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三章
にんにく薬
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縁樹がおもむろに月夜の髪を撫でる。
驚いた月夜が顔を上げると彼は穏やかな表情で言った。
「あまり考えるな。悪いことじゃない」
「でも、このせいで私は……」
「俺も比較的妖力が強い。不都合なことは山ほどある。でも、いちいち考えるのは面倒だ。持って生まれた資質だから仕方ない」
「そう、だけど……」
ふたりの前を給仕の男性が通りかかり、彼が持っている盆から縁樹はグラスを取った。透明の液体の中で気泡がぷつぷつと舞い上がる。
彼はグラスを月夜に差しだした。
「いかに楽をして生きられるか、それだけ考えればいい」
月夜は表情を緩めて笑みを浮かべ、こくんとうなずいて彼のグラスを受けとろうとした。
「酒、飲んだことある?」
「ううん」
縁樹はしばし考えて、グラスをひっこめる。
「やめとけ。君が飲むもんじゃない」
「ええ? どうして」
「まだ早い」
「どういうことなの?」
縁樹は再び給仕の男性の盆から別のグラスを手に取り月夜に渡した。
「これならいいよ。酒は俺が飲む」
「ずるい」
月夜は不貞腐れた顔で縁樹から受けとったレモネードをひと口飲んだ。
「美味しい!」
目を輝かせる月夜を見て、縁樹はふっと笑った。
「ツキヨ!」
メアリーが駆け足で戻ってきて月夜に飛びつき、そのままぎゅっと抱きしめると同時に頬に口づけをした。
赤面しながら戸惑う月夜の横で、縁樹がさらりと説明する。
「西の国の挨拶だ」
「そ、そうなの?」
メアリーはにこにこしながら白い刺繍模様があしらわれた布の袋を月夜に差しだした。
「コレ、まずいケド、とてもいい。よく効く」
「これは何?」
「ガーリックオニオン」
月夜はよくわからないままそれを受けとり、礼を言う。
「ありがとう」
「どういたしまして。ねえ、カラスサン」
メアリーが縁樹に顔を向けると、彼が説明をしてくれた。
「これは西洋料理に使われるスープの素に似ている。でも常人が使うものではなく、君のような種族のために作られた薬だ。この国ではなかなか手に入らない。香月さんもずいぶん探していたようだが」
どうやら祖母は月夜の強い妖力を制御するための方法をいろいろ探っていたようだ。しかし異国へ行かなければ手に入らない薬を知り、縁樹に助けを求めた。
縁樹は異国人との繋がりがあり、伝手をたどってメアリーと出会った。最近になってこの薬のことを知ったが、香月はすでにこの世を去っていた。
「おばあちゃん」
月夜はもらった薬の袋を大事に両手で包み込むと目を閉じて祈った。
それから先ほどのメアリーの言葉を思いだし、ふと疑問を口にする。
「そういえばさっき、メアリーが不味いって……」
月夜が不安げな表情で目を向けると、メアリーはにこっと笑って堂々と言った。
「まずいよ! おいしくない。でも、少しずつ飲むと、だいじょーぶ!」
月夜は袋を手に持ったまま硬直した。
とはいえ、薬はだいたい不味いものだということを月夜もわかっている。
縁樹が月夜の不安げな顔を見て、穏やかな口調で説明した。
「調理法でずいぶん化ける。君の種族は常人より効果が強いが、うまく調理すれば食べられる」
縁樹がそう言うなら大丈夫なのだろう。月夜は少し安堵して表情を緩めた。
彼の説明によると、この薬は月夜の身体が基本的に受けつけない。けれど少しずつ摂取すれば身体がなじんでいき、妖力を抑えることができるらしい。
つまり、月夜は人間に近い存在になれるのだ。五歳のときに失った平穏な暮らしに、澄んだ空の下で雪遊びをしたあの頃と同じ身体に。
そのためなら、どんなことだって乗り越えられる。今までの地獄のようなつらさに比べたら、まずい薬を毎日飲むくらい平気だった。
「私、頑張って飲んでみる。縁樹さんと一緒に暮らしたいから」
月夜が笑顔でそう言うと、縁樹は「ああ」と短く返答し、少し照れくさそうに微笑んだ。
驚いた月夜が顔を上げると彼は穏やかな表情で言った。
「あまり考えるな。悪いことじゃない」
「でも、このせいで私は……」
「俺も比較的妖力が強い。不都合なことは山ほどある。でも、いちいち考えるのは面倒だ。持って生まれた資質だから仕方ない」
「そう、だけど……」
ふたりの前を給仕の男性が通りかかり、彼が持っている盆から縁樹はグラスを取った。透明の液体の中で気泡がぷつぷつと舞い上がる。
彼はグラスを月夜に差しだした。
「いかに楽をして生きられるか、それだけ考えればいい」
月夜は表情を緩めて笑みを浮かべ、こくんとうなずいて彼のグラスを受けとろうとした。
「酒、飲んだことある?」
「ううん」
縁樹はしばし考えて、グラスをひっこめる。
「やめとけ。君が飲むもんじゃない」
「ええ? どうして」
「まだ早い」
「どういうことなの?」
縁樹は再び給仕の男性の盆から別のグラスを手に取り月夜に渡した。
「これならいいよ。酒は俺が飲む」
「ずるい」
月夜は不貞腐れた顔で縁樹から受けとったレモネードをひと口飲んだ。
「美味しい!」
目を輝かせる月夜を見て、縁樹はふっと笑った。
「ツキヨ!」
メアリーが駆け足で戻ってきて月夜に飛びつき、そのままぎゅっと抱きしめると同時に頬に口づけをした。
赤面しながら戸惑う月夜の横で、縁樹がさらりと説明する。
「西の国の挨拶だ」
「そ、そうなの?」
メアリーはにこにこしながら白い刺繍模様があしらわれた布の袋を月夜に差しだした。
「コレ、まずいケド、とてもいい。よく効く」
「これは何?」
「ガーリックオニオン」
月夜はよくわからないままそれを受けとり、礼を言う。
「ありがとう」
「どういたしまして。ねえ、カラスサン」
メアリーが縁樹に顔を向けると、彼が説明をしてくれた。
「これは西洋料理に使われるスープの素に似ている。でも常人が使うものではなく、君のような種族のために作られた薬だ。この国ではなかなか手に入らない。香月さんもずいぶん探していたようだが」
どうやら祖母は月夜の強い妖力を制御するための方法をいろいろ探っていたようだ。しかし異国へ行かなければ手に入らない薬を知り、縁樹に助けを求めた。
縁樹は異国人との繋がりがあり、伝手をたどってメアリーと出会った。最近になってこの薬のことを知ったが、香月はすでにこの世を去っていた。
「おばあちゃん」
月夜はもらった薬の袋を大事に両手で包み込むと目を閉じて祈った。
それから先ほどのメアリーの言葉を思いだし、ふと疑問を口にする。
「そういえばさっき、メアリーが不味いって……」
月夜が不安げな表情で目を向けると、メアリーはにこっと笑って堂々と言った。
「まずいよ! おいしくない。でも、少しずつ飲むと、だいじょーぶ!」
月夜は袋を手に持ったまま硬直した。
とはいえ、薬はだいたい不味いものだということを月夜もわかっている。
縁樹が月夜の不安げな顔を見て、穏やかな口調で説明した。
「調理法でずいぶん化ける。君の種族は常人より効果が強いが、うまく調理すれば食べられる」
縁樹がそう言うなら大丈夫なのだろう。月夜は少し安堵して表情を緩めた。
彼の説明によると、この薬は月夜の身体が基本的に受けつけない。けれど少しずつ摂取すれば身体がなじんでいき、妖力を抑えることができるらしい。
つまり、月夜は人間に近い存在になれるのだ。五歳のときに失った平穏な暮らしに、澄んだ空の下で雪遊びをしたあの頃と同じ身体に。
そのためなら、どんなことだって乗り越えられる。今までの地獄のようなつらさに比べたら、まずい薬を毎日飲むくらい平気だった。
「私、頑張って飲んでみる。縁樹さんと一緒に暮らしたいから」
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