薄幸系オメガ君、夜の蝶になる

Q矢(Q.➽)

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36 やっと馴染んできたのにと

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 林店長と、その日に来店した指名客、そしてそこに同席したキャスト数人により、蛍が彼らに告げた退店話は瞬く間に『nobilis』中を駆け巡った。
 そして、翌々日。
 まさか間一日挟んだだけでそんなに話が回っているとは露ほども考えていない蛍は、今夜も羽黒と仲良く同伴で出勤。羽黒がスタッフにVIPルームに案内されるのを見届けてから、更衣室へと急いだ。羽黒のお陰で今や衣装には不自由無き身となったので、そこへ向かう理由はレンタル衣装ではなく、ヘアメイクをしてもらう為だ。実優になかなか予約の取れない流行りのサロンを紹介され、カットはしてもらったのだが、セットするとなると自分では上手く整えられない。普段はそれでも問題無いのだが、接客前にはきちんと整えるように店側から言われているので、蛍は出勤すると髪のセットをしてもらいにスタイリストの元へ向かう。

 更衣室のドアをノックすると、中からどうぞぉ、と語尾の伸びた低い声の返事が聞こえた。
 久々の登場になるが、声の主は店の契約スタイリストであるオネェの豪太である。彼(彼女?)は、同伴出勤してくるキャスト達の中にもセットを望む者が居る為、彼一人、時にはアシスタントの南と共に21時頃までは店に居るのだった。

「おっはよーございまぁす!!」

 夜なのに出勤時にはおはよう。昼夜逆転していても挨拶は大事!と、蛍は元気良く挨拶をしながらドアを開ける。すると鏡台の前には、やはり同伴で来て、今まさにスタイリング真っ最中のキャストが一人座っていた。鏡越し目が合うと、目を見開いて蛍をガン見してきたそのキャストは、蛍の大躍進により不名誉にもナンバー落ちしてしまった、あの流星だった。少し肩にかかる綺麗な艶のある黒髪ウェーブヘア。その毛先を調整するようにつままれているところを見ると、どうやら最後の仕上げに入っている様子。なのに蛍の姿を目にした途端、立ち上がろうとして豪太に肩を押さえられ、窘められていた。

「あっ、おま!ほたるゥ!」

「あ、流星さん!おはようございますっ!」

「やだもう!ちょっと流ちゃん、動かないの」
 
「お前、店上がるってマジかよ?!」

「えっ、もうご存知なんですか?」

「流ちゃん、もうちょっとだから…」

流星の言葉に、情報の回りの早さに驚きながら室内を見回す。幸い他に順番待ちのキャストは居ない。これならすぐに自分の番だなと思いながら、蛍は流星の座っている鏡台に向かって歩き、彼の左隣の椅子に座った。すると流星は、今度は体ごと蛍に向けてきて、整った顔を歪めながら怒鳴った。

「おま、ざっけんなよ!俺をナンバーから押し出しといて勝ち逃げかァ?!」

「えっ?いや、そういう訳では...」

「こら、流ちゃん、やめなさいったら」

「俺の華麗なる返り咲きリベンジがまだだろうが!」

「あ、すみません...」

「おい、流星」

 やんわり制止では止まらない流星に、とうとう豪太がキレた。素に戻った豪太の、野太く低い声で乱暴に名を呼ばれた途端、流星は水を掛けられた犬のように大人しくなった。

「動くなって言ってんだろが」

「……サーセン」

 蛍も、初めて聴く豪太の野郎声と額に浮き上がった青筋、万年ノースリーブの太い上腕二頭筋を目にして、危うくヒェッと変な声が出そうになったが、すんでのところで両手で口を押さえて事なきを得た。しかし心の中ではしっかり思ってしまう。

(わぁ...豪太さん、すっごい雄々しいな...)

 日頃の柔らかな口調や仕草でつい忘れがちだけれど、豪太はアルファで高身長の筋骨隆々ムキムキマッチョなのだ。いつもは笑顔を絶やさないが地顔は厳つい男前だし、声だって低く野太い。蛍や流星のようなこの店のキャスト達なんて、豪太の隣に立てば中学生の子供みたいな体格差なのである。そんな圧倒的強者に一瞬でも本気の怒りを見せられたら、そりゃたちまちキャインと腹を見せてしまうのは、生き物としての生存本能だ。
 
豪太は、すっかり大人しくなった流星の髪をササッと仕上げ、今度は蛍の後ろに立って髪を梳かし始めた。流星は鏡越しに蛍を見て、暫く物言いたげに立っていたのだが、諦めたように更衣室を出て行った。蛍に抜かれこそしたが、流星も多くの顧客を持つ人気キャスト。同伴した客以外にも指名客が来店していて、待たせている卓は1つではない。ヘルプは着いているだろうが、あまり長い時間任せるのはよろしくないとわかっているのだ。
 流星が出て行ったドアを見て、やれやれといった表情を浮かべる豪太。

「まったく。店に来たならさっさと客席に行きなさいってのよねえ」

と呆れたように呟いていたが、鏡越しの蛍の視線に気づくと、にっこりと笑顔を作った。

「ほたるちゃん、お昼のお仕事見つかったんですって?」

 すっかりいつも通りの優しい話し方に戻ったのにホッとしながら、蛍は答える。

「そうなんです、お陰様で!」

「良かったわね。それにしても今月末には辞めちゃうなんて、急ねえ」

「来月から入社なので仕方なくて。俺、不器用だから、掛け持ちしながら新しい仕事覚えるのは多分無理なんです」

「そう?でもまあ、ほたるちゃんらしいっちゃ、らしいわね。でも、寂しくなるわぁ」

「俺もです。やっと馴染んできたなって思ってたのに」

「...そうよねえ」

 心底残念な気持ちで発した蛍の言葉を肯定しながらも、首を傾げる豪太。豪太の記憶の中では、蛍は初日から好き放題にUber無双していて、結構初っ端から『nobilis』に馴染みに馴染んでいた気がしていたのだが。だが、蛍本人が「やっと馴染んできた」というからには、そうなのだろうと水は差さずにおく。
 そして、沈んでしまいそうな空気を変えるべく、

「じゃ、残りの数回、しっかりカッコ良くしてあげるわね!」

と明るく言って作業に取り掛かったのだった。


 キャストほたる、退店日まであと2日。




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