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第7話
しおりを挟むエリシアが部屋に足を踏み入れた瞬間、
空気が変わった。
ひんやりとした静けさの中に、
かすかな魔力の揺らぎが漂っている。
寝台の上で半身を起こしたアルベルトは、
細い肩を震わせながら、
必死に呼吸を整えていた。
「……エリシア……」
その声は、
今にも消えてしまいそうなほど弱い。
エリシアは胸が締めつけられた。
(……こんなに……苦しそうだったなんて)
精霊たちが、
彼女の周りを飛び回りながら光を揺らす。
――エリシア、近づいて。
――あの人は、あなたを待っている。
――あなたの手が必要。
エリシアは、
震える足でゆっくりと寝台へ近づいた。
アルベルトは、
彼女の姿を見つけた瞬間、
ほっとしたように目を細めた。
「……来て……くれたんだね……」
エリシアは、
胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(……わたしを……必要としてくれている)
婚約破棄のとき、
誰も自分を見ていなかった。
でも今――
この人だけは、
まっすぐに自分を見ている。
エリシアは、
そっと寝台のそばに膝をついた。
「アルベルト殿下……
お体が……」
アルベルトは、
苦しげに息を吐きながら言った。
「……大丈夫じゃ……ないよ……
でも……君が……来てくれたから……
少し……楽になった……」
その言葉に、
エリシアの胸が震えた。
(……わたしのせいで……楽に……?)
精霊たちが、
彼女の肩にそっと触れるように光を落とす。
――エリシア、手を。
――その人の手を取って。
――あなたの力が、あの人を救う。
エリシアは、
自分の手を見つめた。
細くて、白くて、
何の力もないと思っていた手。
(……わたしの手なんかで……
本当に……?)
アルベルトが、
震える指先を伸ばした。
「……エリシア……
手を……」
その声は、
弱いのに、
どこか必死だった。
エリシアは、
胸がぎゅっと締めつけられた。
(……この人は……
わたしを……求めている)
ゆっくりと、
エリシアは手を伸ばした。
指先が触れた瞬間――
ぱぁっ……!
光が爆ぜた。
部屋中の精霊が一斉に舞い上がり、
アルベルトの体を包むように光を降らせる。
黒い魔力の霧が、
エリシアの手を通して吸い込まれるように消えていく。
アルベルトは、
苦しげだった表情を緩め、
深く息を吐いた。
「……あ……
楽に……なった……」
エリシアは、
驚きで目を見開いた。
(……わたしの……手で……?)
アルベルトは、
彼女の手を離さないまま、
かすかに微笑んだ。
「エリシア……
君の手は……温かい……
ずっと……触れたかった……」
エリシアの胸が熱くなる。
精霊たちが、
祝福するように光を揺らした。
――エリシア。
――あなたは無能力なんかじゃない。
――あなたは、精霊の姫。
――この人を救えるのは、あなただけ。
エリシアは、
震える声で呟いた。
「……アルベルト殿下……
わたし……」
アルベルトは、
彼女の手をそっと握り返した。
「エリシア……
君は……僕の光だ……」
その言葉は、
エリシアの心の奥深くに届いた。
そして――
運命は、確かに動き始めた。
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