烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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三章

それぞれのきもち

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 丑三つのとき。
 縁樹はだいたいその頃に一度目が覚める。ほとんど眠れていない状態だが、それでも彼は身を起こさねばならなかった。

 寝床のとなりに置いてある刀を手にして部屋を出る。そしてゆっくりと庭に出て、不吉な外敵の気配を辿る。

 その昔、散々物の怪を斬った彼には恨まれる心当たりが山ほどある。
 夜になると妖力を失う。そのため、もし今何かに襲われでもしたら抗う術がない。

 山にひきこもっているあいだは先祖の結界の中で存在を消すことができた。外と通じて暮らすにはこういう心配が常につきまとう。

 だが、月夜がそばにいればその心配もなくなるだろう。そのために、彼女を利用する。
 そんなことを考えていたとき、ふと月夜の言葉を思いだした。


『縁樹さんが好きならきっと私も好きだと思う』

 にっこりと笑ってそう言った月夜の顔を思い浮かべると複雑な心境になった。
 手紙のやり取りしかしていないのに、あのようなことを言う月夜に縁樹は面食らった。しかし、それは彼女が今までに人から優しくされてこなかったせいかもしれない。

「簡単に人を信用して。危険すぎる」

 これから先、月夜は多くの人と接するだろう。世間を知らない彼女はおそらく簡単に騙されてしまう。月夜を屋敷に閉じ込めておけば危険は避けられる。しかし、それでは監禁場所が媛地家から烏波巳家に変わっただけである。

 それは香月の本意ではないし、縁樹もそんなことはしたくない。
 つまり、守らなければならない。


「面倒だな」

 縁樹はぼそりと呟く。
 それでも彼は、それほど嫌な気持ちではなかった。
 すでに月夜が夜会へ行くためのドレスを贈る手配を済ませているのだから。

 今夜は物の怪の類は現れなかった。おそらく昼間に月夜と手を繋いで彼女の妖力をひそかに吸いとっていたからだ。
 香月の言う利用し合って生きるというのはこういうことだ。

 空を仰ぐとわずかに欠けた月が見えた。
 目に浮かぶのは不器用にスプーンを使う月夜の姿。

 どうかしている、と縁樹は自分に呆れた。


 *


 媛地家では両親を独占している月夜のことを、相変わらず暁未は気に食わないでいた。

 これまで両親の言うことをすべて聞いてきた。彼らの言うとおりにやれば間違いないと教えられ、きつく叱られても耐えてきた。
 そうやってこの家での安定を保ってきたというのに、何もしていない妹にすべてを奪われたのだ。

 暁未の怒りは相当なものだった。


「なぜあの子が幸せになるの? 絶対に許せない」

 暁未は頻繁に光汰の部屋を訪れては愚痴をこぼした。
 そんな暁未に光汰は呆れたが、それでも彼女の培ってきたことが努力なしでは得られないことをよく知っている。

 光汰はなだめるように暁未に話す。


「お前もう月夜のことを考えるなよ。放っときゃいいだろ。自分のことだけ考えろ。もうすぐ父さんが見合い話を持ってくるだろうからさ」

 光汰はとにかく暁未の思考を月夜から切り離そうとした。しかし縁談の話を持ちだすと、暁未はさらに不機嫌になった。

「お兄さま、そのお相手のこと知ってる? 何の力もない貧相な家柄の男よ。どうしてあたしがそんな男のところへ嫁がなきゃいけないの? あたしにふさわしくないわよ」


 暁未の縁談相手はあやかしの血筋を持たない人間で、その上爵位もない平民の男だ。しかしその家は商売に長けており、異国とも取引があるようで、ある程度裕福であると聞いている。

 それでも、暁未は結婚相手に名誉や家柄を重視するのだろう。

「烏波巳さまは新しい時代を切り開くために素晴らしい功績を残されたお家柄のお方なの。女学校でも有名だったのよ」

 それを聞いた光汰は複雑な心境になった。

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