人質として嫁いだのに冷徹な皇帝陛下に溺愛されています

水川サキ

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30、ああ、天にも昇る気分だわ!

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 ふいに香ばしい匂いがして、イレーナはそちらへ目を向けた。
 そこにはひと口大の肉の塊をいくつか串に刺して焼いている店があった。


(そういえば、お腹が減ったわ)


 イレーナがじっと串焼きの店を見ていたせいか、ヴァルクが笑って訊ねた。

「あれが食いたいのか?」
「え? えっと、いいえ……」
「遠慮するな。俺が買ってきてやる」
「そんな、だめです!」


 庶民の店の食べ物を口にしたことのあるイレーナはとっさに制止した。
 城で高級な料理ばかり食べている者が突然庶民の食べ物を口にすると胃腸を壊してしまう恐れがあるのだ。

 それだけじゃない。
 万が一、毒があって皇帝が死ぬようなことになれば大惨事である。


「美味そうだな。串を2本くれ」
「まいどー。兄ちゃんイケメンだからサービスしてやろう」

 ヴァルクはまったく抵抗もなく店主と会話をしている。
 それがイレーナには衝撃だった。
 目の前には額に布を巻いたおじさんと、体格のいいヴァルク。
 まるで肉体労働を終えて帰宅途中の男のようにイレーナには見える。


(い、違和感がまったくないわ……)


 城にいたときは皇帝としてのオーラがあったはずなのに、今ではすっかり平民に馴染んでいる。
 店主は焼きたての串焼きをたっぷりのタレの中に沈めてから取り出した。
 すると串焼きからとろりと香ばしいタレが滴り落ちる。


(お、美味しそう。だけど……)


 ヴァルクが店主から受けとった串焼きをイレーナに差し出した。
 それを受けとったイレーナはヴァルクよりも先に、すぐさま口に入れる。
 にこにこ笑うどう見ても無害な店主だが、念には念をとイレーナは自分が先に食べて毒見するつもりだった。
 しかし口に入れた瞬間、じゅわっと柔らかい肉と絡みついたタレの絶妙な味わいに、壮大な花畑が脳内に広がった。


(ああ……天にも昇るほど美味だわ!)


 毒は入っていない。それどころか、串焼きがこれほど美味しく感じるとは思わなかった。
 今まで食べたことはあるが、ここしばらく宮廷料理しか口にしていないから、こういう素朴な味がなつかしく感じて涙があふれた。


「泣くほど腹が減っていたのか。朝メシを食わなかったのか?」
「え、ええ……準備に時間がかかってしまって……」
「メシは食え。せっかく量を増やしてやったというのに」
「も、申しわけございませ……」
「美味い!」

 ヴァルクは串焼きを口に入れた瞬間、目を見開いて感嘆の声を上げた。


「何だこれは? 城にはない料理だな。おい店主、これを皇城で作らないか?」
「あっはっはっは。兄ちゃんおかしなことを言っちゃいけねえ。俺のようなド庶民が足を踏み入れられる場所じゃねぇよ」
「だが、皇帝は気に入ると思うぞ?」
「そんなわけあるかい! 一昨日だってどこぞの貴族がうちの店を罵倒していったんだ。気に入らないなら近づかなきゃいいものを、わざわざ見下すためだけにやって来るのさ。貴族さまってのはおごり高ぶる奴らばかりで反吐が出るぜ」

 イレーナが目をちらりと向けると、ヴァルクはしばし無言のあと、黙って串焼きを平らげた。


(複雑な気持ちだわ……)


 ヴァルクは食べ終えたあと、ふたたび店主に明るく声をかけた。

「美味かったぞ。この店とあんたのことは忘れないだろう」
「ありがたいね。また来てくれよ」
「ああ、またな」

 そう言ってヴァルクはイレーナの手を取る。
 イレーナは慌てて店主に「ありがとう」と礼を言って、ヴァルクとともにこの場を去った。



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