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12 逃がす気が無い上でのお願い。
しおりを挟む「彼女に男がいると知った時、正直俺はホッとしたんだ。」
伊坂はそんな事を言った。
ホテルから腕を組んで出てきた元妻は、見た事もないようなイキイキした表情をしていた。
彼女は伊坂の会社の取り引き先の受け付け嬢で、元々何度かアプローチを受けていた女性だった。
綺麗だし、パッと見は清楚で、角度によっては時永に少し似ていた。得に、髪質や色、カラコン無しでも明るい色の瞳。その中に自分の姿が写っているのを見ると、時永に見られているような気分になった。
誘われるままに付き合ったが、セックスに応じる事が出来たのはほんの数回。
似ていると思っても、当然ながら匂いも肩の触れた感触も違った。やはり無理かと自然消滅になりかけた。
だが、数ヶ月すると子供が出来たと告げられた。
異性愛者である時永に、自分の想いが受け入れられる事は無く、時永の真っ直ぐな人生を、踏み外させる事も望まない伊坂が彼女との結婚を決めるのに時間は掛からなかった。
「だけど、駄目だな。
結婚しても、情すら湧かないんだ。抱かせてもらえないから子供にすら。
俺はそんな自分がそんな非情な人間だったのかと悩んだ。
だから、子供が自分の種じゃないのがわかった時も凄く安心した。」
伊坂は淡々と語る。
「最初からお互い打算で始まった関係だったから、終わるのも早かった。
いや、始まってもいなかったのか。
俺が離婚して、その後お前が彼女と別れた時、あの後酔い潰れたお前を送ってて、」
伊坂は記憶を手繰り寄せるように話す。
「魔が差した。
一度だけ。一度だけ、抱こう。それを一生の宝物にして、墓場まで持っていこうって考えた。
お前はきっと、覚えてなんかいないだろう。
違和感があっても、きっと気の所為だって忘れるって。」
身勝手なのはわかっていた。酔った相手にそれは合意なんかじゃない。レイプだ。
だからこそ、せめて優しく、この上無く、優しく抱いた。
初めて触れた時永の秘められていた部分は、伊坂を絶え間無く感動させた。
一日働いて来て、酒を飲んで、少し蒸れた体臭。
酒臭い吐息にさえ、欲情した。
自分は淡白だと思っていたのに、好きな男にはこんなにも興奮出来るのかと驚いた。
時永のどんな表情も、声も、涙が出る程愛しかった。
これが最初で最後。
そう思う気持ちが、余計にそのセックスを燃え立たせた。
伊坂の攻めに体を拓かれた時永は、健気に感じて伊坂に抱きついて、朦朧としながらも名を呼んだ。
そう、名前を呼んだのだ。
これが幸せというものかと感じた。
もう、これを最後にこのまま死んでも良いと、時永を突き上げながら伊坂は思った。
けれど、抱いたら抱いたで人間は欲が出るものなのだ。
諦めるには、二人の体の相性があまりに良過ぎた。
酔っていたにしても、時永は嫌がる事は無かったし、抵抗も薄かった。最中には伊坂と認識して受け入れているように見えた。
これはレイプ犯の都合の良い思い込みだろうか?
もし、時永が覚えていたら…。覚えていたら、伊坂の事をどうするのだろうか。
若干の不安と期待をない混ぜに胸に持ったまま、数ヶ月が過ぎた。
その間、数回会った時永は、以前と変わらないようでいて、妙に艶っぽく見えるようだった。それも、実際に時永に変化が起きたのか、抱いたからそう見えるのか、伊坂にはよくわからなかった。
只、会う度に、気持ちが募る。
体を重ねてしまったばかりに妙な独占欲が生まれてしまったのだと、伊坂は戸惑った。
もし素面なら、時永は逃げるのだろうか。自分を罵倒して、関係を切るのだろうか。
どうしてももう一度、時永を抱きたくなった。
それで拒否されて関係を切られたら、その時は潔く姿を消そう。でも、受け入れてくれたら、その時は―――。
雁字搦めに縛り上げて、二度と逃がさない。余所見もさせない。
だから、散々セックスをした後にこうしてつき合って欲しいとしおらしく頼み込むポーズを取ってはいるが、実際はもう逃がす気は無いのだ。
伊坂は時永が頷く迄、ベッドから下ろす気は無い。
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