知りたくないから

Q矢(Q.➽)

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3 伊坂の重大発表

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きぬ屋は繁華街を抜けた辺りにあるせいか、週末なのに未だ適度に空いていた。
そういう所が足を運び易い点でもある。
食べ物が不味い訳でも無いし、酒もそれなりに揃っているし、価格も高くはないのに場所で損をしているように感じるが、店主の親爺が一人で回している店なので案外これくらいで丁度良いのかもしれない。
何時も座る座敷席の奥に座り、カウンターの中の店主にビールとつまみを注文した。




「で、何かあったのか。」

駆けつけ一杯、という風にジョッキのビールを煽り、時永は向かいに座る伊坂に問いかけた。
伊坂はハイボールに口を付けていた所だったが、ちらりと時永を見て、グラスを置いた。


「離婚した。」

「ブッ」


思わずビールを噴きそうになる。

離婚て。
慌てて伊坂の左手に目をやれば、確かに薬指にあった指輪は外されている。


「な、何でまた。」

時永を呼び出すくらいだから聞いて欲しいって事なんだろうが、それにしてもあまりに普通に口にする伊坂に、違和感を感じる。

「托卵?って言うのか?
子供、俺の子じゃなかった。」

「は…、」


托卵、つまりあれか。妊娠したのを貴方の子だと謀って結婚して子供を産んで…。
つまり、ていの良い寄生先にされるというアレか。
まさかこの伊坂がそんな目に遭ったというのか。

「結婚当初から少し変だとは思ってたんだよな。」

伊坂は冷奴に醤油をかけながら事も無げに言う。
他人事のように穏やかなのは何故だ。

「変、って?」

時永は内心の驚愕を努めて顔に出すまいとしたが、駄目だったらしい。
顔を見た伊坂に笑われてしまった。

「うーん…先ず、妊娠時期が微妙に合わないような気もしてた。でも言えないだろう、本当に俺の子か?なんて。」

「……ま、そだよな。」

付き合っている相手にその問いを投げつけるって事は、つまり相手の不貞を疑うって事だから、そりゃ言い辛くて当然だ。相当の確証が無ければ口に出来ないような事だ。


「…でも、何でわかったん?」

怖々聞いてみると、伊坂はうーんと何かを思い出すようにしながら答えた。

「それがさ。嫁…もう元嫁か。外回り中に元嫁が男とホテルから出てくるの見ちゃっってさ。
問い詰めたらあっさり白状して。」

「え、えぇ~…。」

「結婚前から付き合ってたらしい。」

「…ふ、二股?」

「いや、三股。他にも居た。」

「ひ、ひぇ…。」

涼しい顔でそんな事を言う伊坂。それにしても三股とは。
綺麗だがどちらかと言えば清楚系だな、という印象を抱いていた伊坂の元嫁は実はかなりお盛んな女性だったようだ。

「それで子供のDNA鑑定したら、俺とは全くの他人だった。道理でなかなか抱かせなかった筈だ。」

「そ、そうだったんだ…。」

「彼女は誰の子でも良かったらしい。どうせ結婚は一番条件の良い俺とするつもりだったからって、全然悪びれなくてさ。」

「へ、へえ…すごいな…。」

「弁護士挟んでサクッと離婚したよ。大体さ、半年付き合っててセックスしたのなんて2回だからな。避妊もしてたし。」

結婚する為に避妊具に穴でも開けたのかと思った、と伊坂は笑ったが、実際にはそれどころの話じゃなかったって事だな。
なるほど、伊坂が何故、ではなく伊坂みたいな男だからこそ、托卵寄生のターゲットにされたという事か。

それにしても笑っているが、伊坂のメンタルは大丈夫なんだろうか。

「伊坂、お前…大丈夫?辛かったんじゃ…?」

時永がそう言うと、伊坂は少し俯いて、

「…まあ、な。」

と頷いた。

「そりゃまあ、知った最初はショックだったよ。妊娠したって言うから籍迄入れたんだしな。」

「だよなあ…。」

「でも、納得もした。
彼女、新生児の時しか俺に子供抱かせた事なかったんだよな。」

「そうだったの?何で?」

「さあ?バレるのを恐れての用心だったのかもな。
お陰で情が移る前に知れて良かったけど。」

淡々と語る伊坂に唖然とする。
聞けば、出産してから元嫁さんは自分の実家に帰りっぱなしだったとか。
という事は、伊坂は結婚していながら、ずっと独りの家に帰っていたという事か…。

何だか伊坂が不憫で、時永はしょんぼり肩を落としてビールを啜った。
言ってくれたら、もっと飯にも飲みにも付き合ったのに、と。

「今にして思うとさ、告白された時から少し違和感もあったんだよな。
でも主要取り引き先の子だし、タイプではあったから…。」

「清楚系だから?」

「いや、好きだった人に少し似てて。まあ、付き合ってみたら当たり前だけど全然違ってたけどな。」

「そうだったんだ。」

好きだった人か。
確かに昔物凄く好きになった元恋人の面影を追ってしまったり、というのは、わからなくもないなと時永は思った。
伊坂にもそういう相手がいたという事だろう。
好きだったから似た人が気になるのか、元々タイプだから好きになったのかはわからないけれど。

「まあ、違和感に目を瞑って流された俺も悪いから、もう良いけどな。
…でも、やっぱりほんの少し、やり切れないな。」

伊坂は自嘲するように鼻で嗤って、グラスに口を付けた。

「…伊坂…。」

「まあ、そんな訳で俺は晴れて独身に戻ったから、またちょくちょく飯にでも付き合ってくれ。」

「ああ、勿論。」

「当分、一人で良いと思ってる。」

「だろうな…。まあ俺もそこは似たようなもんだ。」

「はは、お互い女運がねえな。」

暗くなった場の雰囲気を払拭しようと笑顔になった伊坂に、時永の胸は痛んだ。
てっきり伊坂は幸せな結婚をしたと思っていたから、まさかそんな修羅場になっていたなんて夢にも思わなかった。
しかも親友がそんな状況の時に、自分は勃起不全の事なんかで悩んで男漁りしていたなんて。
時永は己の所業を恥じた。
そして思った。
こんな大変で複雑な状況だった伊坂が自分を抱いた犯人な訳がない。

時永は伊坂を疑わしいリストから除外した。


「そういや九重んとこも揉めてるらしい。」

「へ?」

「その内連絡があると思うけどな。」

「ふ、ふーん…。」


結婚したからと言って、そこがゴールという訳ではないんだよな、と突きつけられたような気がする。

仲間内のそんな話に、自然暗い表情になってしまって俯く時永。
伊坂は時永のそんな姿を、目を細めて眺めていた。





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