αの共喰いを高みの見物してきた男子校の姫だった俺(α)がイケメン番(Ω)を得るまで。

Q矢(Q.➽)

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再会もにがい。 (香原)

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抱き込んだ感触に、違和感があった。




車窓から夜の街の灯を流し見ながら、香原は先刻の弓月との遣り取りを反芻していた。


弓月の行動は張り付けている者からの連絡で知っていた。

午後3時半過ぎに一人暮らしのマンションを出て、恋人だという男のいる店に向かった事も。
だから来たのだ。

香原が接触出来ない間にも、弓月と相手の男は親密度を高めていく。

昨日迄なら、焦燥感に駆られた。

けれど、それなのに。

数時間前に見た背中が頭を過ぎり、何となく気分が下降する。


ーー弓月に会いに行くのを止めようか…。ーー


香原は弓月の元へ向かう車中で、長く葛藤した。
自分は何故、こんなにも弓月にこだわっているんだろうか。

美しいから?体が良いから?可愛いから?優秀だから?愛しているから?

初恋だから?


頭を整理していけば、おそらくそれが最もしっくりくる気がした。



弓月の交際相手の笠井の自宅兼店舗の住所の辺りで車を降り、運転手に近場で待つよう指示を出した。
どうやら路地を入るようだし、車を乗り入れるのは止めた方が良いだろうと考えて。
店舗迄歩こうとしたら、スマホに連絡が入った。
どうやら今は2人で買い物に出ているようだと。
時計を見たが、聞いていた営業終了時間には少し早いのでは、と思いながら歩みを止めた。

買い物に、というのはどれくらいで帰るものなのだろうか。

車を呼び戻そうか迷いながら付近を歩いてみる。

これが今の弓月が、日常的に見ている景色なのかと思うと、少し楽しくなってきた。
何の事は無いアスファルトの道路、街路樹、歩道橋、そんなに背の高くない雑居ビルにコンビニや酒屋、歯科、小さな本屋、飲料の自販機、パーキング、マンション…。

一応は会社経営をしている弓月の実家よりも遥かに格上で、整った環境に暮らす香原にはあまり馴染みのないものたち。
窓から見えていても、普段は降り立つ事も無い場所に僅かに心が弾む。

別に見下している訳ではなく、物珍しいのだ。悪気は無い。

だが、身なりや顔立ちからしてあからさまに目立つ為、普通の歩道を歩いているだけでも通行人はチラチラ見て行く。
だが生まれながらに視線慣れし過ぎていて、それには気づかない香原は、機嫌良くキョロキョロと周囲を観察した。春原と一緒ならもっと楽しかったかもしれない、と また春原を思い出し、再び気分が落ちた。

春原。


春原は、俺に呆れたんだろうか。


「…あ。」


歩いていた道を引き返していたら、少し前方に覚えのある後ろ姿が街灯に照らされていた。

薄いミルクティーブラウンの髪が歩みに合わせて揺れている。白く細い首筋。
すらりとした体躯は以前見た時と変わらない。


(ーー斗和!)


この2年、殆ど画像やスマホ越しの声しか聞けなかったリアルの弓月が直ぐ目の前にいる。

香原は走った。

隣にいるとわかっていた筈の笠井の存在が頭から消し飛ぶ程に嬉しかった。


それ程に嬉しかった斗和の姿なのに、それなのに。

抱き込んだ瞬間、確かに懐かしく愛しく思ったのに、何かが違うという、強烈な違和感。

違和感の正体を探る間も無く、笠井に気づいた。
画像より圧倒的に美しかった。まさかΩに敗北感を感じる日が来るとは考えもしなかった。

(でも、所詮Ωじゃないか…。)

 
蔑む迄はいかずとも、Ωはαの支配下に置かれるべき種だという気持ち。
Ωはαより劣る生き物であるという、偏見。

どんなαの心の内にも、大なり小なりそういう気持ちがある事は否定できない。
けれど香原は、自分はそんな差別など持っていないと思っていた。

なのに、口から衝いて出た、差別的ニュアンスを含む言葉の数々に、香原自身が驚いていた。

嫉妬なのだと自分でわかった。
嫉妬心が抑えられない程、弓月と笠井が並び立つ姿が、しっくりと似合い過ぎていたからだ。

弓月に、再三注意を受けた。でも止められなかった。

そこからはもう、最悪の展開だった。

当然のように復縁は断られ、苛立ち紛れに発した言葉の数々が弓月の逆鱗に触れたのを感じた時、呼ばれた名字に やり過ぎた、とわかった。

冷静さを欠いている。

愛する者を侮蔑するような言葉を吐かれて、闘わないαなどいる訳がないのに。

弓月は、香原と同じαなのだ。

逃げるようにその場を離れた。
自分で自分の誇りを踏みにじってしまったのが恥ずかしかった。

あれだけ激昂させてしまった弓月にも、侮るような言葉を投げつけてしまった笠井にも、申し訳ないと思った。

なのに謝罪できず去ってしまった。

弓月に見限られたと感じた。

昼間見た春原の後ろ姿が、また脳裏を過ぎった。
春原の肩のサイズが香原が抱き込む者のサイズを上書きしてしまっているのだと、先刻の違和感の正体に気づいた。


胸が苦しい。
目頭が熱い。
春原を抱きしめたい。


途方もなく春原に会いたいと思った。





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