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届かない
しおりを挟む『オレは、しののことが嫌い!もう、お前の顔なんてみたくない…!』
滉は歩に言われた言葉を頭の中で反芻する。
当の歩はと言うと膝を抱えるように体を丸めてべそべそ泣いている。まるで子どものように泣くので、滉のほうはすっかり涙が引っ込んだ。
滉は歩の旋毛を見下ろしながらまるで反対だと頭の端で思った。
──のんは顔も見たくないほど俺のことが嫌い
それはいつからだったのか。理由は何なのか。急に嫌いなった?それとも蓄積した何かがあったのか。あの時、熱を出した滉を看病してくれたのはなぜか。あの時から既に滉のことを嫌っていたのか。
わからないことだらけだった。
人の心の機微に疎い滉が自問したところで答えなど出るはずもなかった。
それらを問おうとしてうつむき加減の顔を上げ、滉は歩の呼吸がおかしいことに気付いた。
「のん?大丈夫…?」
「はっ、はあっ、は」
大丈夫?と問いかけたものの、歩の様子はとても大丈夫なようには見えない。荒い呼吸を繰り返し苦しそうに喘いでいる。
「のんっ、」
滉は蹲るようにしている歩の肩に腕を回して、その体を支えるようにして歩の体を起こす。
「のん、大丈夫!?息をして!」
反動で歩の体が滉に凭れ掛かる。
「はぁ、はっ、」
元々色白な歩の顔は真っ青で唇さえも血色がない。咄嗟に歩の手を握ると、その手はまるで氷のように冷たく僅かに震えている。手だけではない。滉に凭れ掛かった体も全身小きざみに震えている。
滉の全身からサーッと血の気が引いた。
「のん!しっかりして!」
「はぁ、あ、はっ、はあ」
苦しそうな呼吸を繰り返しながら歩が虚ろな目で滉を見上げる。滉は堪らない気持ちになってその体をかき抱く。抱き締めた体は香水と僅かにたばこの匂いがする。その体は思いのほか華奢で、それが一層この局面で滉を不安にさせた。元から歩は細身ではあるが、こんなに脆い印象を持つほど痩せていただろうか。
──いや、そんなことを考えるのは後だ!
「のん。」
滉は冷静さを失いそうになる自分を律し、落ち着いた声を出すことを意識しながら歩に呼びかける。
「のん、落ち着いて呼吸しよ。吐くことを意識して」
「はっ、はぁっ、うぐ、」
歩に自分の言葉が届く事を必死に願いながら滉は歩を抱き締めたまま彼の背中をゆっくりと擦る。
「俺に合わせてゆっくり息をして。すー、はー、すー、はー、深く息を吐くんだ。すー、はー」
「はぁ、はぁー、はっ、すー、はぁー、」
「そうそう、うまいうまい。続けて。すー、はー」
背中を撫でながらそうしていると、時間をかけながらも歩の呼吸が徐々に落ち着いてきた。
「─落ち着いた?」
体を離して滉は歩の顔を正面から覗き込む。歩の口の端に髪が入ってしまっているのが目に入って、滉はそれをそっと退けてやる。
「うん、ごめん」
涙のあとが痛々しくて、滉は服の袖で歩の顔を拭う。
歩ははされるがままにそれを受け入れていた。
「少し横になって。変なとことかない?」
滉は歩をソファに横たえ、自分のベッドから持ってきた毛布をその体に掛けた。
「口と、手足の先がなんか痺れる感じする…」
毛布にすっぽりと包まれた歩は少し幼い口調で答えた。
「眠い?眠れそうなら寝たほうがいいかも」
歩はそれにゆっくりと瞬きを一つして、うん、と言うと目を閉じる。長い睫毛が伏せられて、まだ青白い頬に影を落としている。
ややあって、歩が小さな寝息を立てはじめた。
「…寝た」
滉は安堵から全身の力が抜ける心地がした。
実際に目の当たりにしたのは初めてだったが、歩の陥った症状は過呼吸と言われるものだろう。
滉はテーブルに置かれたペットボトルを手にして中のお茶を一気に呷る。
半分ほどまで中身の減ったペットボトルを再びテーブルの上に置いて、滉は深いため息を落とした。
過呼吸は一般的に強いストレスが引き金になる。あの時、歩は強いストレスに晒されていたのだ。そのストレスの元凶は紛れもなく自分。
滉は頭をもたげて、その事実に打ちひしがれる。
横で眠る歩に滉は体ごと向き直ってその顔を見つめる。赤くなってしまった目の端に溜まった涙が珠になっている。
滉はその涙を自分が拭ってやっていいのかわからない。
そうしているうちに、涙はつーっと歩の頬を流れた。
滉はそれを遣る瀬無い気持ちでただ見ていた。
歩が目を覚ましたのは歩が眠ってから40分ほどが経ってからだった。
「のん、大丈夫?」
歩が目を覚ましたことにすぐに気付いた滉は歩の顔を覗き込む。
歩は滉を見上げて数回瞬きをしてから、うんと言うと、ばつの悪そうに目をそらした。滉もまた考え込むように目を伏せる。
暫く二人揃って押し黙っていたが、歩が唐突に切り出した。
「…嘘だよ」
何が?と滉が問う前に、歩の横顔はどこかせつなく笑む。
「オレ、しののことが好き。ずっと前から」
「え、」
歩が滉を見返して苦笑するように言った。
「だからもう会えない」
その声はいたずらを打ち明けるような無邪気さを持つ一方で、ひどくせつない響きをしていた。
歩はソファに横たえていた体を起こす。歩を見上げる滉の瞳は揺れている。歩はそれを見て小さく息を吐くと、困ったように笑った。
「付き合ってる人がいる。その人と幸せになりたい。でも、お前といるとお前を忘れらない。」
「それって、どういう意味」
喉がひりつく。全身が心臓になったみたいにドクドクと鼓動がうるさい。滉は瞬きも忘れて歩を見つめる。
歩はそれには答えなかった。ただ、少し眉を下げて微笑むだけ。
「のん、」
「ごめんね」
歩はソファから立ち上がり、床に座っている滉の横をすり抜ける。慌てて滉も振り返り立ち上がろうとするが、頭が混乱しているせいか体が思うように動かない。
「のん!待って!」
歩はその声を背に受けながら面伏せて逃げるように部屋を出ていく。
「のん!」
叫んだ滉の声は虚しく玄関のドアに弾かれた。残された滉はその場にくたりと座り込む。
「あああっ!」
滉は床に拳を打ち付けてその場に突っ伏す。
もう何がなんだかわからなかった。
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