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28 待望の同伴デート〜初めての待ち合わせ〜
しおりを挟む翌日。常と変わりなく羽黒の出社を専務執務室のドア前で挨拶をしながら出迎えた楡崎は、深夜にあんなスタンプを返して来たのが夢だったかと思うほど、安定の鉄面皮だった。しかし羽黒が執務室奥のFエグゼクティブデスクに向かい、FIX窓を背にしてチェアに腰を下ろした途端、それは始まった。
すすっ
デスクの上に置かれ、指先で自分の前まで滑らされたそれに、羽黒は小首を傾げる。
「何だ?」
「昨夜申し上げました資料です」
「資料?」
楡崎の返答に、羽黒はそれを手に取り、まじまじと見つめた。それは葉書サイズほどの、黒い表紙の右下に緑色の文字で⑴と記された、小さなノートらしきもの。左上の端に穴が開けられていて、シルバーのリングで纏められている。なかなかの厚みだが何だろう?と不思議に思いながら中を開いた羽黒は、カッと目を見開いた。
「こ、これは…!!」
「流石は若。おわかりですか、その価値が」
「ああ、ああ!勿論だ」
それは、あらゆるス〇バの商品の写真付きオーダーレシピ集だった。オリジナルの商品と、時にはそれにアレンジを加えカスタムオーダーしたもの。それぞれの右側には商品名と購入日時、そして金額。カスタムした方には、変更したものや追加したものの量と、それぞれの金額、最後に合計金額が見易く几帳面そうな手書き文字で記入されていた。水濡れ対策か、全ページがラミネート加工されていて、そりゃ分厚くもなるだろうと納得する羽黒。
「ウチのがこれまで纏め、現在進行形で綴っている、貴重な資料の一部を借りて来ました。そのままでオーダーシートにもなりますが、裏側には別カスタムの提案なども記載してあります」
「なるほど、これは素晴らしい…」
「恐縮です」
伴侶を褒められたのがよほど嬉しかったのか、楡崎の唇の端がほんの少し上がっているように見えるのは気の所為ではない。しかし楡崎は、すぐに唇を引き締め、羽黒に向かって口を開いた。
「では、若」
ここで注釈を付けるが、実は祖父の代から家同士の親交がある楡崎は、周囲の大人達に倣ってか、昔から羽黒の事を若と呼んでいるのだった。
「何だ?」
レシピ集を捲りながら返事を返した羽黒に、楡崎は言う。
「本日もスケジュールは分刻みです。これから5分の間に基本的なオーダーの仕方を頭に入れていただいて、あとは終業後にご自身で復習なさって下さい。それは暫くお貸し出来ますので」
「…わかった」
かくして羽黒は、所謂普通のホットコーヒーのスマートなオーダー、「ドリップのホットをトールで」という言い方を覚えた。要するに商品をホットかアイスかと、後はサイズである。ただ、羽黒のようにごく普通のコーヒーを好む者ならそれで済むが、ス〇バに出向く人間の多くは、そんな単純なオーダーはするまい。砂糖やミルク程度ではどう足掻いても満足出来ない…それがス〇バの民である。(偏見)そして、そんな店にわざわざ行ってみたい蛍も、おそらくただのコーヒーや紅茶なんぞを求めているとは思えない。きっとこのレシピ集に載っているような、ホイップやらブルベミルクやらアーモンドミルクやらエクストラホイップやら…とにかく違いのわからないクリーム勢や各種パウダーやらソースやらをどうにかこうにかしたいに違いない。
そう思うと少しだけ気が遠くなりそうだったが、ふと違う考えも浮かんで来る。
(でもまあ、その場に行けばあの子はあの子で好きに決めるかもしれないな)
羽黒はてっきり、全部自分がオーダーを通すつもりでいたが、楡崎によれば客席ではなくカウンターで注文と支払いを済ませるものらしい。となれば蛍も自分でメニューを見て店員とやり取りする事になるろうし、意外と羽黒は傍で見守るだけになるかもしれない。悩んだり困るような素振りがあれば、その時にアシストしたら良いのでは。そう考えると、今度は気が楽になった。そして緊張よりも、明日の待ち合わせの時間が待ち遠しい気持ちの方が強くなって来る。
(ほたる君、早く会いたいな…)
あのふわふわの茶色い髪を撫でたい。今頃何をしているんだろうか。今朝はちゃんと食事をしたんだろうか。
窓の外に広がる冬の青空を見上げつつ、蛍に思いを馳せる羽黒の背中を、ほんの少し目を細めながら見つめる楡崎。
(やっと若にも、春が来るのか?)
そして、他人に心を動かされずに来た羽黒を、こんなにも落ち着かなくさせるほたるという青年はどんな姿をしているのだろうかと、しばし想像を巡らせたのだった。
翌、夕方18時過ぎ。
たった間一日挟むだけなのに、最近の羽黒にとっては、その一日半が一日千秋の如く長い。
繁華街近くで車を降り、車と運転手を帰した羽黒は、ドキドキしながら待ち合わせ場所に向かった。
待ち合わせ場所は、車を降りた場所から歩いて6、7分ほどのところ。少々早目に着いてしまうかと思ったが、遅れて待たせるよりは良いだろう。目指すは、繁華街の中にある小さな広場。実はそこには現在、時節柄大きなクリスマス・ツリーが設置されていて、蛍が見たいと強く希望したのだった。クリスマスに胸をワクワクさせた経験など、子供の頃くらいだなと思った羽黒だったが、蛍にはそうではないらしい。
『クリスマス・ツリーってすごいドキドキしますよね!小さい頃、父さんが肩車して見せてくれました!』
などとキラキラした瞳で言われたら、羽黒としては是非にも一緒に見に行かねばならない。蛍がして欲しいと言うならば肩車だって厭わない覚悟だったのだが、それを告げると
『あっ、それは別にいいです!』
と元気良く断られてしまった。少し残念。
立ち並ぶ店々の賑やかなイルミネーション。羽黒の心を反映するように、鈴の音混じりの陽気な音楽が流れて来る夜の街。この季節の夜は、心做しかすれ違う誰も彼もが浮き足立って見える。自分も他の通行人達からそう見えているのだろうか。そんな事を考えながら歩いていると、目的のツリーが見えて来た。
(約束の時間まで、まだ15分以上あるな…)
そう思った羽黒だったが、ツリーが近づくにつれて、自分がどんどん笑顔になっていくのがわかった。
「あっ、羽黒さまー!!こっちでーす!!こんばんはー!!」
大きなクリスマス・ツリーの下には、こちらを見て大きく両手を振りながらぴょんぴょん跳ねている蛍の姿があった。
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