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50、私はやっていません!
しおりを挟むあれからイレーナは自室へ戻って待機するように言われた。
騎士団長がアンジェに付き添い、数人の医師が彼女の診察をしているらしい。
イレーナは汚れたドレスを着替え、鬱々とした気分で落ち着かなかった。
アンジェが吐血したときの様子が頭の中に強烈に刻まれている。
思い出すと眩暈がして吐き気をもよおした。
「イレーナさま、大丈夫ですか? ご気分は、優れないですよね」
あんなことがあったからイレーナが参ってしまっているのだとリアは言っている。
だが、イレーナには少しの心当たりがあった。
(あのお茶には両方に毒が入っていたのではないかしら?)
イレーナはひと口飲んだが、そのあとアンジェに中身をぶちまけられた。
つまり、ほとんど飲んでいないイレーナには軽い症状しか出ていないのだ。
(だとすれば、犯人は妃をふたりとも殺すつもりだったの?)
イレーナは考えようとするが頭痛が激しく頭が上手く回らない。
「リア、お願いがあるの。私も医者に診てもらいたいわ」
「え? イレーナさま、具合がよろしくないのですか?」
「ええ、きっと……これは憶測だけど、私にも……」
リアと話している途中に、突如部屋の扉が豪快に開けられた。
そして、多くの近衛騎士が侵入してきたのである。
彼らはイレーナの護衛騎士ではなかった。
リアが嫌悪の表情で彼らの前に立ちはだかる。
「何事です? ここはあなたたちが勝手に出入りできる部屋ではありません」
「うるさい。その侍女を追い出せ」
現れたのはスベイリー侯爵だった。
リアは騎士たちに捕らえられる。
「きゃあっ! 何をするの?」
リアが部屋から追い出されると、侯爵はイレーナに向かってにやりと笑みを浮かべた。
「よくも、わしの娘に毒を盛ってくれたな? この弱小国の小娘が! 」
「何のことでしょうか?」
「しらばっくれるな! お前がアンジェに毒を盛ったことを証言する者がいるのだぞ」
イレーナが怪訝な表情をしていると、侯爵の背後から現れたのはアンジェの侍女だった。
彼女は震え声で話す。
「わ、私は……イレーナ妃に脅されて、仕方なく……」
「な、何を言っているの?」
(アンジェさまの侍女と話したこともないのに!)
驚くイレーナが言い分を口にする暇を侯爵は与えなかった。
「イレーナ妃を正妃殺害容疑で投獄するのだ!」
侯爵の声が高らかに響くと、イレーナは近衛騎士たちに両腕を掴まれて部屋から無理やり引きずり出された。
(こんなの、めちゃくちゃだわ!)
暗い地下牢にぶち込まれたイレーナは鉄格子の向こうのスベイリー侯爵に訴えた。
「アンジェさまに毒を盛ったのは私ではありません!」
「黙れ! お前とアンジェは部屋にふたりしかいなかったのだ。侍女も護衛もつけずにな。そういう計画だったのではないか?」
「違います。アンジェさまからふたりきりになりたいとの申し出があったのです」
「この期に及んでまだ言い逃れをするつもりか。おい、お前たち」
侯爵に呼びかけられてずらりと並んだのは黒衣の男たち。
その手に鞭を持ち、腰には短剣が携えてある。
彼らの存在はイレーナも耳にしたことがあった。
罪人の拷問を専門とする者たちである。
「イレーナ妃が口を割るまで痛めつけてやるがよい」
侯爵がにやりと笑って命令した。
イレーナはぞくりと背筋の凍る思いがした。
(嘘でしょ? まさか、証拠もないのに拷問するの?)
侯爵は皇帝が留守だからやりたい放題なのだろう。
イレーナは彼を睨みつけながら、胸中で必死に願った。
(ヴァルクさま……早くっ……早く、帰ってきて……!)
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