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第3章 ウワサの行方(ゆくえ)
25、早朝の訪問者<前>
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王宮に勤めている人々の朝は、相変わらず早い。
マーガレットの所属している衣装部は、例えば警備担当の部署のように24時間体制ではないので、夜勤などの交代勤務はない。
だが、儀式や行事までに、王族の方々がお召しになる衣装を仕上げなければならない……という絶対的な締切が存在する。
締切がある以上、その期日が近づくにつれて、残業や場合によっては徹夜で作業をすることは、もちろんあった。
現に、マーガレットが好んで使っている壁際にある机の横では、あーでもない、こーでもない、じゃあ、どうするの?みたいな、半ギレ状態での衣装デザイン会議が行われている。
あれは、きっと徹夜コースだったわね
マーガレットは、半ギレ会議中のメンバーが晒す、疲労感漂う横顔をチラッと見て、そう判断した。
そして今日、マーガレットが早く職場に来ているのも、やっぱり締切が理由だった。
今、担当している刺繍部分を昼までに仕上げなければならないのだ。
油断していると、連発してあくびをしそうになるので、マーガレットは、若干口元に力を入れる。
昨日もこの刺繍のために、遅くまで残業していたので、まだ眠気が取れてはいないが、気分はすごく良かった。
それは……また、とても懐かしい夢を見たからだ。
まだ幸せだった頃の……大切な約束。
それしても、最近、頻繁に幼い頃の夢を見るんだけど……もしかして、あの男の子が呼んでいる?
まさかね……と思いながら、それでもマーガレットの口元は、ふふっと少しだけ緩んだ。
あれから……マーガレットが泥酔してどうやら大人の階段を登った日から、1ヶ月が過ぎた。
身体の違和感は1週間も経てば完全に消え、万が一、お相手から何らかのリアクションがあったらと警戒はしていたものの、実際には、マーガレットの元に怪文書の1つも届くこともなく、ごくごく普通の日常を送っている。
そして、こういう事態を経験した女性が抱く、1番の懸案事項だった……予期せぬ妊娠についても、つい先日、月イチ規則正しく訪れるイチゴちゃんがやってきたことで、マーガレットは心底ホッとしたのであった。
マーガレットには、あの夜の、行為自体の記憶は全くなく、加えて、お相手からも何の反応もない。
とするならば、マーガレットが取る行動はただ1つ……なかったことにすることであった。
この職場を辞めるために、自分が決めた目標貯金額まであと少し。
それが貯まったら、煩わしい家族や職場のストレスなど全部捨てて、ただのマーガレットとして、好きな刺繍や裁縫で生計を立て、あまり贅沢は出来ないかもしれないけど、誰かの顔色をうかがうことなく、自由に生きていく。
その目的のためにマーガレットは、トラブルに巻き込まれたくなかった。
確かに、皆がキャーキャー言っている恋愛というフタ文字にはもちろん憧れはするけれど、これ以上、心が揺さぶられることに関しては、正直、マーガレットは、恐怖すら感じていた。
これまでの人生、期待して裏切られることの繰り返し
マリコさんの言葉じゃないけど、マーガレットは、もう期待することに、ゲップが出るほどお腹いっぱいなのだ。
だから、あの夜の出来事に関しては、マーガレットは全速力でフタをして、見ないことに決めた。
さぁさぁ、今日もお仕事、頑張りますか!
最近は少し情緒が不安定な自覚があるので、マーガレットはよりいっそう、目の前の作業に専念することにした。
オーダー通りに、ヒラヒラとした薄い布に、鮮やかな花を次々と咲かせていく。
やがて集中し始めたマーガレットは……周囲の音が一切耳に入らなくなっていった。
あともう少しで指定された刺繍が終わりそうになった時、やけに力強く、衣装部の扉をノックする音が聞こえ……ハッとしたマーガレットは、現実に引き戻された。
「朝早くから申し訳ない、こちらは王太子様の本日着られる予定のお召し物だが、綻びが見つかった。
急ぎで直してもらいたいのだが……」
早朝の冷たい空気もすぐ暖められそうな、柔らかで少し甘めの透き通るような声が聞こえた瞬間、ガヤガヤしていた室内が、見事にシーンと静かになった……とマーガレットが思ったら、
「「「「「キャーッ!!!!!」」」」」
すごい音量の、複数で甲高い女性たちの悲鳴が、部屋中に響き渡った。
マーガレットの所属している衣装部は、例えば警備担当の部署のように24時間体制ではないので、夜勤などの交代勤務はない。
だが、儀式や行事までに、王族の方々がお召しになる衣装を仕上げなければならない……という絶対的な締切が存在する。
締切がある以上、その期日が近づくにつれて、残業や場合によっては徹夜で作業をすることは、もちろんあった。
現に、マーガレットが好んで使っている壁際にある机の横では、あーでもない、こーでもない、じゃあ、どうするの?みたいな、半ギレ状態での衣装デザイン会議が行われている。
あれは、きっと徹夜コースだったわね
マーガレットは、半ギレ会議中のメンバーが晒す、疲労感漂う横顔をチラッと見て、そう判断した。
そして今日、マーガレットが早く職場に来ているのも、やっぱり締切が理由だった。
今、担当している刺繍部分を昼までに仕上げなければならないのだ。
油断していると、連発してあくびをしそうになるので、マーガレットは、若干口元に力を入れる。
昨日もこの刺繍のために、遅くまで残業していたので、まだ眠気が取れてはいないが、気分はすごく良かった。
それは……また、とても懐かしい夢を見たからだ。
まだ幸せだった頃の……大切な約束。
それしても、最近、頻繁に幼い頃の夢を見るんだけど……もしかして、あの男の子が呼んでいる?
まさかね……と思いながら、それでもマーガレットの口元は、ふふっと少しだけ緩んだ。
あれから……マーガレットが泥酔してどうやら大人の階段を登った日から、1ヶ月が過ぎた。
身体の違和感は1週間も経てば完全に消え、万が一、お相手から何らかのリアクションがあったらと警戒はしていたものの、実際には、マーガレットの元に怪文書の1つも届くこともなく、ごくごく普通の日常を送っている。
そして、こういう事態を経験した女性が抱く、1番の懸案事項だった……予期せぬ妊娠についても、つい先日、月イチ規則正しく訪れるイチゴちゃんがやってきたことで、マーガレットは心底ホッとしたのであった。
マーガレットには、あの夜の、行為自体の記憶は全くなく、加えて、お相手からも何の反応もない。
とするならば、マーガレットが取る行動はただ1つ……なかったことにすることであった。
この職場を辞めるために、自分が決めた目標貯金額まであと少し。
それが貯まったら、煩わしい家族や職場のストレスなど全部捨てて、ただのマーガレットとして、好きな刺繍や裁縫で生計を立て、あまり贅沢は出来ないかもしれないけど、誰かの顔色をうかがうことなく、自由に生きていく。
その目的のためにマーガレットは、トラブルに巻き込まれたくなかった。
確かに、皆がキャーキャー言っている恋愛というフタ文字にはもちろん憧れはするけれど、これ以上、心が揺さぶられることに関しては、正直、マーガレットは、恐怖すら感じていた。
これまでの人生、期待して裏切られることの繰り返し
マリコさんの言葉じゃないけど、マーガレットは、もう期待することに、ゲップが出るほどお腹いっぱいなのだ。
だから、あの夜の出来事に関しては、マーガレットは全速力でフタをして、見ないことに決めた。
さぁさぁ、今日もお仕事、頑張りますか!
最近は少し情緒が不安定な自覚があるので、マーガレットはよりいっそう、目の前の作業に専念することにした。
オーダー通りに、ヒラヒラとした薄い布に、鮮やかな花を次々と咲かせていく。
やがて集中し始めたマーガレットは……周囲の音が一切耳に入らなくなっていった。
あともう少しで指定された刺繍が終わりそうになった時、やけに力強く、衣装部の扉をノックする音が聞こえ……ハッとしたマーガレットは、現実に引き戻された。
「朝早くから申し訳ない、こちらは王太子様の本日着られる予定のお召し物だが、綻びが見つかった。
急ぎで直してもらいたいのだが……」
早朝の冷たい空気もすぐ暖められそうな、柔らかで少し甘めの透き通るような声が聞こえた瞬間、ガヤガヤしていた室内が、見事にシーンと静かになった……とマーガレットが思ったら、
「「「「「キャーッ!!!!!」」」」」
すごい音量の、複数で甲高い女性たちの悲鳴が、部屋中に響き渡った。
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