異世界カボ屋の覚え書き

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魔酔いの森

第六十二話

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 ケレンは、一際大きい木の北西を迎撃場所に選んだようだ。
 ちょうど木陰になるためか、下草が少なく、砂地が露出していて、見通しが良い。

「この大木の横の一ヶ所以外は、ぐるっと砂岩で囲まれてるっぽいね……」
「う……うむ……」

 どこからどう見ても闘技場だけど、敢えて言わない事にした。
 大木の対角に、ケレンがキャンプで作った煙突と似た構造物があり、二階と三階に小窓が見える。

「レンは、あの中にいるのかな……?」
「ケウナと私はここに残りて、ノボルは裏より来たれ、とぞ聞く」

 二人の無事を願って抱擁を交してから、大木の隙間から出て、壁伝いに裏に回った。
 煙突の真下に、少し屈んで入れる穴があって、螺旋階段を登って行く仕様のようだ。

「凄い構造だね……って、あれ? ラニはまだ来てないの?」
「いるわ。あとは戦いが始まってからのお楽しみ!」

 猛獣狼の群れと戦うに際して、この闘技場を要求したのはケラニだとか。
 戦い方というか、命の刈り取り方の練度を高めたいらしい。

「相変わらず、ラニは真面目だね」
「まったくね……。裸の王様が浴びた水でも飲ませれば、ちょっとはブラブラするようになるかしらね?」

 ひどっ! それじゃあ、まるで僕が何もせずにブラブラして……。
 してるね、うん……。

「あははっ! 冗談よ! でも、実を言えば、ノルが来てから、ラニはすごく落ち着いてるのよ」
「落ち着いてるって、どういうこと……?」

 これまでは、あまり喋らず、ほとんど食べず、睡眠時間も極端に少なかったそうだ。
 夜になると、女神アイディスの御心に添わないことを恐れ、すすり泣くことも多かったとか。

「神の名の下を騙る者と、架空の神を崇めた者は『邪魔』となり、神罰を受けるって神話にあるわ……」
「じ、邪魔……?」

 オーグの村でも「角付き」として邪魔者扱いされ、その上、神からも邪魔として断罪されうる恐怖は計り知れないという。

 前に聞いた「邪魔」って、そういう意味だったのか……。
 それなら分かるかも。

 実家に居場所がなく、会社を追い出される目前で、この世界に落ちてきた僕にも当て嵌まることだ。
 アイギスさんには口止めされてたけど、ケレンには伝えておこう。

「僕はこの世界に来てすぐ、一柱の女神に殺されるはずだったんだけど、もう一柱の女神に救われたから、その気持ち分かるかも……」
「ああ……、それでノルは、光の眷属だったのね……」

 この先、闇に属する女神となるケレン達との関係はどうなるんだろう……?
 敵対したくないな……。

「もし、ノルを含めた光の陣営と戦うことになったら、その時は、私がノルを殺すわ。魂も渡さない。その女神との縁が切れるまで、溶けない氷の中で、二人で悠久の刻を過ごしましょ」
「ありがとうレン。それは良いね。愛を感じる」

 「当然よ! 愛してるわノル。冥女の愛は氷……」と言い掛けて、「氷の先は……? 氷を極めると、どうなるのかしらね……?」と首を傾げた。
 ケレンの知識への愛は、僕の鉱物に対するそれと似てる気がする。

 外から遠吠えのような叫び声が聞こえてきた。

「見て! 始まるわよ!」
「凄い声! ウナが叫んでるんだね」

 猛獣熊の威嚇が、可愛らしく聞こえるくらいの喊声バトルクライだ。
 少し離れた場所から、複数の遠吠えが帰ってきた。

「地鳴りって程じゃないけど、足音が近付いてる……?」
「大雑把に数えて二十匹、かなり大きい犬ね」

 犬って……。
 ああそうか、ケレンが冷静なのは、もう既に、何時でも仕留められるからか……。

「ウナが囲まれないか心配してたんだけど……」
「前に立つのも難しいんじゃないかしら」

 あれ? 他人事っぽい言い方……?
 ケレンが手出ししないなら、ケラニは場外で戦うのかな?
 すると、闘技場の意味って……。

「来たわ!」
「ええっ!? 頭だけ……!?」

 ケウナが魔神器アイギスを構える足下に、猛獣狼の頭だけが到着した。
 体は、闘技場内の壁際に打ち捨てられてるようだ。

「あれ、ラニがやったの!?」
「よく見て!」

 次の一匹、その次と、同じように頭が転がり落ちて、体は壁際に積み上がっていく。
 目を凝らして見れば、入口の所に、何となく、動く影が見えなくもない……。

「あの影がラニ……?」
「そうよ! ずっとあの場所に居たの! 面白いでしょ?」

 ケレンが種明かしをしてくれた。
 「夜の雫」を身に纏う際、周囲の物質を一緒に掬い上げると、その色や質感を獲得できるそうだ。

「面白い!」
「次は、中で戦いたいって!」

 五匹入った所で入口が塞がり、ケウナは壁際に後退するようだ。
 獅子のレリーフに威嚇する狼の頭が、次々と落ちていく……。

「ラニ! 一方的過ぎるわ! 残り十匹は、ウナの後ろで戦いなさい!」
「ええ……、そんな無茶な……」

 ケレンによれば無茶ではないらしい。
 これまでケラニは戦いに消極的で、ケウナに譲る傾向があったのだとか。

「ほらやっぱり!」
「凄い! ウナの背後に行こうとした狼の頭だけが落ちた!」

 闘技場の中心に立つケウナと、その後ろにいると思われるケラニのコンビネーションは抜群のようだ。
 それでもケレンには不満があるらしい。

「これじゃあ、あっという間に終わってしまうわ……。そうだ! こうしましょう!」
「あれ? 狼が動かなくなった……?」

 まったく動かない訳じゃなくて、ぎこちない感じで、ゆっくり動いてる様に見える……。
 対するケウナも、同じような動き方だ。

「面白いでしょ? 下の密度を上げると、上の重力が強くなって、時間が遅くなるって知ってた?」
「全く知らなかった……。っていうか、何のため……むぐっ……?」

 ケレンがコートを脱ぎながら僕の口を塞いだらしい。
 耳元で、「時間稼ぎに決まってるでしょ……!」と囁いてから、僕の胸に手を当てた。

「レン……、これって……、いつから……?」
「ち、違うの! ノルと一緒にいると、こうなっちゃうのよ! 私だって恥ずかしいんだから聞かないで……」

 何事にも周到なケレンは、とっくに準備を整えていたようだ。
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