NO.1様は略奪したい

Q矢(Q.➽)

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 祈里の体を包み込むように抱きしめながら、まあ、予想していた通りだったなと麗都は思った。テンマは"恋人"という言葉を使い、相手の自尊心を擽りながら縋った訳だ。薄っぺらいがテンマもホストの端くれ。世慣れしていない大学生一人、言いくるめて尽くさせるのは赤子の手を捻るが如く容易かった事だろう。疑う事を知らない子を毒牙にかけやがってと、麗都は怒りが再燃して来そうになるのを、祈里の髪を撫でる事で堪えた。

「あの...」

 暫く麗都の腕の中でじっとしていた祈里が、おずおずと口を開いた。

「うん?」

「あの、どうしてあなた...」

「麗都」

「...麗都、さん...みたいな人が、そんなに僕や天馬の事を知ってるんですか?僕、天馬から麗都さんと仲が良いなんて話も聞いた覚え、無いですし」

 そう言って、じっと見つめてくる祈里。もっともな疑問だ、と麗都は思った。
 今の祈里の心の中は、テンマへの疑心暗鬼でいっぱい。そして、それ以上に麗都に対して疑念を抱いているだろう。初対面の男に自分の現状を言い当てられて、本当の恋人になるなんて言われたら、普通なら恐怖を抱くものだ。急に与えられた情報量の多さに混乱していたが、やっと少し処理が追いついて来て質問する余裕が出て来たというところか。
 では、麗都も洗いざらい答えてやらねばなるまい。

「そうだね。そう話した事は無いね」

 そう答えると、ますます不可解という表情になる祈里。だが、にこりと笑みで返した麗都に頬を赤らめて目を泳がせた。やはり祈里、チョロい。
 しかしチョロいなりに頑張って問いかけを続ける。

「僕とも、今日が初めてですよね」

 これは麗都が待っていた質問だ。さて、どう答えようか。2人の間に、数秒の沈黙が流れる。
 
 そして、麗都は口を開いた。

「...〇〇県、〇〇市。聖シモン小児医療センター」

「え」

「子供の頃、俺が入院してた病院。知ってる?」

「あ、はい。そりゃ、実家の近くだったから、子供の頃はかかりつけ医でしたけど...」

「そうだろうね。じゃなきゃ、あんなに毎日お見舞いに来ないよね」

「お見舞い?...えっと?」

 案の定、祈里はピンと来ていない様子だった。麗都も、「あの時の!!」なんて反応を期待していた訳ではなかったから、その反応を見ても特に気落ちする訳ではない。麗都自身だって、2、3歳だった頃の記憶なんか殆ど無い。それに、覚えていないのなら、覚えている方が教えてあげれば良いだけだ。

「俺と君は、そこで会ってるんだよ」

「...えっ?」

 流石にその情報だけでは適当な事を言っていると思われそうで、麗都はもう少し信憑性のある情報を追加する事にした。

「よく一緒に君のお気に入りの飛行機で遊んだよね。お母さんはお兄さんに付きっきりだったみたいだったから」

 それは効果てきめんだったようで、強張っていた祈里の表情は、驚きと共に緩んだ。
 事故による骨折と怪我で思うように動けず、フラストレーションのままに我儘に振る舞っていた祈里の兄と、大怪我を負った息子不憫さに病室に付きっきりになって、祈里を放置気味だった母親。小児科病棟内だから人目もあり、滅多な事にはならないだろうと思っていたのだろうが、あまり褒められた事ではない。看護師達は保育士ではないのだから患者でもない子供をそう構う事も出来ず、第一忙しい。そもそも本来は完全看護の病院だったのだから、いくら近所だからと毎日来る必要は無かった筈だ。入院患者の中には実家が遠方にあって、滅多に家族が面会に来れない子供だって少なくなかった。麗都はまあ、ちょくちょく祖母が来ていたからまだ良い方だったのだが。
 
「...お兄ちゃんが事故にあって入院して大変だったってのは、何度か聞いた事があります。でも僕はそれはよく覚えてなくて、...」

 何かを思い出そうとするように、神妙な顔つきで唇に折り曲げた人差し指をあてる祈里。その仕草がまた可愛くて身悶えしそうになる麗都。

「広くて真っ白いとことかお部屋で、誰かと居たって事しか...。ああ、やっぱりあんまり...」

「うん、だろうね。あの年齢の事を覚えてる方が逆に凄いよ」

 麗都としては、思い出そうとしてくれただけでも嬉しいので、それは全然構わなかったのだが。

「ただ、楽しかった事だけは覚えてるんです。遊んでたのが誰かってのはわからないんですけど。」

「そっか」

「ごめんなさい」

「君が謝る事じゃないよ」

 こういうところだ、と麗都は思う。麗都の言っている事が事実かどうかの裏取りもしないままに信じて、覚えていない事に罪悪感を覚えて謝罪する。そりゃ三流テンマには格好の餌食だっただろう。
 しかし、それも今日までだ。これからは自分がしっかり守っていくし...と考えている麗都に、祈里がまた問いかける。
 
「でも...恋人になるってのは、どういう事ですか?面識があったってのはわかりましたけど、小さい頃の事ですよね?」

 と言った後、じっと麗都を見て、目を伏せる祈里。

「もしかして、揶揄ってます?」

「揶揄う?」

「だって、麗都さんってすごい人ですよね?僕、知ってます。天馬が言ってました。ウチのNO.1は視線か指の一本動かすだけで売り上げが数百万単位で跳ね上がるって」

「大袈裟だよ」

 実際のところ、それは誇張ではなく事実だ。しかし一応謙遜はする。麗都は別に、自分から金を要求するような営業はしていないからだ。麗都の芸術的顔面に対して客が勝手に課金する為、結果的にそうなってしまっているだけである。本人的にはごく常識的な普通の人間のつもりだ。しかし常識的な普通の人間は、たかだか3週間程度探偵を雇うのに一千万からの金は使わない。 麗都は自分も十分非常識な存在だという自覚が無かった。
 が、祈里にとってそんな謙遜などはどうでも良く。

「どうして僕なんですか?こう言っちゃなんですけど、僕と麗都さんじゃ世界が違うと思います...。それに...僕、天馬の恋人です」

「だからそれは、」

 麗都が話そうとするを遮るように、祈里が言葉を被せる。

「それに!もし麗都さんの言ってる事が本当だとしても、僕は天馬が女の子といるの見てないし。本人に確かめた訳でも、ないし...」

 悪足掻きするようにそう言った祈里だったが、そのセリフは次第に尻すぼみになって途切れた。
一応、まだテンマを信じる気持ちが残っているのだろうか。それとも、自分のしてきた事が全くの無駄だったと認めたくないからか...。
 強気なセリフを吐いた割りに、自信なさげに膝の上でしょんぼりと俯く祈里。

(見てないし、確かめてないから、ね...)

 ならば、と麗都は祈里を抱いたまま立ち上がり、ベッド脇に立たせながら言った。

「なら、今から行こう。服脱ぐ前で良かった」

 麗都は訳がわからずに目を白黒している祈里の乱れた服装を直してやり、その左手に自分の右手を絡ませて手を引き、寝室を出た。そして部屋の出入口に向かう。

「行くって、何処へ?」

 慌てて問う祈里に、麗都は微笑みながら返事を返した。

「店だよ。Y’stだ。テンマ、今日も出勤だろ?だからそこで見てみりゃ良い。本当に女に興味が無い人間の接客態度なのか」

「店...」

「俺の言った事が本当だって、わかると思うよ?
オーナーや店長にも聞いてごらんよ、テンマの売り掛けはどれくらいあるのかって」

「...」

「君が体を張り続ける価値が、本当にアイツにあるのかな?」

肩越しに振り向いた目に、祈里の喉がゴクリと上下するのが見えて、麗都はうっそりと笑った。

 見ていないから信じられないのなら、事実を突きつけてやれば良い。確認を取っていないから納得出来ないというのなら、本人に直接問い質してやれば良い。
 アイツが言い逃れなど出来る筈のない場所で、強制的に。

裏切りを全部知って、祈里が涙を流した瞬間から、麗都はテンマへの断罪を開始する。










 
  


 



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