薄幸系オメガ君、夜の蝶になる

Q矢(Q.➽)

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42 羽黒さまの事情

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「やっと見つけた」

 羽黒がそう呟いたのは、社用車の後部座席でノートパソコンを開き、送られてきた資料に目を通していた時の事だった。

 必ず行くと約束した蛍の退店日を、羽黒はすっぽかしてしまった。というより、日本におらず行く事が出来なかった、が正しい。
 初めて途中で帰ったあの夜、迎えに来た車は羽黒を乗せると、そのまま空港へと向かったからだ。空港には既に自社のプライベートジェット機が待機していて、羽黒は先に到着していた楡崎と共に、急ぎそれに乗り込んだのだった。
 目的地は、地中海のキプロス島。
『nobilis』に居る時に受けた着信は楡崎からで、内容は「南キプロスにある別荘で倒れた祖父が現地の病院に入院して危篤」、というものだった。
 祖父の秘書である笹生から連絡があったという事で、羽黒と同時に父にも伝わっている筈だという。
 一週間ほど前に「ちょっと骨休めしてくる」と出かけた祖父が、まさかそんなところまで行っていたとは。

(よりによってキプロス…。サラッと骨休めなんて言ってたから、てっきり近場かと)

 お気に入りの葉山の別荘か、せいぜい京都までかとばかり。せめて最近購入した竹富島の別荘とか、国内であってほしかった…と、羽黒は頭を抱えたが、しかしそんな事を考えている場合ではない、と気を取り直した。
 VIPルーム担当の柚木を呼んで蛍への伝言を伝えると、店のそばに待機していた車で空港に向かった。車に乗ると同時に今度は父からの着信が入り、「すまないが現地に行ってくれ」と頼まれた。父には数年前に患った持病があり、長時間の移動には耐えられない。

(仕方ない、俺が行くしかないか……)

 そうして羽黒は、諸々の気掛かりを残しつつ、楡崎と共にキプロスまでの旅路についたという訳だった。


 搬送先の病院での緊急手術後、予断を許さない状況にあった祖父だったが、流石は頑健な肉体を持つアルファというべきか、その後数日もすると幸いにして快方へ向かった。十日ほどで退院できる事になったが、暫くの間は現地で療養してからの帰国と決まった。そして、帰国後には完全に引退し一線から退く事も、本人が決めてしまった。

「まだまだそんな歳じゃないでしょう。回復も順調なのに」
 
 羽黒の父が心細げに言うと、それを聞いた祖父は呆れたような顔をしながら言った。

「いい歳をして情けない奴だ。本当に人の上に立つ器じゃないな、お前は」

 それから祖父は羽黒に向き、こう告げた。

「彗生、これを機にお前を総帥に就任させる」
「え、いや、しかし」
「わかっているだろう。私の指示が無ければ動けんこいつに、総帥職は手に余る」

 こいつ、と言いながら祖父はまた羽黒の父親に視線をやり、つられて羽黒も父に目を向けた。
 二人の視線を受けた父・紘一は、黙って目を伏せている。しかしその表情には、明らかな安堵が浮かんでいるように見えた。
紘一は祖父や羽黒と同じアルファだが、生来気が弱く流され易い性格をしている。心身共に頑強でリーダーシップに富むと言われるアルファには珍しい。が、アルファも色々ランクがあり、祖父や羽黒がSランクとするなら、紘一はCかDあたり、という感じだ。
 優秀でない事はないが、これくらいならばベータでもいる…というようなアルファ。本人もそれを自覚していて、あまり自己主張もしない。幼い頃から父である祖父の言われるがままに行動し、それで安心しているような人間だったので、祖父が黒と言えば黒なのだろう。そんな父に総帥が務まるとは、羽黒も思ってはいない。何れは父を飛び越して自分に御鉢が回って来るとは思っていた。
しかし、早過ぎる。
 祖父が倒れたと聞いた時に万が一の覚悟はしたつもりだったが、結果的には祖父は無事だったのだし、短期間での回復を見せている。正式な承継はもう少し先になりそうだと、安心していたのに。
 しかも前述の通り祖父のイエスマンの父は、祖父の言葉に異存は無いらしい。寧ろ、前線の重圧から逃れられそうでラッキーと思っている様子。
 それを見て、羽黒は若干イラついた。
 別に自信が無い訳ではない。自分の能力は信じている。しかし……。

「そうと決まれば、お前には一日も早く身を固めてもらうぞ。紘一は後継としては力不足だが、代わりにお前という有能な子供を設けるという義務は果たしたんだからな」

 これだ。今までずっと蹴り続けていた見合いが、祖父らによって再開されてしまう。絶対嫌だ。
 羽黒は、動揺する気持ちを隠すよう、にこりと笑みを浮かべながら祖父に向かって言った。

「総帥に就けというのなら、就きます。ですが、今まで通り、見合いはしません」
「慧生、そんな我儘は」

 渋い顔になった祖父に、羽黒は続ける。

「伴侶に欲しい人は、もう決めています」
「え、そうなのか?」
 
 その言葉に、驚いたように反応したのは父だった。

「そんな事、今まで言わなかったじゃないか。どこの誰だ?」
「それは…」
「まさか、その場凌ぎの嘘じゃないだろうな?」

 口ごもった羽黒に、父は訝しむような目をした。祖父も同様に眉間を寄せているが、何も言わない。
 羽黒は、困った事になったと思った。
 蛍の最後の勤務日に『nobilis』に行って、いつも以上にシャンパンを開けて、盛大に退店を祝うつもりでいた。その流れでどうにか、連絡先を教えて貰えるのではないかと思っていたのだ。
 しかしそれは叶わず、羽黒は未だに蛍がどこの誰なのか知らない。『nobilis』の林店長に頼み込む事も考えたが、あの店長が漏らすとも思えなかった。なので羽黒は、事態が落ち着いたらどうにかして自力で蛍を捜すつもりでいた。
 なのに、総帥就任だの、見合いだのといちどきに言われては…。

(そもそも、店に行けなかったのは祖父さんの所為じゃないか)

 生死の境を彷徨った人に文句を言う気は無いが、ついつい恨みがましい気持ちで祖父を見てしまう。その視線に気がついたのか、祖父が口を開いた。

「それは、私達の知っている相手か?」
「いえ」
「付き合っているのか?」
「いえ、まだ僕の片想いです。ですが、番になってほしいと思っています」

 祖父と父の目が、大きく見開かれた。

「番?相手はオメガなのか?」
「はい。とても親思いの、可愛くて純粋で、健気な子です」

 蛍を思い浮かべてフワッと柔らかな微笑みでそう言った羽黒に、緊迫していた場の空気が緩んだ。羽黒が嘘を言っていないのは伝わったようだ。
 父が、羽黒に問いかけた。
  
「で、慧生。お前はその子を望むと、そういう事か?」
「はい。その人以外と番になる気も、結婚する気もありません」
「そうか」

 一人掛けのアンティークソファに座って会話を聞いていた祖父が、静かに口を開いた。

「よろしい。では、慧生。お前にあと一年の猶予を与えよう。一年の内にその者を伴侶として連れて来なさい。その間は、私も見合いをしろとは言わない」

羽黒は、祖父のその言葉に頷くしかなかった。
そうしてその翌日から、羽黒は本格的に蛍の捜索に着手した。
だが、お互いプライベートには触れまいとしていた所為か、驚くほどに情報が少ない。会話を思い出してみても、拾えたのは“蛍が小さな頃に両親と車で行ったショッピングモール"の事くらいで、自分は蛍についてこんなにも何も知らないのかと再認識して落ち込んだ。
 だがある日、ふとある会話を思い出す。

(そう言えばあの時、清掃会社に採用になったと聞いたんじゃなかったっけか)

 何故こんな大事な事を忘れていたのか。思い出した時、羽黒は思わず自分の頭を小突いたくらいだ。店を辞めて次の就職先なんて大きな手がかりなのに、居住地域の特定ばかりに気を取られて見落としていた。
 だが、それから清掃会社を片っ端から調べ、ようやくそれらしき従業員の在籍する会社を見つける事が出来たのだ。
 バース性は秘匿情報である為、従業員名簿には記載されない。故に、入社時期・年齢・性別・下の名前であたりをつけた。名前に関しては、ほたるが本名であるかは定かでないが、そうだと仮定して、ほたるorけい、という名の者をリストアップした。
すると、見事ビンゴ。
 それは、ヒルズクリーンという中規模清掃会社。白川蛍という男性社員の名前の記載された横に、少し緊張したような面持ちで写る蛍が居たのだ。それが冒頭の、「やっと見つけた」という呟きを生んだのだった。
 蛍は言っていた。
『オメガで学歴もない自分を採用してくれた、滅多に無いありがたい会社だ』と。調査を進めると、蛍はその会社で本当に楽しそうに働いていて、羽黒は安心すると同時に、とても嬉しかった。
 
「さて、どんな再会にしようか」

 すぐにでも駆け出したい気持ちを抑えて、羽黒は名簿の蛍の写真に目を細めたのだった。



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