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㉚
しおりを挟む麗都が祈里を連れてホテルから外出したのと同時刻、18時40分。テンマはいつものようにY’stでナンバーホストの卓のヘルプについていた。
起きてからLIMEのチェックをして、客とのやり取りはしているものの、今のところ指名の来店予定は無い。昨日に引き続き連日お茶引きは不味いので、比較的呼び易い客数人に「そろそろ顔が見たい」などと誘ってはみたのだが、「もしかしたら合コン後に寄れるかも」という曖昧な返事を寄越したのは1人だけだった。数年ホストを生業にしているにしてはお粗末過ぎる。しかも今日は、先ほど店長に捕まって、「営業終了後に少し話がある」と言われてしまい、何の話かと今から気が重い。しかし、それも仕方ないかと思う。
最近、テンマの勤務態度はあまりよろしくなかった。少し前までは、売れないなりにも日中マメに営業をかけて、それなりに客を呼ぶ努力をしていた。ランカーになれないまでも、それなりに売り上げをあげようとしていたのだ。あまりに成績が悪いとクビを切られてしまうし、何より、後から入店して来た後輩達に軽々と抜かれてしまう悔しさもあった。テンマだってホストを始めたばかりの頃は覇気があった。店のナンバーに名を連ねていた時期もあったのだ。太客も付いてくれて、順風満帆だと思っていた時期が。だが、その頃に覚えてしまった風俗遊び…というより、たまたま出会ってしまった風俗嬢にハマり過ぎて、そこからズブズブと身を持ち崩してしまった。
ホストが客として風俗店やキャバクラに行き、嬢に自分の客として店に来てくれるように営業を掛けるのはよくある事だ。大抵相手にされない事も多いが、たまに気が合うと客として来店してくれたりもする。中には何度か通って嬢を口説き、色恋関係に持ち込んでから正体を明かして店に通わせる強者もいるが、どちらにせよホスト達がそれらの店に行くのは、客を掴む為だという事に変わりはない。
ところがテンマの場合、当たった嬢が悪かった。悪かったというより、嬢の方が何枚も上手だった。それもその筈、その嬢は若くして既にいくつもの店を渡り歩いて来た、海千山千のベテラン嬢だったからだ。そんな嬢が、たまたまキャンセルでポッと空いた時間に、テンマに付いてしまった。
店で売れて自信満々になっていたテンマは、風俗嬢を客にするなど訳がないと高を括り、通された風俗店の個室の中で手ぐすねを引いて待っていた。しかし、入って来た彼女の、風俗嬢とは思えない清楚な美貌に一目惚れしてしまう。そして、プレイに入ると彼女の卓越したテクニックで骨抜きにされてしまった。
そこからは早かった。
テンマは彼女を指名して店に通うようになり、自分の営業にも身が入らなくなった。嬢へのガチ恋である。しかも彼女は、常時店のナンバー3に入るような人気嬢だったので指名料も高い上、予約も取り難かった。それでもなんとか予約を取り、嬢に会いに店に通った。その内、彼女に入れ込んだテンマは、店の時間枠に縛られた逢瀬だけでは物足りなくなり、嬢にプライベートでの付き合いを申し入れた。
「風俗辞めて、俺と付き合ってくれ」
嬢は「経済的事情があって店は辞められない、でも気持ちは嬉しい、ありがとう」などと適当な事を言ってあしらったのだが、諦め切れないテンマは何度も執拗く彼女に迫った。それこそ、自分の仕事をそっちのけにして。
当然のように成績と売り上げは落ちていった。
こういう場合、自分が経済的に彼女の助けになりたいと考える漢気のあるタイプも稀に居るが、残念ながらテンマはその稀ではない方のタイプだった。
そういう事は考えず、ただただ嬢を独占したいばかりに粘着し、仕事に嫉妬した。自分の店に指名が来ていて卓を持っていても、嬢の退勤時間が近くなれば抜け出して行って出待ちした。風俗店側の注意と、営業中に客を長時間ヘルプに丸投げするなという、Y’stのマネージャーの言葉も無視して。
そんな事が度重なり、とうとう嬢が消えた。
文字通り、店からも街からも消えたのだ。勤務していた店舗に問い合わせても、移籍先は聞いてない知らないの一点張り。慌てたテンマは、風俗専用ネットを検索し、あらゆる地域の風俗店の新人情報を虱潰しに調べたが、元より顔出しもしていない嬢。名前を変えて別の店に入店していれば探しようがない。
そうしている内にもテンマからはどんどん客が離れていき、成績は下から数える方が早くなり、ある日とうとう店長に呼び出された。そこでようやく、テンマは目が覚めたのだ。
普通なら問答無用でクビを言い渡されるところを、「辞めるか?」という問いに変えてくれたのは、おそらく店長の最後の情けだった。一時は好成績を上げていたから、真面目にやらせればあるいはまた、という計算もあったのかもしれない。
それに、あれだけストーカーまがいの事をしておいて、運良く通報されず、被害者である嬢だけが姿を消して終わっている。まあ、嬢自身にも警察を頼れない事情があったのか、単に後暗い事でもしていたのかもしれないが、とにかくこの件で、表向きはテンマに傷は付いていない。
それが、店長的な情状酌量の理由であったと思われる。
結局、テンマは店長に土下座をし、迷惑をかけたマネージャーやキャスト達にも頭を下げた。またゼロからのつもりでやる、と約束もして、それから暫くは本当に真面目に仕事に取り組んだ。しかし、以前の太客達は既に他店に担当を作り戻ってきてはくれず、ヘルプで掴んだ枝も細客にしかならなかった。
結果を出せない日々に嫌気がさし、その憂さを晴らすかのようにまた、風俗遊びに足を向けてしまった。仕事で気を使って相手をする客の女性達とは違い、気を使って接客される側は気分が良く、以前の嬢相手ほどではないがまたハマった。しかしそうなると、今の少ない給料ではすぐに限界になる。
金が欲しいと思った。けれど今のテンマには、店で金を吐き出してくれる客は居ない。
そんな時にたまたま目に付いたのが、ゲイの出会い系アプリだった。
(ここでオッサンでも誘き出して金だけ取ってやろうか)
実は学生時代、あまりよろしくないグループに属し、セコい悪さだけはそれなりにしてきたテンマがそう思いついたのは当然の流れと言える。なのに、よりによってテンマの目についたのは、口元から上半身の写った若い男のプロフ。細い顎に形の良い唇、細い首。大きめの丸首シャツから覗く、綺麗に浮き出た鎖骨。全体的に線が細く、品の良い印象を受ける。
(大学生か。最近はオッサンより学生の方が金持ってるかも)
そう思って、そのプロフにいいねをつけた。
どうせ金を取るだけの相手なら、若くてヒョロい男でも、脂ぎった中年男でも同じだと思っていたからだ。
それから、返信が来たのを皮切りにやり取りを始め、得意の色恋トークを繰り広げた。回を重ねる毎に相手が自分に傾いてくるのが手に取るようにわかり、久々の手応えにテンマも結構楽しんでいた。
この時点までは、テンマにもまだ余裕があった。
まさか、初めて顔を合わせた相手の男に、 ヘテロである筈の自分の根幹を揺らがされる事になるとは思いもしていなかったから…。
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