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24 木本 利一
しおりを挟む冬の雨は物悲しい。
灰色の空から落ちてくる雨粒たちは、立ち枯れた木々を濡らし凍えさせる。
ベッドから降りて窓辺に寄り、そこから見える景色を眺めながら、俺も雨より雪の方が好きだな、と利一は思った。
俺も、と言ったのには思い浮かべる相手がいるからだ。
利一は長い髪のほつれを直す為に一度黒ゴムを外し、ブラシを通してまた纏めた。
美しい、灰褐色の長い髪。
元々こんな色だった訳ではない。
大切なものを失った歳月は彼の色んな部分をゆっくりと変えた。
変わらないのは、その優しげな面差しと愛する者を思う心だけ。
もの静かなその佇まいとは裏腹な、冷たく燃える炎を利一は内に隠し持っている。
「お前はッ、ケダモノか!!」
あの日父に投げつけられた言葉と侮蔑の眼差し。
兄の、憐憫を含んだ瞳。
全てに恵まれて生まれた利一の唯一の不幸は、実の弟を愛してしまった事だった。
弟が母の腹の中にいる時から感じていた、特別な予感。
産まれてきた弟を初めて見た時の、全身を貫いた衝撃。
未だ8歳の幼い身で、バース性や運命などの知識も殆ど無い時期に、利一は本能で運命を選ぶ事を知っていた。
だがその愛は、後に鬼畜の所業 と呼ばれる。
小さな弟は天使のように可愛らしい赤ん坊だった。
可愛くて愛しくて、学校から帰って手を洗うと真っ先に弟のいる母の部屋に向かった。
柔らかい丸い頬はぷよぷよとしていて、優しく指先でつつくと硝子玉のように澄んだ大きな瞳が利一を映した。
ミルクの匂いのする小さな小さな桜色の唇が可愛くて、何時迄でも眺めていられた。
数ヶ月もすると、弟は家族の足音を聞き分けられるようになったのか、ドアを開けるのが利一の時には必ず目を覚ましているようになった。
「奏坊っちゃまはよっぽど利一坊っちゃまがお好きなんですねえ…。」
と、ばあやに何時も笑われて、利一はとても嬉しかった。
美しい母によく似ている弟は、親族中のアイドルだった。
正月や行事の集まりなどでは、皆が弟の頭を撫でる。
(俺のなのに…。)
思春期に差し掛かりつつあった利一は常に独占欲と戦っていた。
弟は皆の愛情を受けすくすく成長していった。
健康診断で背が伸びてたよ、通知表、成績上がったよ、みて!…と、弟は直ぐに利一の膝に乗る。
幼い弟に妙な気を起こせる筈も無く、かといって 群がって来る男女などを相手に他で発散出来る程割り切れる性格でもない。
弟を思って自分で慰める日々だったが、周囲にはストイックなイメージを与えていたようで複雑な気分になった。
弟が中学に上がると利一の懊悩はピークに達した。
小さな頭、大きな瞳、細く長い手足。華奢な体躯は少年というには僅かになだらかな曲線を含み蠱惑的でさえある。
学生服の襟から伸びる細い項からほんのりと特有の香りが放たれ出すと、父は弟の首に特注品のチョーカーを取り付けた。
皮肉な事に、無粋に見える筈のその道具は、デザインも相まって弟の美しい首に良く似合ってしまった。
これでは貞操を守るどころか変な虫を誘き寄せてしまいはしないかと、利一は内心焦った。
番にされる事は防げても、単純に体目当ての連中だっているのだ。
毎朝登校する為に車に乗り込む弟を見送りながら、常に一緒にいて守ってやれない事がもどかしかった。
その当時利一は医学部に通っており、弟と過ごせる時間も以前程には取れなくなっていた。
そんな時、体調を崩し気味だった弟は初めてのヒートを起こしたのだ。
抑制剤を服用していても、初めてのそれは辛そうで、利一はそんな弟に欲情する自分を恥じ、必死で理性を保った。
けれど…。
「ちぃ兄、あついよ…つらいよう…」
泣きじゃくる弟に、何もしてやれない自分を恥じながらも、利一は弟の内に自身を埋め、そして覚悟を決めた。
何れ、この子を連れて家を出ると。
未だ未成熟な弟を抱いてしまった事を申し訳無く思った。
そして、全ての罪科は一生自分が背負っていくつもりだった。
弟と引き離されたあの日からもうどれ程の時が流れただろうか。
長兄以外の家族が此処へ足を運んだ事は無い。
(大きく…なっただろうな。)
自分の髪が伸びる度にあの子が成長した姿を想像する。
どんなに綺麗になった事だろうか。
自分が居なくなって、どう思ったんだろうか。
泣いているのか、それとも恨んでいるのか。
弟は利一を慕っていた。
最初から利一に抱かれる事に嫌悪感も拒否も無かった。
そうなる事がわかっていたかのように、2人の体はすんなり繋がった。
利一はやはり、弟が自分の運命なのだと思った。
だが、弟がどう思ったのかはわからない。
気が狂いそうになるほどに静かなこの部屋の窓には格子がある。
空調も何もかもが揃って3度の食事にも不自由は無いが、テレビも電話も無い。刃物などの危険物も使えない。
要望が通るのは、書物だけ。
週刊誌などの外の情報が入るものは受け入れられない。
あの日からずっと、利一はここで飼い殺されている。
いっそ気が狂うか、死なせてくれたら良かったものを…。
数ヶ月に一度、見舞いと称して兄が来る。
別に何処も悪くはないんだけどな、と思いながら利一が薄く微笑むのを見る度、兄は唇を噛んで痛々しげに自分を見るのだ。
兄が利一に同情的なのは知っている。
けれど父には逆らえない。
仕方の無い事だ。
木本の当主は未だ父であるのだから。
そして父という人間は、末の弟を可愛がりながもその価値を最大限に利用しようと考えている計算高い人だ。
「奏は元気だ。」
兄が、そう口にする限り、利一はまた生き続けなければならない。
「明日はあの子の好きな雪になると良いな…。」
この空の下で弟が息をしている事だけが、今の利一の只ひとつの幸福だ。
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