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しおりを挟む「可愛いね、祈里クン」
「え」
言ってから、しまったと思う。案の定、祈里の表情が変わった。それはそうだ。此処に至っても麗都と祈里はまだ世間話程度の短い会話しか交わしておらず、簡易な呼び名すら名乗りあってはいない。名前を知っているのは不自然だ。
だがまあ、口にしてしまったものは仕方ない。遅かれ早かれ話す事になるのだし、下手に誤魔化す必要は無いか、と麗都は判断して言葉を続けた。
「俺は君を知ってるよ。祈里クン。これから君の事は、俺がずっと買い上げる」
ずっと。つまり、一生という意味で。
けれど、まだ何も知らない祈里にその言葉の真意がわかる筈も無い。何の冗談なんだ?とでも言いたげな表情で麗都の顔を見上げてくる。間近に見る祈里の可愛い顔は思っていた以上にあどけなく、麗都は一瞬、幼かったあの日に戻ったような錯覚を覚えた。
(やっぱり可愛い)
あの頃、祈里…ぴぃくんは、くすんで灰色だった麗都の日常を明るく照らす天使だった。なのにその天使は、来てくれても夕方になれば母親に連れられて帰っていってしまう。それがいつも不満だった。きっと自分に弟が居るか出来るかしても、ぴぃくんのようには可愛くない、可愛がれないと本気で思った。ずっと麗都のそばに居てくれたら、絶対に大切に可愛がるのに、と。
そして今、そのぴぃくんは麗都の腕の中に居る。あの頃のままの澄んだ瞳で、麗都を見つめてくれている。自分は天使を取り戻すチャンスを掴んだのだと思った。
「二度と他の客は取らせないから、そのつもりでね」
そんな宣言と共に奪った唇は柔らかく甘く、麗都はすぐに夢中になって天使を貪った。
本当はそのまま抱いてしまうつもりだった。
けれど、唇を離して言葉を交わすと、祈里の瞳がみるみるうちに涙で潤み始めて、麗都は慌てた。
「ちがう、僕はほんとは、こんな事…」
祈里は自分が艶事の前戯のつもりで言った"淫乱"という言葉に反応したのだと悟り、麗都は激しく後悔した。 いくらこれからそういう行為を前提にしているからといって、 "淫乱"なんて表現を安易に使うべきではなかった。こういった言葉は人を選ぶし、既に気分が盛り上がっている時であっても嫌がる人は嫌がる。特に祈里の場合、テンマの為にウリの仕事をしているのだから、本人的には"金を稼ぐ為に耐えている"という気持ちなのだろう。配慮が足りなかった。
「ごめんね、あんまり可愛かったから、つい」
謝罪を口にしながら祈里を抱き起こし、膝の上に乗せた。祈里の体が予想していたよりもだいぶ軽かった事に驚きつつ頭を撫でる。つるつるとした、触り心地の良い素直な髪。
麗都のヒザの上でしゃくり上げる祈里は子供のようにいたいけで、見ていると胸が罪悪感でちくちくと痛む。それなのに。泣いている彼も愛しくて堪らないと感じているなんて。
(俺、やっとこの子に会えて、何処か変になってるのか…?)
「本当はこんな仕事は嫌だ」と涙声で言って、腕の中で震えている祈里。守ってやりたい。彼を利用し、傷つけ、蝕む全てのものから。いや、守っていく、これからはずっと。
麗都は改めてそう決意し、祈里の背中を撫で続けた。
暫くして、泣き止んだ祈里が手の甲で目元を拭った。
「えっと、ごめんなさい、大丈夫です。今のは何でもなくて…」
胸元から麗都の顔を見上げて来た祈里はぎこちない笑みを浮かべていて、それがますます痛々しい。今の自分が何故此処に居るのかを思い出して、仕事を再開しなければと思ったのだろうか。しかしこんな状態の祈里を好きにするのは、どうにも抵抗がある。麗都は細い体を安心させるように抱きしめて、優しく言った。
「大丈夫だよ、俺は全部わかってるからね。君みたいな子がこんな真似をさせられている理由も、君を苦しめているものの正体も」
見開かれる瞳。表情に怯えが滲んだのは、初対面の筈の麗都がなにを知っているのかとの畏怖からだろうか。
けれど、それを目の当たりにしながら麗都が思ったのは、(やっぱり…)だった。
やはり祈里は苦しんでいた。宇高は、祈里が割り切っているように見えたと言っていたが、それはあくまで宇高の主観だ。他人からの見え方と当人の感情に齟齬があるのは珍しい事ではない。平静に見えても少しずつ溜め込んでいる場合だってある。そして
溜め込んで張り詰めたそれらは、ある時何かの拍子で決壊してしまう。
そんな風に考えると、祈里の精神はもうかなり追い詰められているのではないだろうか。初めて会った客である麗都の、何気ない言葉で涙を見せてしまうくらいなのだから。なのに、まだテンマの為に仕事を続けなければならないと思っているなんて。
店で女性客を相手にしてやに下がるテンマを思い出し、嫌な気分になる。ろくに客も呼べないというあの三流が、どれだけの口弁を垂れて祈里をその気にさせたのだろうか。和久田の調べでは、祈里は物静かで控えめな性格だという。テンマに会ってさえいなければ、売〇なんてする事はなく過ごしていただろう。それを思うと、テンマが憎くて堪らない。
だから麗都はこれから、祈里にテンマの真実を伝える。伝えて、祈里にかけられた呪縛を解く。
「テンマね、女が居るよ」
「隠さなくても良いよ。祈里クン、天馬にウリさせられてるんだろ?」
「アイツは無類の女好きだよ。しかも、入れ込むのはいつも風俗嬢」
「そりゃ、金はいくらあっても…だよね」
最初こそ否定しようとしてきた祈里だったが、麗都が次々に事実を繰り出していくと…思い当たる節があるのだろう、真っ青になって押し黙ってしまった。真実は時に、残酷に心を切り刻む刃であり、心にめり込む弾丸だ。麗都だって傷つく祈里を見るのは辛い。だが、テンマという膿を出し切るには必要な痛みなのだと心を鬼にして告げた。
「これからは俺がアイツから守るよ。君はあんなつまらない男に搾取されて良い人間じゃない」
「搾取…」
すっかり意気消沈したらしい祈里の顔からは表情が抜け落ち、曇った瞳からは星空は輝きが失われた。麗都の膝の上、人形のように微動だにしなくなる。
可哀想に。あの屑を信じていたんだろうに、どれほどのショックだろうか。
辛いだろう。ただでさえ摩耗していた心が傷だらけになり、今まさに血を流しているのかと思うと、麗都の胸も苦しい。
だが、これで祈里は目が覚める筈だ。そして目が覚めた祈里を地獄から引っぱり上げて、今度は麗都が魔法をかける。一生解けない恋の魔法をだ。
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