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三章
夜会の日
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夜会当日の夜、月夜は縁樹に贈られたドレスを身につけた。
白地に赤の模様が複雑に散らばる刺繍が施してあり、遠目からは淡い桃色に見える。
そして布地はすっきりしていて、ふわっとした裾広は足首が見える程度の丈になっている。
「可愛らしいですね」
という使用人のとなりで、母は不服そうだった。
「もっとこう厚みがあって派手なお洋服でもよかったのに」
月夜は無言で母を見つめた。
ごく自然に見える化粧を施し、紅は控えめにする。髪は結い上げず、さらりとまっすぐ流した。
「まるで西洋人形のように美しいですわ」
使用人がそう言ったが、母は無反応だった。
彼女は代わりに月夜に挨拶の練習を命じる。
「さあ、月夜。西洋式挨拶をもう一度やりなさい」
月夜は両手で服の裾をつまんで膝を折る。片足を後ろに引き、静かにお辞儀をした。その動きには、どこか慎重さとぎこちなさが滲んでいる。
「ふん、まあまあね。とりあえず挨拶は大丈夫でしょう」
母の言葉に月夜は安堵のため息を洩らした。
「そういえば月夜は異国の言葉はできるのかしら?」
「おばあちゃんに少し習いました」
「これからしっかり勉強するのよ。烏波巳さまの嫁として恥ずかしくないように」
教育を受けさせてくれなかった母が今では勉強しろと言っているのが、月夜には滑稽であり、同時に胸が痛くなった。けれど、ここで感情的になるとせっかくの夜会が台無しだ。
「わかりました」
と月夜は平静を装って返事をした。
約束どおり、縁樹は本当に馬車で月夜を迎えに来た。彼はめずらしく黒の洋装にインバネスコートを羽織った姿だった。
帽子をかぶっていないので月夜と同年齢の少年のように見える。
月夜は笑顔で縁樹に訊ねた。
「お洋服をありがとう、縁樹さん。どうかしら?」
「可愛いよ」
「えっ」
突拍子もなくそんなことを言われて、月夜は羞恥に頬を赤らめる。
しかし縁樹もそんな自分に気づいてすぐ、頭をかきながら目をそらした。
「いや……何言ってんだ俺」
お互いに目を合わせずに気まずい状況になっていると、背後から母が身を乗りだしてきた。
「まあまあ、すでに夫婦のようなふたりだわ」
使用人たちに向かって誇らしげに語る母を月夜は無視して、縁樹に西洋式挨拶をおこなった。
縁樹はわずかに微笑んで、月夜に手を差しだす。
「異国ではこのようにして馬車に乗る」
月夜は一瞬躊躇したものの、縁樹の申し出を断ることはできない。縁樹の手に自分の手をそっと乗せると、彼は月夜の手を握り、ふわっと馬車へ誘導した。
以前にも縁樹と手を繋いだけれど慣れない。
月夜は頬を赤らめ、縁樹の顔をまともに見ることができない。
すると、彼はふいに御者を紹介した。
「今日は彼が連れていってくれる」
御者は月夜ににっこりと笑顔を向ける。
月夜は緊張ぎみに会釈をした。
馬車に揺られながら夜の町を進み、やがて居留地と呼ばれる場所に到着した。
そこは異国の空気に包まれており、洋風の建物が並ぶ通りは、以前訪れた町よりもさらに情緒に満ちていて、まるで異なる世界に迷い込んだかのようだ。
白地に赤の模様が複雑に散らばる刺繍が施してあり、遠目からは淡い桃色に見える。
そして布地はすっきりしていて、ふわっとした裾広は足首が見える程度の丈になっている。
「可愛らしいですね」
という使用人のとなりで、母は不服そうだった。
「もっとこう厚みがあって派手なお洋服でもよかったのに」
月夜は無言で母を見つめた。
ごく自然に見える化粧を施し、紅は控えめにする。髪は結い上げず、さらりとまっすぐ流した。
「まるで西洋人形のように美しいですわ」
使用人がそう言ったが、母は無反応だった。
彼女は代わりに月夜に挨拶の練習を命じる。
「さあ、月夜。西洋式挨拶をもう一度やりなさい」
月夜は両手で服の裾をつまんで膝を折る。片足を後ろに引き、静かにお辞儀をした。その動きには、どこか慎重さとぎこちなさが滲んでいる。
「ふん、まあまあね。とりあえず挨拶は大丈夫でしょう」
母の言葉に月夜は安堵のため息を洩らした。
「そういえば月夜は異国の言葉はできるのかしら?」
「おばあちゃんに少し習いました」
「これからしっかり勉強するのよ。烏波巳さまの嫁として恥ずかしくないように」
教育を受けさせてくれなかった母が今では勉強しろと言っているのが、月夜には滑稽であり、同時に胸が痛くなった。けれど、ここで感情的になるとせっかくの夜会が台無しだ。
「わかりました」
と月夜は平静を装って返事をした。
約束どおり、縁樹は本当に馬車で月夜を迎えに来た。彼はめずらしく黒の洋装にインバネスコートを羽織った姿だった。
帽子をかぶっていないので月夜と同年齢の少年のように見える。
月夜は笑顔で縁樹に訊ねた。
「お洋服をありがとう、縁樹さん。どうかしら?」
「可愛いよ」
「えっ」
突拍子もなくそんなことを言われて、月夜は羞恥に頬を赤らめる。
しかし縁樹もそんな自分に気づいてすぐ、頭をかきながら目をそらした。
「いや……何言ってんだ俺」
お互いに目を合わせずに気まずい状況になっていると、背後から母が身を乗りだしてきた。
「まあまあ、すでに夫婦のようなふたりだわ」
使用人たちに向かって誇らしげに語る母を月夜は無視して、縁樹に西洋式挨拶をおこなった。
縁樹はわずかに微笑んで、月夜に手を差しだす。
「異国ではこのようにして馬車に乗る」
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以前にも縁樹と手を繋いだけれど慣れない。
月夜は頬を赤らめ、縁樹の顔をまともに見ることができない。
すると、彼はふいに御者を紹介した。
「今日は彼が連れていってくれる」
御者は月夜ににっこりと笑顔を向ける。
月夜は緊張ぎみに会釈をした。
馬車に揺られながら夜の町を進み、やがて居留地と呼ばれる場所に到着した。
そこは異国の空気に包まれており、洋風の建物が並ぶ通りは、以前訪れた町よりもさらに情緒に満ちていて、まるで異なる世界に迷い込んだかのようだ。
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