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4 土曜日の訪問者・九重 徹

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翌日、時永は昼前に目を覚ました。
昨夜、あの後は妙にしんみりとしてしまい、深酒はせずにお互い22時には解散した。
最近の週末にしては早目の帰宅、就寝になったのに 日頃の疲労が溜まっているのか土日はゴロゴロ長く寝てしまう。

時永は欠伸をして、伸びをしながらベッドを降り、洗面所に向かった。
顔を洗い、鏡を見ると髪に寝癖がついていたのでブラシを入れてみたが、なかなかのきかん坊で全く直る気配が無い。どうせ部屋に一人だし、構わないだろう。出掛ける予定も無い。
時永は跳ねた毛束を早々に諦めた。
歯磨きをしてからキッチンに行き、冷蔵庫から水を取り出してグラスに注いだ。

12時間振りに流し込まれた水は胃の腑に染み渡り、体の隅々まで浸透していくような気がする。

水を飲んで暫くぼうっとしていると、インターホンが鳴った。来客か、勧誘か。
 
モニター画面に映し出されたのは、昨夜話題にも上がった九重だった。何だこのタイミングは。

「…はい。」

『やっぱ居たな。どうせ昼飯未だだろ、開けろよ。』

左手に持った袋を顔の横に掲げて、九重は何時もの悪ガキみたいな笑顔でニヤッと笑った。





「蕎麦屋の2軒隣だろ?前はクリーニング屋だったとこ。」

「そうだった?クリーニング屋だったか迄はおぼえてねえわ。でも右隣は判子屋だった。」

「やっぱそうじゃん。そっか、クリーニング屋の後は弁当屋が入ったか。」

九重が買ってきた弁当店の位置について話している。
最近この近くの商店街の中にオープンしたらしいが、通勤で通る道ではないから時永は知らなかった。

「なかなか美味いな。」

和風弁当に入っている煮物の椎茸や蓮根の味が丁度良い。
ローテーブルを挟んだ向かいでは九重がコテコテしたハンバーグや揚げ物がみっちり入った弁当を食べていて、時永は感心した。

筋肉質でがっちりした体型だからなのか、九重は昔からよく食べる。
アラサーになった今でも学生時代並みに食べる。
時永だって揚げ物は嫌いでは無いが、以前と同じようには食べられない。
特に長く寝た後はあっさりした食事しか受け付けないし、食事量も落ちた。

「美味いと思うならもっと食えよ。何だ、見る度に骨っぽくなりやがって。」

「…いや、食える時は食ってるよ。寝起きだから仕方ないだろ。」

時永は白米を口に運びながら答える。
すると、九重はニヤリと時永の髪を指差した。

「すげえ寝癖。久々に見たわ。」

「後でシャワーするからいいんだよ。」

言いながら時永は左手で跳ねた後ろ髪の毛束を撫で付けてみたが、やはりそんな事で直る訳もなかった。
高校の頃にはたまにこういう寝癖をつけていて、よく揶揄われた。

「…なあ、敦。」

暫く黙々と食べ進めていると、九重が口を開いた。

「ん?」

「俺さ、近々離婚すると思う。」

「…離婚…。」

伊坂の言っていた事は事実だったらしい。

「伊坂から聞いたんだろ?」

「あー…まあ、揉めてるってのだけは。」

昨夜伊坂と話した事を思い出す。だが聞いたのはほんの少しだ。伊坂は友人間の事でも、勝手に余計に話す人間ではない。その内、九重自身が皆に明かすと思ったんだろう。

「揉めてる…うん。揉めてるな。まあ俺が悪いんだけど。」

「え、何かしたのか。…まさか浮気か…?」

時永が眉を寄せると、九重は慌てたように手を振った。

「いや、…あ、うーん…。どうだろ?」

「何だ。煮えきらねえな。」

時永は箸を止めてお茶のペットボトルを手に取ってキャップを開栓して喉に流し込んだ。
これも九重の差し入れである。

「…そうだな、浮気と言えばそうなるのかもしれねえ。」

「…おま…最低だぞそれは…。」

思わず目を眇める時永。
九重はたまにデリカシーがなくて大雑把な所はあるが、人を裏切るような人間だとは思った事はなかったのに。
だが、九重は少し考え込みながら、彼にしては慎重に答えた。

「俺、好きな人がいたらしくてさ。それに気づいた時には今嫁と結婚しちゃってたんだよな。」

「らしくてさ?」

…どういう事なのか。話が曖昧というか、いまいち掴みにくい。浮気していたという事ではない…?

「相手は俺の気持ちなんか知らないし、俺も言う気はなかったんだけどよ。
でも、どんどん嫁と一緒にいるのが苦痛になってきてな。

気持ちが離れるのも立派な浮気だし、俺が悪いよな。」

「九重…。」

それは…世間一般で言うと、どうなるんだろうか。
嫁さんには青天の霹靂というか、気の毒だが…少なくとも離婚時に問題になる類の浮気には該当しない気がする。

つまり、実際に浮気している訳ではないが、嫁さんじゃない他の人を好きな事に気づいてしまったと、そういう事だろうか。

時永が考えを巡らせていると、九重は言葉を選ぶようにしながら言った。

「とにかくそれに気づいてから、嫁ともレスだし。このまま行っても子供も作れそうにないから、何か悪いだろ?
だから早目に離婚して、俺以外と幸せになって貰おうと思ったんだけど、難しいよなあ。」

「そうだったのか…。
まあ九重の気持ちもわからなくはねえけど、奥さんには非が無いもんな。納得いかないんだろうな。」

時永が溜息混じりにそう言うと、九重は頷いた。

「うん。嫁は全く悪くないからな。俺の我儘なんだわ。
でも、だからって我慢して嫁を抱いて子供作って、我慢しながら生きるってのも違う気がしてよ。
 俺の人生なのに。」

「…まあ、そうだな。既に子供がいるってんなら、責任もあるだろうけど…。」

結婚は他人同士が繋がって夫婦になるのだから、お互いある程度は合わせたり、時には忍耐も必要なんだと思う。
でも、気持ちが無いのなら、最初からずっと我慢し続ける人生は、張りがないしつまらなそうだ。
結婚は、片方だけが幸せでも、意味が無いのではと思う。

「俺と嫁って、前の会社で知り合って付き合って、嫁の親父さんが病気で長くないってわかってから、生きてる内に結婚式を見せてやりたくて 急いで結婚したんだよな。で、つい最近その義父がなくなってな。」

「それは、ご愁傷様だったな。
確かに彼女出来た~からの流れが急ピッチだなとは思った。」
  
九重の付き合いだした報告から、結婚迄の期間は3、4ヶ月だったように思う。
無骨なようで情の深い九重だから、嫁さんの父親に同情したのかもしれない。
その義父の亡くなった今、もう婚姻関係にも意義を見い出せないのだろう、と時永は思った。

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