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香原 襲来 (弓月)

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近所のスーパーで白菜と豆腐と、入れたい具材やゆずポン酢、缶チューハイを数本買った。
普通の買い物だけでこんなに楽しいなんて、恋ってすごい。

忠相さんは本当は蟹より海老の方が好きらしい。
だから今日は海老も入れちゃうらしい。はい可愛い。

あと、酒は実はそんなに強くなくて、缶チューハイなら一本で酔ってしまうと聞いたので楽しみだ。

「だから普段はあんまり飲まないよ。人前で酔うと恥ずかしいからさ。
今夜は特別。」

それってつまり、俺の前では酔っても良いって思ってくれてるんだよな。嬉しい。気を許してくれてるのか。

「酔っちゃっても良いですよ。俺がちゃんと介抱しますんで。」

「あはは、じゃあ2階の部屋に寝かすとこ迄頼むね。」

「任せてください。」

そんな事を話しながら歩いて、もう忠相さんの店のある路地の手前迄来た時だった。


「斗和。」


後ろから俺の名を呼ぶ、低く響く甘い声。
とても耳馴染みのある…。

 
振り向くと同時に抱きしめられた。
良く知る匂いに全身が包まれる。


「央…?」

「会いたかった…斗和。」


それは学園で、ほんの一時期を除いた3年間、俺の親友だった香原 央だった。

勿論、α。

俺が知る同年代の中ではおそらく最高のαだ。
だから俺も一時期此奴と付き合ってて、まぁ…好きだったと言えば、好きだった。
傲慢に見えて優しいし、財閥の御曹司の割りには気遣い屋だし。それに、何たって顔と体がピカイチだった。
入学して直ぐ仲良くなって、その内付き合い出して、順調にいってたのに急に別れを切り出された。
理由は深く追求しなかったけど、…ま、立場上、色々あるやつが多いからな、αは。

実を言うと、少しホッとしたというのもある。
あの頃は、マジな恋愛より遊びたかったってのもあって、逆に良かったな、なんて思ったり。

それに、央は 別れたからと言って冷たくなったりはせず、相変わらず頼れる親友ポジだったし、俺達の関係が悪化する事は無かった。
俺は在学中随分助けられたし、今でも時々連絡は来ていたのだが、お互い多忙にかまけて わざわざ会おうと迄は思わなかった。

それが、何故、何の前触れも無く此処に?

きつく抱き締められて苦しい。


「央、痛い。」

そう言うと央は、ハッとした

「すまない、つい。」

「ん、良いから離して。」

央は申し訳なさそうに体を離して、少し頭を下げた。

忠相さんの前で、お前~。

横を見ると、忠相さんは少し困惑したように俺達を見ている。
いかん。あらぬ誤解を与えてしまう。
俺は慌てて央を指して言った。

「忠相さん、此奴、高校の頃の友達。」

紹介された央は忠相さんを見て、一瞬目を見開いた。それから礼儀正しく、

「香原 央です。よろしくお願いします。」

と挨拶した。

「笠井 忠相です。よろしくお願いします。」

忠相さんがエコバッグを左に持ち直して右手を央に差し出すと、央はその手を握った。

一瞬2人が視線を交わし、チリッと何かが弾けたような。

しまった。
央の匂いは他αより強い。忠相さんはαである俺達より強く感知するんだった。

当てられたかもしれない。

忠相さんが少しよろけたのを、俺がすかさず支える。


「大丈夫ですか?」

「うん、平気…ありがとう。」

忠相さんの息が少し上がっている。
不味いかもしれない。
先に家に入ってもらう方が良いだろうか。

そう思ってたら、背後から央の声が飛んできた。


「…本当にΩなんだな。」

先刻迄とは違う、ヒヤリとするような冷たい声。

本当に、って 何だ?


忠相さんの事を、俺は未だ、知人友人の誰一人にも話してはいない。

ましてや、デリケートなバース性の事なんて。

それに、何故 この場所を知ってる?

俺は忠相さんを背に庇って央を見据えた。

「央。お前、何しに来た?
何でこの人の事を知ってる?」

央はじっと俺と忠相さんを見比べながら言った。

「本当に付き合ってるのか。」

「見てわからないか?」

「未だ噛んでないんだろう。」

「大切だからだ。」

「大切、ね。…確かにお前が好きそうな顔と体だな。Ωらしくはないが。」

「下衆な言い方やめろよ。忠相さんにそんな言い方すんな。」


出会ってからこっち、央がこんな下卑た物言いをするのを見た事は無い。

どうしたって言うんだ、此奴は。



「斗和。

俺はお前に復縁を申し込みに来た。

もう一度、俺と付きあえ。」


うん、先刻のはともかく、この傲慢な上からの物言いには既視感があるな。
だが、

「断る。」


何の連絡も無く来て、何を言い出すかと思えば…。


「ソイツはお前を満足させてくれるのか?」

「…下品な言い方はよせ。
お前らしくない、央。」

「だって、お前はαが大好きじゃないか。」

「……いい加減、黙れ香原。」


俺が名字を呼んだ瞬間、央の表情が強張った。
俺を怒らせたのがわかったんだろう。


忠相さんが往来で不味いと思ったのか、袖を引っ張ってコソッと耳打ちしてくる。

「此処ではなんだからウチの店にでも入ってもらう?」


見れば、チラチラと此方を見ている通行人。
忠相さんは此処に住んでるんだし、あまり大事にしたら周辺に変な噂が立っても困る。

俺は舌打ちしたい気分で央に向き直った。

央は。


央は、傷ついたような顔で、唇を噛み締めていた。

何でお前がそんな顔をしてるんだよ。




「……帰る。」


央はそう言って、踵を返し歩き出し 少し先に待たせていたらしい車の後部座席に乗り込んだ。

けれど、ドアが閉まる直前迄見えていた横顔は、もう何時もの央に戻っていた。


何だったんだ…。


俺と忠相さんは去って行く車を見送り、顔を見合わせた。

忠相さんに嫌な思いをさせてしまった。

不味い事も、聞かれてしまった。

少し、俺がしてきた事を話さなきゃならないだろうか。
幻滅されるかな。


忠相さんに肩を貸して支えながら歩く俺は、どんな顔をしていたんだろう。








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