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三章
不穏なおもわく
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たしかに、烏波巳家は社交界で有名だ。新時代を迎えるとき、彼の家門は多大な貢献をしたようだが、そのほとんどは謎に包まれている。
光汰は正直、月夜があの家に嫁ぐのも疑問だった。
「でもな、噂では烏波巳家は三十年くらい前に分裂したって話だぞ。なんでも本家と分家が後継者をめぐって争ったという話だ」
暁未はそれにはまったく関心を示さない。
「どうでもいいわ。家柄のいいお方ならそれでいいのよ」
光汰は呆れ顔でため息をついた。
暁未はなおも目を輝かせながら饒舌に語る。
「あのお方の社交界での影響力は凄まじいものよ。令嬢ならみんな知っているもの。彼に嫁ぎたい女はいくらでもいるの。彼が媛地家の娘が必要だと言うなら当然あたしであるべきなのよ。月夜なんか顔を合わせることだってできないお方なのに、どうしてなのよ!」
暁未は羨望の眼差しから一変、苛立ちを含んだ表情になった。
「仕方ないだろ。ばあちゃんの遺言だって言うんだから」
「そうだわ。月夜が当日夜会へ行けなくなれば……」
妙案を思いついたとばかりに手を叩いて声を上げる暁未に、光汰はきつく叱りつけるように言った。
「いい加減にしろ。お前ちょっとおかしいぞ」
それに対し、猛烈な反発心を抱く暁未は光汰に反撃する。
「お兄さまに言われたくないわよ。月夜に邪な気持ちを持っていたくせに!」
「うるせえな! あれは俺の意思じゃねえよ!」
お互いに大声で叫び、息を荒らげる。
暁未は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「やっぱり月夜がおかしいのよ。あの子のせいで家族がばらばらになったわ。あたしたちの邪魔ばかりする」
光汰は怒りにまかせて声を上げようとしたが、しばし考えて冷静に話す。
「話にならないな。お前、今までのことよく考えてみろよ。月夜が今までお前に迷惑をかけたことがあったか? 監禁されていた月夜がお前の人生の邪魔を一度でもしたことがあったのかよ?」
「今、しているじゃないの! あたしの一番大事な時期にあの子はあたしの邪魔ばかりしているわ」
暁未には何を言っても通じない。これ以上話してもお互いに苛立つだけだ。
「お前と話していると頭が痛くなるわ。少し頭冷やせよ。とりあえず、自分の部屋へ戻れ」
光汰が出ていけと言わんばかりに手を振ると、暁未は怒気を帯びた表情で文机にあった茶碗を彼に向けて投げつけた。
光汰はそれをすんでのところで避ける。
茶碗は壁に激しくぶつかり、音を立てて割れ、破片が床に飛び散った。
「何よ! どうして誰もあたしの味方になってくれないのよ!」
暁未は怒鳴り散らしながら荒々しく障子を開け放ち、光汰の部屋を飛び出した。
「お前なあっ!」
光汰の抗議など聞く耳持たず、暁未はさっさと彼の部屋から離れてしまった。
暁未はどうしても納得できなかった。ついこの前まで、家族全員が月夜の存在を隠していたというのに、今は彼女中心で家がまわっている。
「お父さまもお母さまも酷いわ。今までずっとふたりの言うことを聞いてきたのに。月夜に近づくなって言ったのはあの人たちなのに。あたしはただ親の言うとおりに生きてきただけなのに、どうして……」
暁未がふと広縁から中庭の向こうへ目をやると、ちょうど月夜の姿があった。母に連れられ、数人の使用人たちがそばについて歩いている。
月夜の朱華色の髪が月光に輝き、暁未は目を瞠った。
昔はあの髪が不気味で仕方なかったが、今ではなぜか息を呑むほど美しい。自分がそのように感じてしまうことも、腹立たしくてたまらなかった。
「そうだわ。あたしも月夜と同じ身体になればいいのよ」
暁未はわずかに笑みを浮かべた。
考えてみれば月夜は生まれたときから特別視されてきた。
両親の過度な期待を背負い、懸命にご機嫌とりをしながら勉学と教養に身を砕いてきた自分とは違い、月夜は何も背負うものがなく、自堕落な生活を送ってきたのだ。
その月夜が特別扱いされるのであれば、きちんと令嬢教育を受けた暁未ならもっと貴重な存在になり得るだろう。
暁未は月夜が閉じ込められる原因になったことを思いだす。
「そうよ。あたしも血を飲めばいいのよ。媛地家の血を引いているならなれるはずよ」
暁未は自分の部屋へ戻ると、裁縫用の箱を手に持ち、そこから鋏を取りだした。鋭く光る鋏を見つめて暁未はにたりと笑う。そして、それを手帛に包んで懐に忍ばせた。
「そうね。月夜はたしかお兄さまの血を舐めたんだったわ。それなら、あたしはお兄さまの血を大量に飲めば、それ以上の力が手に入る」
暁未は満面の笑みを浮かべながら込み上げてくる思いを口にした。
「お兄さまはもういらないわ。この家に必要なのはあやかしだもの」
光汰は正直、月夜があの家に嫁ぐのも疑問だった。
「でもな、噂では烏波巳家は三十年くらい前に分裂したって話だぞ。なんでも本家と分家が後継者をめぐって争ったという話だ」
暁未はそれにはまったく関心を示さない。
「どうでもいいわ。家柄のいいお方ならそれでいいのよ」
光汰は呆れ顔でため息をついた。
暁未はなおも目を輝かせながら饒舌に語る。
「あのお方の社交界での影響力は凄まじいものよ。令嬢ならみんな知っているもの。彼に嫁ぎたい女はいくらでもいるの。彼が媛地家の娘が必要だと言うなら当然あたしであるべきなのよ。月夜なんか顔を合わせることだってできないお方なのに、どうしてなのよ!」
暁未は羨望の眼差しから一変、苛立ちを含んだ表情になった。
「仕方ないだろ。ばあちゃんの遺言だって言うんだから」
「そうだわ。月夜が当日夜会へ行けなくなれば……」
妙案を思いついたとばかりに手を叩いて声を上げる暁未に、光汰はきつく叱りつけるように言った。
「いい加減にしろ。お前ちょっとおかしいぞ」
それに対し、猛烈な反発心を抱く暁未は光汰に反撃する。
「お兄さまに言われたくないわよ。月夜に邪な気持ちを持っていたくせに!」
「うるせえな! あれは俺の意思じゃねえよ!」
お互いに大声で叫び、息を荒らげる。
暁未は腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「やっぱり月夜がおかしいのよ。あの子のせいで家族がばらばらになったわ。あたしたちの邪魔ばかりする」
光汰は怒りにまかせて声を上げようとしたが、しばし考えて冷静に話す。
「話にならないな。お前、今までのことよく考えてみろよ。月夜が今までお前に迷惑をかけたことがあったか? 監禁されていた月夜がお前の人生の邪魔を一度でもしたことがあったのかよ?」
「今、しているじゃないの! あたしの一番大事な時期にあの子はあたしの邪魔ばかりしているわ」
暁未には何を言っても通じない。これ以上話してもお互いに苛立つだけだ。
「お前と話していると頭が痛くなるわ。少し頭冷やせよ。とりあえず、自分の部屋へ戻れ」
光汰が出ていけと言わんばかりに手を振ると、暁未は怒気を帯びた表情で文机にあった茶碗を彼に向けて投げつけた。
光汰はそれをすんでのところで避ける。
茶碗は壁に激しくぶつかり、音を立てて割れ、破片が床に飛び散った。
「何よ! どうして誰もあたしの味方になってくれないのよ!」
暁未は怒鳴り散らしながら荒々しく障子を開け放ち、光汰の部屋を飛び出した。
「お前なあっ!」
光汰の抗議など聞く耳持たず、暁未はさっさと彼の部屋から離れてしまった。
暁未はどうしても納得できなかった。ついこの前まで、家族全員が月夜の存在を隠していたというのに、今は彼女中心で家がまわっている。
「お父さまもお母さまも酷いわ。今までずっとふたりの言うことを聞いてきたのに。月夜に近づくなって言ったのはあの人たちなのに。あたしはただ親の言うとおりに生きてきただけなのに、どうして……」
暁未がふと広縁から中庭の向こうへ目をやると、ちょうど月夜の姿があった。母に連れられ、数人の使用人たちがそばについて歩いている。
月夜の朱華色の髪が月光に輝き、暁未は目を瞠った。
昔はあの髪が不気味で仕方なかったが、今ではなぜか息を呑むほど美しい。自分がそのように感じてしまうことも、腹立たしくてたまらなかった。
「そうだわ。あたしも月夜と同じ身体になればいいのよ」
暁未はわずかに笑みを浮かべた。
考えてみれば月夜は生まれたときから特別視されてきた。
両親の過度な期待を背負い、懸命にご機嫌とりをしながら勉学と教養に身を砕いてきた自分とは違い、月夜は何も背負うものがなく、自堕落な生活を送ってきたのだ。
その月夜が特別扱いされるのであれば、きちんと令嬢教育を受けた暁未ならもっと貴重な存在になり得るだろう。
暁未は月夜が閉じ込められる原因になったことを思いだす。
「そうよ。あたしも血を飲めばいいのよ。媛地家の血を引いているならなれるはずよ」
暁未は自分の部屋へ戻ると、裁縫用の箱を手に持ち、そこから鋏を取りだした。鋭く光る鋏を見つめて暁未はにたりと笑う。そして、それを手帛に包んで懐に忍ばせた。
「そうね。月夜はたしかお兄さまの血を舐めたんだったわ。それなら、あたしはお兄さまの血を大量に飲めば、それ以上の力が手に入る」
暁未は満面の笑みを浮かべながら込み上げてくる思いを口にした。
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