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15 やや微ざまぁ回。(梁瀬side)
しおりを挟む『どういうつもり?』
受話口から高圧的な声が聞こえてきたが、誰だかわからなかった。
やはり知らない番号は取るもんじゃない。
「何方ですか?」
開口一番から何だか失礼な奴だが、一応は聞いてやらなきゃなるまい。
『奏だよ。婚約者の声もわからないのかよ?』
後悔。取るんじゃ無かった。
声なんか覚えてる訳ないじゃん。
親しかった訳でもない、話した事はほんの数回。
婚約迄も後も、動いていたのは主に親達だ。
婚約披露パーティーとやらの時でさえ、了承していなかった僕は騙し討ちみたいに呼ばれてそこに居ただけ。
此奴がニヤニヤしながら僕を見ていた覚えはあるけど、正直微塵も興味が無くて、会の途中でさっさと社に戻ったのだ。
「ああ…木本君か。
わからなかったよ。何か用?」
『そんな訳ないでしょ。
何なんだよその態度。』
「…あのさ。わかんないかな、仕事中なんだけど。
何かあるなら手短にお願いできませんか。」
平日の午前中だよ。
『そんなのどうでも良いよ。
それより、何なんだよあの男。どういうつもり?』
不思議だな。こんなに短時間でこんなにも人をイラつかせる話し方が出来るなんて。
「あの男?」
『あの冴えないβだよ。
わかってる?君、俺と婚約してるんだよ?』
「は?」
あの冴えないβ。とは、まさか僕のダーリン真治さんの事か?
え、此奴ふざけてんのかな?
何処をどう見たら冴えなく見えるんだ?貴様の目は節穴か。
「もしかして僕の彼の事仰ってます?」
『彼?彼ってなんだよ!!』
「彼は彼氏。恋人ですよ。
そこ迄ご存知なら僕と彼の関係だってとっくに知ってるんでしょう。」
僕は始終声のトーンを変えずに言った。
それがまた気に触ったのか、相手はトーンアップしていく。
『そんなの許されると思ってんの?!浮気だよ?!
今すぐ別れろ!
婚約破棄されても良いの?』
「はっ。まさか君の口からそんな言葉が出るとは思わなかったよ。」
僕が堪らずせせら笑うと、木村は はあ?とヒステリックに喚いた。
『どういう意味だよ!!』
「あのさあ、木本君。
僕が何も知らないと思ってる訳じゃないよね?」
わざと長い溜息を吐いてやると、木本が少し黙った。
『…何の事だよ。』
「僕、不本意だけど君とは小学校から同じだろ。
学生時代からの君のご乱行が未だに継続中な事くらい、把握してるよ。
…ったく。父が言うんじゃなきゃ、君みたいな人と婚約なんて…。」
つい吐き捨てるように吐露してしまう。
は?と木本が間の抜けた声を出した。
「あのさぁ…。
僕らお互い、興味無いじゃない。何故、僕が望んでるみたいな風に言ってくるのかな?」
『…照れ隠しでしょ?
男が俺に興味無い訳ないじゃん。それに、君はαなんだし…。』
「…は?」
え、バカにしてんの?
αだから何?
『…だ、だって、αが俺を抱きたくない訳ないし…』
「…君の周りのくだらない三下共と1括りにしないで欲しいな。僕、セックス出来ればゴミでも構わないようなプライド無い人間じゃないからさ。」
木本はやっと黙った。
「それに、僕が再三拒んでたのを勝手に進めたのは父と祖父だからね。僕、婚約指輪も指を通してないから。
折を見て解消の話持ってくつもりだったんだ。
父や祖父がこれ以上強行するなら僕にも考えがあるしさ。」
『…何をしようってんだよ。』
「君には関係無いだろ。」
空気を読まず相手の状況を察する努力もする気の無い人間との会話は不毛だ。いい加減切り上げたいと思った僕は、
「さよなら。」
とだけ言って通話を終了した。
切った後のスマホの画面を見ながら思う。
このままでは済まないんだろうなあ…と。
まあ、コテンパンにしてやるけどね。
「木本さんのご子息と揉めたそうだな。」
退社時、役員フロアのエレベーター前で父に捕まった。
「ああ、お聞きになられましたか。」
僕が無表情に答えると、父が苦々しい顔で言った。
「仲良くしなさい。生涯を共にする相手だぞ。」
これはダメだ。
相変わらず父や祖父は僕を会社の道具の1つとしか見ていない。僕の幸せを考えてくれる事は無い。
ならばもう此方も遠慮無く言おう。
「再三申し上げても聞く耳を持っていただけませんでしたね。
もう一度申し上げておきます。僕は木本君とは結婚はしません。」
「…我儘を…」
「我儘を仰って駄々を捏ねているのが何方なのか、本当にわかりませんか。」
何時になく饒舌な僕に異変を感じたのか、父が黙る。
「ご再考いただけないのならば、僕は家を出ます。」
母が亡くなって以来初めて、父が僕を真正面から見た。
怒りなのか、戸惑いなのか、その表情は僕には読み取れない。
「僕は会社の為の道具として生まれたつもりも、そう生きていく気もありません。
僕の力だけでは不足とおっしゃるのならば、分家の中から会社や家の為に生きてくれそうな、然るべく人材を選び 後継者に据えると良ろしい。」
眉間に皺を刻んだ父の顔が歪んだ。
僕の反目が本気だと、やっと理解したようだった。
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