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三章
過去のやくそく
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太陽の化身である縁樹は、太陽を浴びると死んでしまう月夜のそばにいると不都合にしかならない。香月の提案はあくまで、うまくいった場合に限る。
縁樹が気を配り、月夜の妖力を巧みに取り込めば、お互いの負の性質を打ち消し合うことができる。だが、それは極めて危うい均衡の上に成り立っている。
失敗すれば、ふたりはともに滅びの道を辿ることになるだろう。
「あたしを見くびっているのか? あんたの妖力が以前より劣っていることくらいわかる。あたしほどの弱小者でもね」
香月は笑ってそう言った。
縁樹は少々苛立ち、香月を睨むように見つめた。
縁樹が自身の妖力の低下を感じたのは目覚めてからしばらく経った頃だ。
だがそれも計算のうちだった。あのままひきこもって誰にも知られずに寿命を迎えるつもりだったのに、香月に起こされてしまったのだ。
「知っているならいいだろう。俺はこれから老化が始まるんだ。放っておいてくれ」
突き放すようにそう言ったのは、香月が先に年老いたことに対する皮肉である。
出会った頃、香月は自分より幼かった。それがいつの間にか彼女は縁樹を追い抜いて成長し、嫁いでしまった。
久しぶりに会った彼女は、すでに寿命を迎える寸前だったのだ。
「放っておけないよ。あんたは弟のようなもんだから」
「冗談だろう。俺よりあとに生まれたくせに」
順番を言えば縁樹が兄で香月は妹だ。それなのに、目の前の彼女はどうしてこうも年老いているのだろう。顔はしわだらけで、瞳には昔のような覇気がなく、妖力はほとんど失っている。
それでも、彼女の笑顔は昔のように穏やかだった。
「あんたは、あと百年は生きるだろうね。今までの百年は長かった。これから先も同じくらい長いよ」
香月の言葉に縁樹は反抗ぎみに告げる。
「だから、人と会わずに寿命が来るまで隠居するんだ。あなたに呼び起こされたときは、正直、久しぶりすぎて気持ちが前向きになった」
香月とともに過ごしてもいいと思った。けれど、香月はもう死ぬ。それならば、わざわざ外の世界で生きる必要はなかった。
香月がいないならこの世界で生きる意味がないと彼は思っていた。
「月夜を嫁にもらってほしい。あの子はこれから百年生きるだろう。あんたの支えになれる」
「まだ言うのか。俺は伴侶などいらない。興味がない。見知らぬ誰かと暮らすなど面倒でごめんだ」
あまりにも頑なに縁樹が拒絶するので、香月は諦めたように小さくため息をついた。
「そうか。あんたはあのまま死ぬまでひきこもって生活したかったんだね。あたしは余計なことをしたのか。あんたを外に引っ張り出して、言葉を覚え直させて会話の練習をさせて社交界へ連れ戻して、迷惑なことをしたんだね?」
それに関しては複雑な気持ちになる。
縁樹は香月が会いに来てくれるのが嬉しかったし、ともに生きられるなら外に出ようと決めたのは自分自身なのだから。
「あたしはあんたに昔のような覇気を取り戻してほしかっただけなんだ」
香月の目から涙がこぼれ落ちた。
縁樹は目をそらして小さく舌打ちする。
縁樹が香月の涙に弱いのを知っていて、わざとそうしているのだと思った。
「俺は誰かと一緒に生活するなど煩わしいのでごめんだ。しかし、あなたには恩がある。こうしてもう一度会話ができるようになったのも、夢に苦しめられることがなくなったのもあなたのおかげだ。だから、あなたの頼みを無下にはできない」
その言葉を待っていたとばかりに、香月は笑顔になった。
「月夜との縁談を承諾してくれるんだね」
「ただし、あちらが拒否すればそれは別の問題だ」
「あんたならあの子の心を救ってやれると思っている」
媛地家で香月は亡き夫に虐げられ、跡継ぎの息子にも見下されていた。
先祖の言い伝えである呪いのおかげなのか、息子は完全に母である香月に逆らうことはしなかったが、それでも月夜との面会を邪魔されることは幾度とあった。
「月夜が十七になる歳に正式に縁談を結んでもらいたい。そのことはきちんと遺言に記しておく」
遺言があれば息子は逆らうことができない。それも上位華族との縁談をあの欲深い息子夫婦が断るはずがないだろうと、香月は語った。
こうして縁樹は形だけの結婚を受け入れたのだった。
香月が亡くなってから縁樹は再び悪夢に苛まれるようになった。
夢の中ではおびただしい数の人間が命を落としていく。夢は日ごとに鮮明になっていき、刻々と迫っていることを暗示していた。
これが人為的なものであれば止める手立てもあるだろうが、自然の起こすことであれば為す術がない。
縁樹が気を配り、月夜の妖力を巧みに取り込めば、お互いの負の性質を打ち消し合うことができる。だが、それは極めて危うい均衡の上に成り立っている。
失敗すれば、ふたりはともに滅びの道を辿ることになるだろう。
「あたしを見くびっているのか? あんたの妖力が以前より劣っていることくらいわかる。あたしほどの弱小者でもね」
香月は笑ってそう言った。
縁樹は少々苛立ち、香月を睨むように見つめた。
縁樹が自身の妖力の低下を感じたのは目覚めてからしばらく経った頃だ。
だがそれも計算のうちだった。あのままひきこもって誰にも知られずに寿命を迎えるつもりだったのに、香月に起こされてしまったのだ。
「知っているならいいだろう。俺はこれから老化が始まるんだ。放っておいてくれ」
突き放すようにそう言ったのは、香月が先に年老いたことに対する皮肉である。
出会った頃、香月は自分より幼かった。それがいつの間にか彼女は縁樹を追い抜いて成長し、嫁いでしまった。
久しぶりに会った彼女は、すでに寿命を迎える寸前だったのだ。
「放っておけないよ。あんたは弟のようなもんだから」
「冗談だろう。俺よりあとに生まれたくせに」
順番を言えば縁樹が兄で香月は妹だ。それなのに、目の前の彼女はどうしてこうも年老いているのだろう。顔はしわだらけで、瞳には昔のような覇気がなく、妖力はほとんど失っている。
それでも、彼女の笑顔は昔のように穏やかだった。
「あんたは、あと百年は生きるだろうね。今までの百年は長かった。これから先も同じくらい長いよ」
香月の言葉に縁樹は反抗ぎみに告げる。
「だから、人と会わずに寿命が来るまで隠居するんだ。あなたに呼び起こされたときは、正直、久しぶりすぎて気持ちが前向きになった」
香月とともに過ごしてもいいと思った。けれど、香月はもう死ぬ。それならば、わざわざ外の世界で生きる必要はなかった。
香月がいないならこの世界で生きる意味がないと彼は思っていた。
「月夜を嫁にもらってほしい。あの子はこれから百年生きるだろう。あんたの支えになれる」
「まだ言うのか。俺は伴侶などいらない。興味がない。見知らぬ誰かと暮らすなど面倒でごめんだ」
あまりにも頑なに縁樹が拒絶するので、香月は諦めたように小さくため息をついた。
「そうか。あんたはあのまま死ぬまでひきこもって生活したかったんだね。あたしは余計なことをしたのか。あんたを外に引っ張り出して、言葉を覚え直させて会話の練習をさせて社交界へ連れ戻して、迷惑なことをしたんだね?」
それに関しては複雑な気持ちになる。
縁樹は香月が会いに来てくれるのが嬉しかったし、ともに生きられるなら外に出ようと決めたのは自分自身なのだから。
「あたしはあんたに昔のような覇気を取り戻してほしかっただけなんだ」
香月の目から涙がこぼれ落ちた。
縁樹は目をそらして小さく舌打ちする。
縁樹が香月の涙に弱いのを知っていて、わざとそうしているのだと思った。
「俺は誰かと一緒に生活するなど煩わしいのでごめんだ。しかし、あなたには恩がある。こうしてもう一度会話ができるようになったのも、夢に苦しめられることがなくなったのもあなたのおかげだ。だから、あなたの頼みを無下にはできない」
その言葉を待っていたとばかりに、香月は笑顔になった。
「月夜との縁談を承諾してくれるんだね」
「ただし、あちらが拒否すればそれは別の問題だ」
「あんたならあの子の心を救ってやれると思っている」
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「月夜が十七になる歳に正式に縁談を結んでもらいたい。そのことはきちんと遺言に記しておく」
遺言があれば息子は逆らうことができない。それも上位華族との縁談をあの欲深い息子夫婦が断るはずがないだろうと、香月は語った。
こうして縁樹は形だけの結婚を受け入れたのだった。
香月が亡くなってから縁樹は再び悪夢に苛まれるようになった。
夢の中ではおびただしい数の人間が命を落としていく。夢は日ごとに鮮明になっていき、刻々と迫っていることを暗示していた。
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