烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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三章

未来をみるひと

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 縁樹は時折、未来をることがある。本人の意思とは無関係に予知夢は突拍子もなく現れ、目が覚めると消える。
 残るのは曖昧な記憶だけである。
 それは未来のいつどこで起こることなのか定かではなく、遠い未来であればあるほど不明瞭だった。


 縁樹がたびたび視るのは多くの人が死んでいく未来だ。
 それがいくさによるものなのか、天災によるものなのか、目覚めるとはっきりしない。
 よって、どれほどの不運を夢に見ようがどうにもできないのである。

 彼はこの能力に苦しめられながら百年以上生きた。
 古い時代では刀を握り、戦に身を投じた。人が多く死ぬ夢を幼い頃から見てきたから、人を救うべく行動したが、結局多くの人が死んだ。


 新しい時代になり、あやかしの中でも最高位の者しか与えられない高級官僚の職が舞い込んだが、彼はそれを断って山奥の誰も近づけない場所へ結界を張りひきこもった。

 およそ三十年経ったある日、ひとりの女が縁樹のもとを訪れた。
 それが香月だった。


 久しぶりに見た彼女はずいぶん年老いていた。
 香月は少しずつ縁樹を外の世界へ連れだした。

 町はすっかり変化しており、時代の流れについていけなかった縁樹は香月からさまざまなことを教わった。
 縁樹は香月と再会してからほとんど予知夢を見ない日が続いた。

 香月と一緒にいる時間が長くなればなるほど、縁樹の妖力が制御され、遠い未来を視ることも少なくなっていた。
 どうやら香月の陰の妖力が縁樹の強すぎる陽の妖力を削いで中和しているのだという。

 その証明に、縁樹はしばらく香月と会わない日が続くとまた強い妖力のせいで予知夢に苛まれた。
 その一つに香月が死ぬ夢があった。あまりにも近い未来なのでそれははっきりとしていた。縁樹は香月にそのことを話せず、久しぶりに訪れた彼女に健康に気をつけるよう言った。


 香月は自分の寿命がわかっていた。だから縁樹を外の世界へ連れだし、以前のような人間らしい暮らしを取り戻させたのだった。

 香月がいなくなれば縁樹はまた妖力が抑えられず頻繁に予知夢に苦しめられる。香月は縁樹が再び結界を張ってひきこもることを憂い、彼に提案をしたのだった。


「どうだろう? うちの孫と一緒に暮らすというのは」

 以前から、香月は孫娘の月夜のことを縁樹に話していたが、彼はまったく興味を示さなかった。

「月夜は強い妖力を持っているゆえ家族から蛇蝎のごとく忌み嫌われている。しかし、あんたといれば月夜は妖力を制御できる。そして、それはあんたも同じだ」

 縁樹はこのとき、初めて香月の言葉に興味を持ち、月夜という娘に関心を抱いた。

 つまり、香月はこう言いたいのだ。
 縁樹がそばにいると月夜の妖力を吸収できるので、彼女は力の暴走を防ぐことができる。そして、縁樹は夜になると落ちてしまう妖力を月夜で補うことができる。

 縁樹にとってもっとも厄介だったのは、日が落ちると妖力を失い、物の怪の類に狙われやすいということだった。
 そのため、彼は人の寄りつかない山奥の先祖が眠る場所に、先祖の力で強固な結界を張り、自ら外との接触を絶った。

 しかし、今後は人の世界で生きることになる。夜になると狙われるだろう。


「月夜がそばにいれば、あんたも落ちつく」

 香月の提案は魅力的だったが、縁樹はあまり気乗りしなかった。
 百年以上ひとりきりなのに、今さら誰かと暮らすなど考えられない。

 親がいた頃のことなどとうに記憶にない。物心ついたときにはひとりで刀を振るい、戦に身を投じて生きていたのだから。


「俺の力が彼女を殺すことになっても?」

 縁樹は香月に問うた。

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