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30.王道転校生は〇〇がお好き
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大月獅童という男の半生とは、田中宗介の想像するよりかははるかに特殊なものであった。
長く続く、大きな極道の家に産まれた大月獅童は、母親譲りの美貌と父親譲りの暴力性を兼ね備えている存在であった。
獅童にとってみれば家とは初めから用意され継ぐべきものであり、周囲にそれを不満に思う人間はいなかった。
分家の遥かに年上の男たちを己の腕一つで叩きのめし、格の違いを叩き込む。
誰かはそんな獅童を見て、大月の銀獅子と呼んだ。
そんな十六の春、獅童は父親──総長に呼び出され、超王道高校への編入について打診されたのである。
「どういうことや、親父。あんたが言うたんやろ、この高校のてっぺんとったら家譲るて。なぁ!」
「……獅童。お前は荒すぎるんや。そんなんやったら、ついてくるもんもついてこぉへん」
縁側からは桜が見えていた。幼少の頃はよく分家の弟達と遊び、泣かせては母に叱られていた。
桜の下には誰もいない。一部屋十畳の和室に二人、父と子は向かい合っていた。
「大御門のガキが、お前を欲しがっとる」
大御門という名には聞き覚えがあった。家で集まる時には時々来て、獅童を舐め回すように、物欲しそうに見ている大人だ。獅童が義理程度に近づけば、可愛い可愛いと誉めそやす。極道の若頭相手に!
「お前を売ったわけやない。が、大月の男は代々、たった一人のために尽くすことを生き甲斐とする」
なにを馬鹿なことを。そう叫びたくなるが、事実母がいなくなり、父は腑抜けになってしまった。
かつては誰もが恐れた虎であったというのに、今は淡々と機械的にこの土地を治めている。
獅童はそれを何よりもよく知っていて、だからこそ自分が早く頭領にならなければと焦ってもいて。
「飼い主を見つけてこい、獅童──それでもここを継ぎたいんやったら、歓迎したるわ」
「親父……!」
そうして、大御門のもとへ売られる形で転入した。可愛すぎて襲われちゃう、だとか言って変装なんかさせられ──田中宗介へと出会ったのだ。
(最初はとんだ甘ちゃんやと思ったわ)
花や植物は母が好きだった。母の咲かせるような花を育てる男だと思った。
(やったのにな……)
義理は通さねばならない。けれど借りは溜まっていくばかりで、貸しとも思っていなさそうな男に一日で毒気を抜かれてしまった。
飼い主たるか否かは決めかねていた。
そうであればいいと思っていたけれど、彼の理想は、優しくそよぐ花のように儚く美しいだけだったから。
この程度の怪我で彼の理想が守られるなら、それも悪くはないと思えるほどに毒されていた。
でも。
「……っはぁー! 助かったよ獅童くん。意外とチャチャっと済んだね~」
「あ、はい……怪我大丈夫ですか?」
「馬鹿だな、獅童くんのが大怪我だろ」
用具室は半壊。
田中宗介は、大月獅童の引いていた最後の線をあっさりと超えて助けに来た。
自分の思っていたより、彼の理想は清濁を併せた上で口にした強固なものだった。
「とはいえ、俺は喧嘩弱いからさ。あのままだったらやばかったんだけど」
「あっ、頬、あんまかかんといてください。アトになったら嫌や」
「自分の心配しろ……」
弱い癖になんで出てきたんだ、とか、ほんとにあのまま殴られてたらどうするつもりだったんだ、とか言いたいことはある。
叫び出したいほどに他人を思ったのは初めてだった。
「お、あっちで走ってきてるの水瀬じゃん。てことは応援……え、犬神さま? 事態でっか」
「事態はでかいやろ」
「それもそうか……獅童くんめっちゃ大怪我だもんな」
「いや用具室の状況!」
あれ、と困り顔をした男はよくわかってないみたいだった。
たしかに、獅童の状態は危ない。
今まで何度も似たような怪我をして回復してきているとはいえ、他人から見たら大怪我だと騒ぎ立てられるような状況だろう。
けれど獅童にとってみれば、その喧嘩もしたことない、えくぼのある頬が腫れている方が耐え難い。
真っ先にメガネとウィッグを手に取った獅童を見て、何を勘違いしたのか田中宗介はブレザーを差し出してくる。
受け取って羽織れば、花と太陽の匂いがした。
これだ、と思う。
「……ふふ」
「? なに……あ、水瀬! 犬神さま! そっちに市ヶ谷くん達が……」
駆けつけた応援を見て、駆け寄っていく背中を見た。その背には陽が差していて、獅童は自分の太陽が見つかったような心地になる。
「あんたやったんやなぁ、田中センパイ」
苛烈な癖にとびきり優しい。臆病な癖に、肝心な時逃げはしない。
腫れた頬が自分のどの怪我よりも痛ましく見えたその瞬間から、飼い主が誰かは決まったのだ。
何事か話していた主人へ笑って近付くと、少し驚いた後、へにゃりと陽だまりのような笑顔を浮かべられてしまった。
「守ってくれてありがとね、獅童くん」
「……おん」
多分これからの人生、自分は、この笑顔のために簡単に何もかも捧げてしまうのだろう。そういう予感がする。し、自分の勘が外れたことはないのだ。
「これからもずっと、守ったりますよ。今日の借りもありますしね」
「貸した覚えないけど……でもあれだね、頼もしいじゃん」
わかってるのかわかっていないのか。
分かってないんだろうなぁ、と思う。だが仕方がない。
そんな男に飼われるのが、何よりも好きになってしまったのだから。
長く続く、大きな極道の家に産まれた大月獅童は、母親譲りの美貌と父親譲りの暴力性を兼ね備えている存在であった。
獅童にとってみれば家とは初めから用意され継ぐべきものであり、周囲にそれを不満に思う人間はいなかった。
分家の遥かに年上の男たちを己の腕一つで叩きのめし、格の違いを叩き込む。
誰かはそんな獅童を見て、大月の銀獅子と呼んだ。
そんな十六の春、獅童は父親──総長に呼び出され、超王道高校への編入について打診されたのである。
「どういうことや、親父。あんたが言うたんやろ、この高校のてっぺんとったら家譲るて。なぁ!」
「……獅童。お前は荒すぎるんや。そんなんやったら、ついてくるもんもついてこぉへん」
縁側からは桜が見えていた。幼少の頃はよく分家の弟達と遊び、泣かせては母に叱られていた。
桜の下には誰もいない。一部屋十畳の和室に二人、父と子は向かい合っていた。
「大御門のガキが、お前を欲しがっとる」
大御門という名には聞き覚えがあった。家で集まる時には時々来て、獅童を舐め回すように、物欲しそうに見ている大人だ。獅童が義理程度に近づけば、可愛い可愛いと誉めそやす。極道の若頭相手に!
「お前を売ったわけやない。が、大月の男は代々、たった一人のために尽くすことを生き甲斐とする」
なにを馬鹿なことを。そう叫びたくなるが、事実母がいなくなり、父は腑抜けになってしまった。
かつては誰もが恐れた虎であったというのに、今は淡々と機械的にこの土地を治めている。
獅童はそれを何よりもよく知っていて、だからこそ自分が早く頭領にならなければと焦ってもいて。
「飼い主を見つけてこい、獅童──それでもここを継ぎたいんやったら、歓迎したるわ」
「親父……!」
そうして、大御門のもとへ売られる形で転入した。可愛すぎて襲われちゃう、だとか言って変装なんかさせられ──田中宗介へと出会ったのだ。
(最初はとんだ甘ちゃんやと思ったわ)
花や植物は母が好きだった。母の咲かせるような花を育てる男だと思った。
(やったのにな……)
義理は通さねばならない。けれど借りは溜まっていくばかりで、貸しとも思っていなさそうな男に一日で毒気を抜かれてしまった。
飼い主たるか否かは決めかねていた。
そうであればいいと思っていたけれど、彼の理想は、優しくそよぐ花のように儚く美しいだけだったから。
この程度の怪我で彼の理想が守られるなら、それも悪くはないと思えるほどに毒されていた。
でも。
「……っはぁー! 助かったよ獅童くん。意外とチャチャっと済んだね~」
「あ、はい……怪我大丈夫ですか?」
「馬鹿だな、獅童くんのが大怪我だろ」
用具室は半壊。
田中宗介は、大月獅童の引いていた最後の線をあっさりと超えて助けに来た。
自分の思っていたより、彼の理想は清濁を併せた上で口にした強固なものだった。
「とはいえ、俺は喧嘩弱いからさ。あのままだったらやばかったんだけど」
「あっ、頬、あんまかかんといてください。アトになったら嫌や」
「自分の心配しろ……」
弱い癖になんで出てきたんだ、とか、ほんとにあのまま殴られてたらどうするつもりだったんだ、とか言いたいことはある。
叫び出したいほどに他人を思ったのは初めてだった。
「お、あっちで走ってきてるの水瀬じゃん。てことは応援……え、犬神さま? 事態でっか」
「事態はでかいやろ」
「それもそうか……獅童くんめっちゃ大怪我だもんな」
「いや用具室の状況!」
あれ、と困り顔をした男はよくわかってないみたいだった。
たしかに、獅童の状態は危ない。
今まで何度も似たような怪我をして回復してきているとはいえ、他人から見たら大怪我だと騒ぎ立てられるような状況だろう。
けれど獅童にとってみれば、その喧嘩もしたことない、えくぼのある頬が腫れている方が耐え難い。
真っ先にメガネとウィッグを手に取った獅童を見て、何を勘違いしたのか田中宗介はブレザーを差し出してくる。
受け取って羽織れば、花と太陽の匂いがした。
これだ、と思う。
「……ふふ」
「? なに……あ、水瀬! 犬神さま! そっちに市ヶ谷くん達が……」
駆けつけた応援を見て、駆け寄っていく背中を見た。その背には陽が差していて、獅童は自分の太陽が見つかったような心地になる。
「あんたやったんやなぁ、田中センパイ」
苛烈な癖にとびきり優しい。臆病な癖に、肝心な時逃げはしない。
腫れた頬が自分のどの怪我よりも痛ましく見えたその瞬間から、飼い主が誰かは決まったのだ。
何事か話していた主人へ笑って近付くと、少し驚いた後、へにゃりと陽だまりのような笑顔を浮かべられてしまった。
「守ってくれてありがとね、獅童くん」
「……おん」
多分これからの人生、自分は、この笑顔のために簡単に何もかも捧げてしまうのだろう。そういう予感がする。し、自分の勘が外れたことはないのだ。
「これからもずっと、守ったりますよ。今日の借りもありますしね」
「貸した覚えないけど……でもあれだね、頼もしいじゃん」
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分かってないんだろうなぁ、と思う。だが仕方がない。
そんな男に飼われるのが、何よりも好きになってしまったのだから。
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