烏の王と宵の花嫁

水川サキ

文字の大きさ
35 / 69
三章

あやかしの血

しおりを挟む
 夜会の会場は赤煉瓦の建物で、重々しい扉が開くと三階まで吹き抜けたホールが広がっていた。天井から吊るされた巨大な装飾証明シャンデリアはまるで星屑を集めたように輝き、そのまぶしさに目がくらみそうになる。

 周囲には異国の装いをした人々が行き交い、誰もが理解できない言葉を交わしている。
 月夜は祖母から譲り受けた書物で英国の言葉を学んではいたが、人と話すのは初めてだった。

 耳に飛び込んでくる会話をうまく掴みきれず、頭の中がぼんやりと霞んでいく。
 すると縁樹がとなりでそっと声をかけてきた。


「大丈夫。ここにいる者たちは君と同じ。全員あやかしだ。誰も君を化け物扱いしないよ」

 月夜は唇をきゅっと結び、静かにうなずく。
 見わたすとさまざまな人がいた。女性たちは派手な西洋ドレスを着ている者もいれば落ちついた和装の者もいる。男性はほとんどが洋装だった。
 あまりに華やかな光景に月夜は息を呑んだ。

 そんな中、月夜は男たちの視線に気づいた。彼らは月夜をじろじろ見てはひそひそと何かを話している。
 月夜はふと兄に言われたことを思いだす。そんなはずはないと思いたいが、それでもやけに彼らの視線が気になってしまい、同時に怯えた。

 月夜の足が止まったので、縁樹が気づいて振り向く。


「どうした?」
「ええっと……」

 怖くて足が動かないなどと言えず、月夜は言葉に詰まった。

「無理ならやめてもいい」
「ううん、違うの」

 こんなことを訊いてもいいだろうか。頭がおかしくなったと思われないだろうか。
 月夜は不安を抱えたまま縁樹をじっと見つめた。

「あの……私には、妙な力があるみたいで……男の人が私に近づくと、変になるって……」

 縁樹が真顔で沈黙するので月夜は慌てふためいた。

「ごめんなさい。お兄さまに言われたの。でも、もしかしたら勘違いなのかも」
「ああ、それは事実だよ」

 縁樹の返答に月夜は「え?」と呆気にとられた。

「君の生まれ持った性質というか、そういう種族なんだよ。そうやって近づいてきた者の生き血を吸う」
「そんな……私そんなことは!」

 絶対にしない、とは言い切れない。実際に光汰の血を取り込んだことがあるのだから。あれは怪我の治療のつもりだったが、わずかに抱いた高揚感は忘れたことがない。
 そんなことは決して口には出せないけれど。


「昔の話だ。気にしなくていい」

 縁樹があまりにもあっさり言うものだから月夜は逆に拍子抜けした。もっと驚かれるかと思ったからだ。しかし、それなら疑問が浮かぶ。

「え、縁樹さんはその……私といて、大丈夫なの?」

 月夜は自分で言っておきながら恥ずかしくなり、頬を赤らめた。
 しかし縁樹はまったく動じることもなく淡々と返す。

「俺は君より妖力が強いから」
「あ、そうなの……」

 ほっとしたような、そうでもないような複雑な気持ちになった。
 つまり縁樹は月夜と一緒にいても惹かれるようなことはないと断言したのだ。心のどこかでわずかに期待してしまった自分に恥ずかしくなる。


「ほら、こうすれば大丈夫」
「え?」

 縁樹はおもむろに月夜の手を握った。
 熱を帯びた感触が一瞬で手の先から身体に伝わり、じわりと温かさが広がっていく。先ほど馬車に乗るときのエスコートよりもずっと、しっかりと手を繋がれていることに、月夜は驚き狼狽えた。

「君の妖力は夜になると特に強くなる。だから俺が少しもらう。そうすれば落ちつくよ」

 冷静に話す縁樹に対し、月夜は動揺している。けれど握られたところから少しずつ身体が軽くなっていくような気がした。
 それでもやはり羞恥心のほうが強く、歩き方もぎこちなくなった。

 それに気づいた縁樹が気遣ってくれた。


「嫌だろうけど少し我慢して」

 月夜は慌てて首を横に振って否定する。
 嫌じゃない。その言葉を口にしようか迷ったあげく別の話で誤魔化した。

「おばあちゃんも、私が不安になったらよく手を握ってくれたの」
「そうか。じゃあ、香月さんと手を繋いでいると思えばいいよ」

 縁樹はそっけなくそう言った。

 もしかして気を悪くしただろうかと月夜は不安になった。素直に縁樹と手を繋ぐことができて嬉しいと言葉にすればよかったのに、それはなんだか恥ずかしくてつい祖母のことを持ちだしてしまったのだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

あやかし警察おとり捜査課

紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。  

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

処理中です...