【完結】そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

Q矢(Q.➽)

文字の大きさ
34 / 62
連載

66 いわゆる、婚約者の距離感 (※サイラス視点)

しおりを挟む
  
 悲しいことに、味覚の麻痺するランチタイムは、その日だけでは終わらなかった。なんと彼らは、翌日の昼休みにもやって来てアルを誘ったのだ。

「そんなの悪いから」と遠慮するアルに、あのセラフという生徒は「何言ってんの。昨日言っただろ? お礼に今日から十回、昼食をご馳走するって」と言って退かなかった。アルが何故十回なのかを困り顔で聞くと、「学生食堂のメニューの平均価格×十日分が、盗られそうになった財布の中の所持金の一割くらいかと思って」などという。
 まあたしかに、アカデミー内に三店舗ある学生食堂はどこも価格が抑えられていて安価なので、裕福な者であればあるほど、食事一食程度では気持ちがおさまらないと思うかもしれない。しかしこうまで恐縮されたなら、しつこく誘ったりせずに、何か他の手段で感謝の気持ちを示せば良くないだろうか。

(いやに食い下がるな。本人がもういいと言っているんだから、さっさと諦めれば良いだろうに)

 私はそう思いながらも、アルとセラフ・ルークとのやり取りを黙って見ていた。今日もエラド・リンはセラフ・ルークに着いて来ていたが、彼も私と同じように黙って成り行きを見守っているようだった。私の視線を感じたのか、こちらを見たエラド・リンと視線がかち合い、私は微笑みながら会釈をした。すると、表情は変えないながらも丁寧な返礼の会釈があった。
 やはり得体は知れないが、悪い人間ではなさそうだと思った。

 結局、アルはセラフ・ルークに押し負け、あと九日間のランチタイムを彼と共に過ごすことを了承してしまった。
 私はそれに、内心かなりガッカリしたが、申し訳なさそうな顔をしたアルに小声で「勝手に決めてごめんな、サイラス」なんて謝られては、余裕の表情で返すしかない。

「気にしなくていいよ」
「でも、昨日も急に付き合ってもらったし」

 そりゃそうだろう。身元が知れたのはともかく、どんな人間かもわからない男とアルだけを行かせる訳にはいかない。どんなに気が進まなかろうが、状況を把握できるだけ同席しているほうがマシだ。
 波立つ心を隠し、私は心にもない言葉を口にした。

「いや、大丈夫だよ。それに、こういう異文化交流こそ、アカデミーならではの醍醐味だ。だろう?」
「サイラス……ありがとう」

 アルはそれに安心したように笑い、私はそんなアルの様子に、これで正解だったんだ自分に言い聞かせた。
 今日を入れてあと九日。九日間、食事を取る時間だけを我慢したらいい。その後はまた、元の二人のペースに戻れる。どうせ話が弾むのはアルとセラフ・ルークの二人だけ。連れのエラド・リンは寡黙な性質のようだし、私は話を振られた時だけ頷くなり微笑むなりしていれば、時間は過ぎていくだろう。
 うん、大丈夫だ。耐えられる。

 しかしそんな私の覚悟は、すぐにグラつくことになった。
 四人だけのはずだった昼食会に、いつしか余計な頭数が増えてしまったからだ。そしてその生徒もまた、外国からの留学生だった。
 セラフ・ルーク達とは対照的に、明るい髪色と白い肌。
 見た目から明るい雰囲気の、なかなか洗練された容姿をした、ライ・ナナルという生徒だ。
 彼は私達と同じく今年入学した新入生だが、年齢は二つ上だということだった。しかし目が大きいからか少々幼く見え、本人から言われなければ、歳上だとはわからなかったと思う。
 一見すると貴族の令息のように整った外見だが、実は平民出身だと聞いた。気さくな性格らしく、見かける度に人の輪の中にいるのが、あの喧しい赤毛の旧友を想起させる。入学前から身分が知られている所為で、視線は集めながらも遠巻きにされがちな私とはえらい違いだと思った。
 まあ私の場合は立場的にも性格的にも、遠巻きにされているくらいのほうが都合は良い。誰も彼もに馴れ馴れしく寄って来られるよりは、篩にかける手間が省けると考えがちだからだ。
 しかし気儘な振る舞いがマルセルを思い出させるライ・ナナルを見ていると、交友関係が賑やかだった学園時代が懐かしく思えることもあった。
 あの頃も最初のうちは、親からアクシアンに取り入れと吹き込まれた令息達ばかりが近づいて来て、勝手に取り巻きを形成しようとしていた。私はそれを冷めた目で見ていながらも、面倒臭さからその状況を放置しようとしていた。
 けれど、アルに出会った。
 初めての教室で、まっすぐな瞳をした彼に一目惚れをした。そしてアルは、それまで会った誰とも違っていた。
 私は、幼い頃から褒めそやされてきて、容姿に関してはそれなりに優れている自覚がある。家柄についても、然り。本来ならば二学年上に、従兄・シュラバーツ王子が在籍しているべきだったが、彼は入学をごねた。その為、王族不在の学園に於いて最も家格が高いのは、王弟である公爵を父に持つ私だった。故に、コネクションを得たい貴族の子弟達が私に群がろうとするのは、ごく自然な現象でもあった。
 そういうこともあり、思い上がっていたのは否めない。私が少し笑いかければ、きっと彼も親しくしてくれるだろうと。
 今思えばあの頃の私は、態度にださないだけで、心の内はかなり傲慢だった。
 しかし、私がわざわざ彼に近づき、目を合わせて挨拶をしても、アルは控えめに挨拶を返してくれるだけだった。はにかむような愛らしい微笑みを見せてはくれるので、嫌われているとは思えなかった。が、そこから先に進まない。
 いつもならここまですれば、相手は私の興味や関心を引けたと思って、自分から話しかけてくるようになる。だがアルはそれ以降も、自分から近づいて来てくれることはなかった。アルは、身分差を気にして分別を弁えただけだったのだろうが、思い通りにいかない状況は、余計に私を夢中にさせた。
 徐々に、そして静かに深く、私はアルに傾倒していって……。

「サイラス?」

 私を呼ぶアルの声に、ハッと意識を引き戻される。同時に、周囲のざわめきも耳に蘇ってきた。

「あ……」
「どうした? さっきからライが話しかけてるぞ?」
「ああ、すまない」

 周りを見回して、思い出す。そうだ、今はランチタイムの途中だった。どうやら食事の席があまりにつまらな過ぎて、知らず楽しかった過去の回想に逃げていたようだ。
 私としたことが……。

「ぼんやりして君らしくもない。でも、食事が全然進んでないな。……もしかして、具合い悪い?」

 心配顔のアルが席を立って来て、私の額に手を当ててくる。アルから触れてくれた不意打ちの嬉しさに、胸が震えた。

「熱……は、ないな」

 私の額に当てた手を自分の額に当てて、首を傾げる仕草が愛しい。しかし心配させておく訳にはいかないので、私は首を横に振って微笑んでみせた。

「大丈夫。考え事をしてただけで、体は何ともないよ」
「本当に?」
「うん」
「なら良いけど……もし何かあれば、無理はするなよ?」
「アル……私を心配してくれるのか」
「何を言ってるんだ、そんなの当たり前だろう」

 不覚にも、嬉しくて目頭が熱くなる。
 アルは私を気にかけてくれている。他に気を取られているようでも、ちゃんと私を見てくれている。
   彼には少しの心労も与えたくないと思うのに、その気遣いが嬉しい私は、本当に駄目な人間だ。

「えっ、サイラス……どうした?」

 私の目が潤んでいることに気づいたアルが、動揺したように顔を近づけて来て、私の頭を両腕に抱きしめてくれた。
 すると――。

「へえ、婚約者の距離感って普段はこんな感じなんだぁ」

 せっかくの良い雰囲気に茶々を入れて来たのは、あのライ・ナナルの声だった。視線を投げると、ニヤニヤと妙な笑いを浮かべて私とアルを見ている。

「へ、変なことを言うなよ。これはだな」
「照れなくて良いのに。僕の国じゃ、同性婚なんて珍しくも何ともないよ。好き合ってる婚約者同士がイチャつくのは、むしろ普通でしょ」
「べっ、別にイチャついてなんかないだろ!」

 真っ赤になったアルを、更に揶揄って遊ぶライ・ナナル。 こういうところも、本当にあいつそっくりだ……と苦笑しながら、ふとある事を思いついた。

(待てよ。そうか、その手があったな)

 この時、アルの腕の隙間からライ・ナナルを見ながら、事の段取りを考えることに頭を巡らせていた私は、気付けなかった。
 そんな私とアルの姿を見つめるあの二人の、それぞれの表情に。



しおりを挟む
感想 55

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する

SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する ☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。