悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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ヴィランの幕引き

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初めてキスなんてしたな。と頭の片隅で考える。唇を押し込んで、少し荒れているそこを舌で刺激する。見開いたアメジストには、そっくりな俺の目が映っていた。
兄弟だ。兄弟なのだ。こんなことは許されない。

──だなんて、そんな懊悩、とっくの昔に済ませている。愛する唯一。この男だから俺は愛も恋も全てを捧げられる。

「ん……んん……ッ!」

セリオンが弱々しい力で抵抗し、逃げようとする。狙いに気がついたのだろう。もう遅い。
舌で唇をこじ開ければ、腐りかけた歯の隙間からドロリとしたものが口内に逆流してくる。
新たな、強い依代を求めているのだ。

「っ」

灼けるような熱さに、一瞬顔を顰め、そのまま口を開けさせた。可哀想に。腐食が歯を溶かし神経まで到達している。酷い激痛だっただろう。
ルースは最もひどく腐れている足元にいつの間にか待機し、声を上げることもなくじっと俺の動向を観察していた。

(魔力には悪意がない。力そのものに、意志なんてない。ナイフに悪意も善意もないように──だから、セリオンを壊すために留まってるんじゃない)

周囲を巻き込まないように魔神の魔力を己に封じていた弟は、しかし適合もできず身体が急速に衰えていっていたのだ。
しかし脆くなった器から継ぎ足すように、見慣れた器が近付けば?

(俺をこの魔力が拒まないのもそう。力は力として、どこにその巨大さが収まるか理解している)

熱く、とても食えたものではない液体が弟の喉から溢れ出し、意思を持っているかのように俺の上顎を這い舌に絡まり喉の奥へと入ってゆく。タイヤのような味がする。食べたことはないが、臭いから想像できる味。

舌を伸ばし、上顎を撫で口内を弄り、口内の残滓を掻き出す。歯列を整えるようにくすぐって軽く固定魔法をかけた。ルースに治療してもらう際、うまく戻らなければ可哀想なので。

くぐもった声と、魔力を漁る水音が静かな、死の空間に響いていた。やけに粘性があって淫猥で、何も知らなければ恋人たちの熱烈な睦みあいに見えるだろう。

「ぶ……ん……ッんむ……!」

いやいやするように俺を押し返し首を振ろうとする弟を無理やり押さえつけ、ついでに空気も吹き込んでやる。さっきから息を止めてるだろう。まったく、呼吸は鼻でするものだぞ。
魔力の総量は明らかに減り、セリオンの力が強くなってくる。本気で向かってこられても俺の方が強いので問題ないが。

ルースに片手で合図をすれば、見えないが飛び散った肉片を集めて成形し始めた音がする。死の領域に微かに新しい空気が届いた。顔の周りを覆っているルースにも、セリオンにもわからないだろうが。

(俺にはいってくる分、適応するために周囲を変えてた空間が必要なくなってるのか)

思うが早いか、手をついている花畑の花が枯れてゆく。さぁ、と音がつき大樹が消滅して陽の光が落ちてきた。目が覚めた時よりも少しだけ傾いていて、もう直ぐ夕暮れが集落を染め、狩りに出ている男衆は帰ってくる事だろう。

喉に流れ込んでくる液体の量も少しずつ減っていってらその代わり胎内で何かがとぐろを撒き始める。内臓が焼ける。胃の腑が溶け落ちそうだ。

「アーノルド様! 治療開始します」

先程からセリオンの様子を見ていたらしいルースの声に反応し、俺は口内に残った残滓をまさぐって口内に入れ、ごくんと飲み込んだ。
介抱した弟は酸欠で真っ赤になった顔で俺を見上げていて、痛みも何もかも混乱の向こう側にあるらしい。ぎゅうと掴まれた外套が皺になりそうだ。

「…………にいさん。なんで……」
「馬鹿が。お兄様を舐めるんじゃねぇ……ぅぷっ」

気持ち悪……。体の不調が全部一気に襲ってきたような感覚だ。頭痛で頭はガンガンと鈍く痛んでいるし、内臓全体がひっくり返るくらいにしんどい。思わず脂汗が飛び出るが、だからといって蹲って動けないかと聞かれれば、そんなことはなかった。きっと進行したとしてもそうはならないだろう。

「アーノルド様、ご無事ですか? ……体は腐ってはいないようですが」
「ゔぇえ。無事に見える?」
「僕からは、先程より安定しているように見えています」
「おう。正解だ。無事無事……」

ただ至急、本当に、できるだけ早く、俺が戻ってくるまでにできるだけ高くて高級な鉱石を探しておいて欲しいと言伝しておく。シェルフに戻ってウチャにでも頼めばいいものが出てくるだろう。行商人との伝手が四方八方にある男だから。

頷くルースが、セリオンの体を抱え上げる。表面はある程度繋ぎ止めたらしく、胞子の残滓が残る場所ではなくシェルフで、薬と並行して治療を行うつもりだろう。

「一応、もう常人が使ってもいい程度の毒素だが、ウチャに封鎖するよう伝えておいてくれ。長く使うのはよろしくない」
「畏まりました。アーノルド様は、どちらへ?」

大きな魔力の移動で随分力を使ったらしく、セリオンがぎゅうと外套を握ってくるも、その目はしばしばと瞬いていた。外套を外し、ボロボロのそれをゆっくりとその体にかけてやる。

「そうだなぁ」

大人の男になったと思ったけれど、眠たげな顔は存外可愛らしい。幼い頃、中庭で泣きながら眠った子供を思い返す。あれはなんだったっけ? 魔法の訓練をして、どうしても勝てなくて怒っていたのだ。

あの頃のように汗で張り付いた前髪を払ってやって、滲む脂汗を拭う。ドロリとした目がこちらを向くのに手を翳して仕舞えば、次第に体から力が抜けてぐったりと目を瞑った。

「八つ当たり♡」

いつも通り、にこりと笑ったつもりだったけれど。ルースの目に映った俺は、獣のように凶悪な笑顔を浮かべていた。


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