にひっくり返して、うん、と頷いた。

「知り合いが教えてくれたんだよね」

「へえ。こういうのもいいね」

「だよなー」

 隆雅は言いながら、この店を紹介してくれた人を思い浮かべる。





 その人は友人の彼氏だ。

「こちら、オレの恋人の洋」

 友人はあっけらかんとそう言った。

「え、あ」

 隆我はその「友人の恋人」を見上げて、思わず言葉を失う。同性の友人が連れてきた恋人が男だったなんて、驚くのも無理はないだろう。前提として、その友人─能登歩は異性愛者だったはず。過去には女性と付き合っていた…はずだ。

(ああ、バイってこと??)

「急にお訪ねしてすみません。これ、よかったら」

 思考の渦にすっかり飲み込まれかけた隆雅だったが、歩の恋人─洋(と歩と言っていた)の声でハッと我に返る。

「あ、すみませんわざわざ…気ぃ遣わせちゃって…」

 隆雅はなんとか無難にそう言うと、礼を言って差し出された紙袋を受けとる。

 

─それが隆雅と洋の出会いだった。

 洋はおそらくいいところで働いているサラリーマンで、いかにもできる男と言う風体だった。

 しかし、その一方で変に気取ったところもなく、気さくな男で、隆雅はものの数時間ですっかり洋と打ち解けた。

 洋と接しているうちに、その人柄の良さと頭の良さ、立ち居振る舞いのスマートさに、同じ男として打ちのめされる心地がした。同時に、隆雅は自然と洋に憧憬を覚えたのだった。

(女がほっとかないだろうに…)

 隆雅はゴミ袋の口を縛りながら、作業に没頭する洋の背中に目線をやる。

 どうしてこんな人が男の歩を?まあ、歩は確かに芸能人と並んでも見劣りしないくらい華やかな見た目をしていると思うけど。

 隆雅は今度は歩の方を見る。歩は、ちょうど棚の上に置いてあった何かを手にした。その何かはビニールに包まれた本だったみたいだ。歩はそれをペラペラ捲っている。

(…歩は確かに綺麗な顔だし女顔ではあるけど、普通に男だよな。女にはとてもみえない。)

 隆雅は手元のゴミ袋に意識を戻して、最後にもう一度ぎゅっと袋の口を縛る。

(俺にはわからないな)

 でも、と隆雅は心のなかで言う。

(お似合いだよな)

 隆雅は二人を眺めながら目を細める。

 はじめこそ驚きはしたが、二人が同性の同士のカップルであることに、隆雅はもう違和感を感じていない。

 





「その人さ、男なんだけど、俺の友達と付き合ってんの。男同士で」

 隆雅は焼けたお好み焼きをヘラで切り分ける。

「え!男同士!?」

 詩織は手を口に当てて首をすくめる。その様子を見て、隆雅は視線を流す。

 自分たち異性愛者はどうしたってマジョリティーで、どうしたってマジョリティーはマイノリティーを透明化してしまう。

「俺らが知らないだけで、同性愛者も普通に恋愛して普通に暮らしてんだなーって思ったわ」

 隆雅はヘラで切り分けたお好み焼きの一欠片をヘラに乗せると、詩織の方へ手を差し出す。

 詩織は、判然としない顔をしながら隆雅に自分の皿を渡す。隆雅はそれを受けとると、出来立てのお好み焼きをそこに乗せた。





「歩とはこう言うところ来ないんだけど、結構好きなんだよねー」

 以前、就職の事とか将来のこととかで洋に相談したいことがあって、隆雅は洋に連絡をしたことがあった。この店はその時に洋が連れてきてくれた店だ

った。

 この店は、頼んだらすぐに酒が出てくる上に、チューハイの焼酎がかなり濃い。水を酒で割ってんのかと言いたくなるほど濃い時もある。 

 その日、隆雅も洋もかなり飲んだ。そのせいか、洋はいつもより口が軽くなっていた。

「歩はね、俺の弟が好きなんだよね」

「は?それ、どういう意味ですか?」

 洋はそれには答えずに、眉を下げて笑うと立ち上がった。

「さ、そろそろ帰らないと。歩が拗ねる。」

 冗談っぽく言うその顔に、先ほどの翳りは見られない。





「次何頼むー?」

 詩織声に隆雅は顔を上げる。

「めんたいもんじゃは?」

「いいね。─すみませーん!」

 隆雅は瞑目して息を吐く。

 恋愛は男同士でも厄介なことがあるらしい。 

(男も女も関係ないんだなあ)





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