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三章
あやかしの血
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夜会の会場は赤煉瓦の建物で、重々しい扉が開くと三階まで吹き抜けたホールが広がっていた。天井から吊るされた巨大な装飾証明はまるで星屑を集めたように輝き、そのまぶしさに目がくらみそうになる。
周囲には異国の装いをした人々が行き交い、誰もが理解できない言葉を交わしている。
月夜は祖母から譲り受けた書物で英国の言葉を学んではいたが、人と話すのは初めてだった。
耳に飛び込んでくる会話をうまく掴みきれず、頭の中がぼんやりと霞んでいく。
すると縁樹がとなりでそっと声をかけてきた。
「大丈夫。ここにいる者たちは君と同じ。全員あやかしだ。誰も君を化け物扱いしないよ」
月夜は唇をきゅっと結び、静かにうなずく。
見わたすとさまざまな人がいた。女性たちは派手な西洋ドレスを着ている者もいれば落ちついた和装の者もいる。男性はほとんどが洋装だった。
あまりに華やかな光景に月夜は息を呑んだ。
そんな中、月夜は男たちの視線に気づいた。彼らは月夜をじろじろ見てはひそひそと何かを話している。
月夜はふと兄に言われたことを思いだす。そんなはずはないと思いたいが、それでもやけに彼らの視線が気になってしまい、同時に怯えた。
月夜の足が止まったので、縁樹が気づいて振り向く。
「どうした?」
「ええっと……」
怖くて足が動かないなどと言えず、月夜は言葉に詰まった。
「無理ならやめてもいい」
「ううん、違うの」
こんなことを訊いてもいいだろうか。頭がおかしくなったと思われないだろうか。
月夜は不安を抱えたまま縁樹をじっと見つめた。
「あの……私には、妙な力があるみたいで……男の人が私に近づくと、変になるって……」
縁樹が真顔で沈黙するので月夜は慌てふためいた。
「ごめんなさい。お兄さまに言われたの。でも、もしかしたら勘違いなのかも」
「ああ、それは事実だよ」
縁樹の返答に月夜は「え?」と呆気にとられた。
「君の生まれ持った性質というか、そういう種族なんだよ。そうやって近づいてきた者の生き血を吸う」
「そんな……私そんなことは!」
絶対にしない、とは言い切れない。実際に光汰の血を取り込んだことがあるのだから。あれは怪我の治療のつもりだったが、わずかに抱いた高揚感は忘れたことがない。
そんなことは決して口には出せないけれど。
「昔の話だ。気にしなくていい」
縁樹があまりにもあっさり言うものだから月夜は逆に拍子抜けした。もっと驚かれるかと思ったからだ。しかし、それなら疑問が浮かぶ。
「え、縁樹さんはその……私といて、大丈夫なの?」
月夜は自分で言っておきながら恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
しかし縁樹はまったく動じることもなく淡々と返す。
「俺は君より妖力が強いから」
「あ、そうなの……」
ほっとしたような、そうでもないような複雑な気持ちになった。
つまり縁樹は月夜と一緒にいても惹かれるようなことはないと断言したのだ。心のどこかでわずかに期待してしまった自分に恥ずかしくなる。
「ほら、こうすれば大丈夫」
「え?」
縁樹はおもむろに月夜の手を握った。
熱を帯びた感触が一瞬で手の先から身体に伝わり、じわりと温かさが広がっていく。先ほど馬車に乗るときのエスコートよりもずっと、しっかりと手を繋がれていることに、月夜は驚き狼狽えた。
「君の妖力は夜になると特に強くなる。だから俺が少しもらう。そうすれば落ちつくよ」
冷静に話す縁樹に対し、月夜は動揺している。けれど握られたところから少しずつ身体が軽くなっていくような気がした。
それでもやはり羞恥心のほうが強く、歩き方もぎこちなくなった。
それに気づいた縁樹が気遣ってくれた。
「嫌だろうけど少し我慢して」
月夜は慌てて首を横に振って否定する。
嫌じゃない。その言葉を口にしようか迷ったあげく別の話で誤魔化した。
「おばあちゃんも、私が不安になったらよく手を握ってくれたの」
「そうか。じゃあ、香月さんと手を繋いでいると思えばいいよ」
縁樹はそっけなくそう言った。
もしかして気を悪くしただろうかと月夜は不安になった。素直に縁樹と手を繋ぐことができて嬉しいと言葉にすればよかったのに、それはなんだか恥ずかしくてつい祖母のことを持ちだしてしまったのだ。
周囲には異国の装いをした人々が行き交い、誰もが理解できない言葉を交わしている。
月夜は祖母から譲り受けた書物で英国の言葉を学んではいたが、人と話すのは初めてだった。
耳に飛び込んでくる会話をうまく掴みきれず、頭の中がぼんやりと霞んでいく。
すると縁樹がとなりでそっと声をかけてきた。
「大丈夫。ここにいる者たちは君と同じ。全員あやかしだ。誰も君を化け物扱いしないよ」
月夜は唇をきゅっと結び、静かにうなずく。
見わたすとさまざまな人がいた。女性たちは派手な西洋ドレスを着ている者もいれば落ちついた和装の者もいる。男性はほとんどが洋装だった。
あまりに華やかな光景に月夜は息を呑んだ。
そんな中、月夜は男たちの視線に気づいた。彼らは月夜をじろじろ見てはひそひそと何かを話している。
月夜はふと兄に言われたことを思いだす。そんなはずはないと思いたいが、それでもやけに彼らの視線が気になってしまい、同時に怯えた。
月夜の足が止まったので、縁樹が気づいて振り向く。
「どうした?」
「ええっと……」
怖くて足が動かないなどと言えず、月夜は言葉に詰まった。
「無理ならやめてもいい」
「ううん、違うの」
こんなことを訊いてもいいだろうか。頭がおかしくなったと思われないだろうか。
月夜は不安を抱えたまま縁樹をじっと見つめた。
「あの……私には、妙な力があるみたいで……男の人が私に近づくと、変になるって……」
縁樹が真顔で沈黙するので月夜は慌てふためいた。
「ごめんなさい。お兄さまに言われたの。でも、もしかしたら勘違いなのかも」
「ああ、それは事実だよ」
縁樹の返答に月夜は「え?」と呆気にとられた。
「君の生まれ持った性質というか、そういう種族なんだよ。そうやって近づいてきた者の生き血を吸う」
「そんな……私そんなことは!」
絶対にしない、とは言い切れない。実際に光汰の血を取り込んだことがあるのだから。あれは怪我の治療のつもりだったが、わずかに抱いた高揚感は忘れたことがない。
そんなことは決して口には出せないけれど。
「昔の話だ。気にしなくていい」
縁樹があまりにもあっさり言うものだから月夜は逆に拍子抜けした。もっと驚かれるかと思ったからだ。しかし、それなら疑問が浮かぶ。
「え、縁樹さんはその……私といて、大丈夫なの?」
月夜は自分で言っておきながら恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
しかし縁樹はまったく動じることもなく淡々と返す。
「俺は君より妖力が強いから」
「あ、そうなの……」
ほっとしたような、そうでもないような複雑な気持ちになった。
つまり縁樹は月夜と一緒にいても惹かれるようなことはないと断言したのだ。心のどこかでわずかに期待してしまった自分に恥ずかしくなる。
「ほら、こうすれば大丈夫」
「え?」
縁樹はおもむろに月夜の手を握った。
熱を帯びた感触が一瞬で手の先から身体に伝わり、じわりと温かさが広がっていく。先ほど馬車に乗るときのエスコートよりもずっと、しっかりと手を繋がれていることに、月夜は驚き狼狽えた。
「君の妖力は夜になると特に強くなる。だから俺が少しもらう。そうすれば落ちつくよ」
冷静に話す縁樹に対し、月夜は動揺している。けれど握られたところから少しずつ身体が軽くなっていくような気がした。
それでもやはり羞恥心のほうが強く、歩き方もぎこちなくなった。
それに気づいた縁樹が気遣ってくれた。
「嫌だろうけど少し我慢して」
月夜は慌てて首を横に振って否定する。
嫌じゃない。その言葉を口にしようか迷ったあげく別の話で誤魔化した。
「おばあちゃんも、私が不安になったらよく手を握ってくれたの」
「そうか。じゃあ、香月さんと手を繋いでいると思えばいいよ」
縁樹はそっけなくそう言った。
もしかして気を悪くしただろうかと月夜は不安になった。素直に縁樹と手を繋ぐことができて嬉しいと言葉にすればよかったのに、それはなんだか恥ずかしくてつい祖母のことを持ちだしてしまったのだ。
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