【完結】そのシンデレラストーリー、謹んでご辞退申し上げます

Q矢(Q.➽)

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80 二度目の自己紹介

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  全員が着席した後、サイラスはふと思い出したように立ち上がり、自分の着ていたマントを脱いで、俺に羽織らせた。

「え、君が寒いだろう。コートなら俺も着てるから、これは君が」

 びっくりして返そうとしたのだが、サイラスは目を細めるだけの笑みを浮かべて言う。

「昼間だし、今日は天気も良いから大丈夫だ。そもそも、幼い頃から冬はネールで過ごして来た私に、こちらの冬なんてなんて事はないよ。この通り、マントの下に上着も着ているし」
「でも」
「ここに長居するわけじゃない。主要な点だけ聞ければすぐ切り上げるから、それまで着ていてほしい。私の杞憂をなくす為に」
「……わかった」

 そこまで言われては、押し返すのも悪い。観念した俺は、掛けてもらったマントをありがたく借りておくことにした。サイラスの移り香と体温が残っているそれは、まるで背中からサイラスに抱き締められているように暖かい。俺は本当に、この香りが好きだ。
 俺が受け入れたのを見たサイラスは、安心したように自分の席に座り直す。そしてまず、セラフ先輩をじっと見据えた。

「さて、どういうおつもりなんでしょうか、先輩がた」

 不快感と苛立ちを隠さなくなったサイラスの声は冷たく、自分に向けられたものではないとわかっていても、心臓がギュッと縮こまってしまう。
 けれどセラフ先輩は、そんなサイラスの怒りなんかどこ吹く風と言わんばかりの笑顔だった。このサイラスを前に、その笑顔。大物だな~。

「どういうつもりって、早く可愛い後輩の顔を見たかったからだよ」

 セラフ先輩のその言葉はサイラスの質問に答えるもののはずだが、顔はこちらに向けてニコニコしているので、まるで俺に言っているようだった。
 先輩、お願いだから答えを返す時はサイラスにお願いします。火に油を注がないでください。切実に。
 無表情(激オコ)サイラスと笑顔(脳天気)のセラフ先輩。表面上は何も起きていないのに、場に流れる空気はピリッと張り詰めている。しかしそんな空気を一変させてくれたのは、やっぱりあの人だった。

「先ほどのデコピンでは、足りませんでしたか」

 セラフ先輩の顔をじっと見ながら諫めてくれたのはもちろん、エラド先輩だ。デコピンと聞いた途端、笑顔を引き攣らせるセラフ先輩。反応からして、どうやら相当痛かったらしい。

「真摯な相手には真摯に。常日頃、そう申し上げているはず」
「わーかったって」

 セラフ先輩はエラド先輩の言葉に、面倒くさそうに返事をすると、ヤレヤレと言いたげなジェスチャーした。それからサイラスに向き直ると、「ごめんね」とカジュアルな謝罪。
 そしてそこから、セラフ先輩の纏う雰囲気が、変わった。

「でも、サイラス君の聞きたいのは、そんなことではないよね?」

 そう言うセラフ先輩の顔には、ついさっきまでの能天気な笑顔は残ってはいなかった。今あるのは、目を細め、口角だけを上げた、別人のように酷薄そうな笑みだ。
 素顔を見たのは今日が初めてだけど、こういう表情をすると、その顔立ちの端整さがよくわかる。褐色の肌に銀色の髪なんて神秘的以外の何物でもない。
 超絶美形のサイラスを見慣れている俺でさえそう思うくらいだから、かなりの美貌だと思う。これは明日、いや今日この後から、取り巻き志願者が後を絶たないだろうな。
 でもセラフ先輩はこれだけの容姿を、どうしてあんな変装で隠していたんだろう? 何か事情があるんだろうか?
 しかし、そんな風に突如沸いた疑問は、すぐに解消されることとなった。

「そのお姿でおいでになられたということは、これからは御名を公表なさるものと受け取ってよろしいのでしょうか」

 サイラスの言葉に、セラフ先輩は首を縦に振る。

「ああ、そのつもりだ」
「では」

 サイラスはまた立ち上がると、椅子の横に立ち、セラフ先輩に向けてボウ・アンド・スクレイプを行った。それは相変わらず非の打ちどころのない華麗な所作だったが、見ていた俺はギョッとして固まってしまった。
 だって、貴族が平民にそんな挨拶をするなんて、あり得ないことだ。しかも、王族に次ぐ家格を誇るアクシアン公爵家の公子が。セラフ先輩は異国人だが、平民だ。身分差による儀礼は、どこの国であろうと基本的に変わらないはずなのに、どうして……。
 しかし、次にサイラスが口にした挨拶は、俺をさらに困惑させた。

「エラスト国王太子、セリアム・シャンザリア殿下に、アンリストリアの公爵家子息、サイラス・アクシアンがご挨拶申し上げます」
「……へ?」

 耳から入ってきた情報は確かに脳に伝達されたはずなのに、おかしいな。処理が追いつかないぞ。
 エラスト、王太子、セリアム・シャンザリア殿下……?
 愕然として反応できずにいる俺をよそに、セラフ先輩はフッと笑い、足を組み変えながらサイラスに答えた。

「丁寧なご挨拶、ありがとう。君のことだからもう知っているとは思ってたけど、やはりか。流石だね」 
「恐縮です」
「でも、ここはアカデミーの敷地内だ。身分にとらわれず気楽に接してくれていいよ」
「……わかりました。では、ここからはそのように」

 若干口調の改まったセラフ先輩とサイラスのやり取りは、俺を置き去りにしてどんどん進んでいく。救いを求めてエラド先輩に視線をやると目が合って、なぜかこくりとうなずかれたが、何の意味かはわからない。頼りになると思ってたけど、そうでもなかったなエラド先輩。
 仕方ない。事態を把握する為には自分で動くしかないと、俺は口を開いた。

「えっと、待って……つまり、何? セラフ先輩は、本当はセラフ先輩じゃなくて、エラストの……」
「王太子になりたてホヤホヤだよ~」

 セラフ先輩……改め、セリアム先輩が、にぱっといつもの笑い方で答えてくれる。でも顔が眩しすぎて、俺が無理。

「なりたて……」
「そう、なりたて。本当はあと二年くらいのんびり隠れてるつもりだったけど、ちょっと急いじゃった」
「急いじゃった……」
「ん~~、まあウチは元々、僕次第ってとこあったからねえ。小バエはうるさかったけど」
「小バエ……」

 小バエが何を意味するかは置いておくとして、一国の王太子になるのって、そんな自由な感じで時期を前後できるものなんだ? 式典の準備とか、色々ありそうなのに?
 サイラスはいつから知っていたんだろう? もしかして、先輩と関わるなと言った時には、もう? 彼の情報収集力なら、それでも不思議はないけれど。でもなら、なぜ、教えてくれなかったんだろうか。
 聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、混迷が深まる。
 サイラスを見ると、彼はセリアム先輩をじっと見据えていて、とても聞ける雰囲気ではない。こめかみだけではなく、テーブルの上に置かれ握り締められた拳の血管も怖いくらい浮き出ていた。それを見て、知る者は知る者なりに、色々な葛藤があったんだろうなと思う俺。
 だよな。知ったからと言って、本人が何らかの事情があって隠しているであろう事を、第三者が勝手に漏らすべきじゃない。いくら婚約者だからって、言えるわけがないよな。俺だって、同じ立場なら言えないだろうし。
 回り始めた頭で行き着いた答えに自分で納得していると、コホンと小さな咳払いが聞こえ、エラド先輩が立ち上がった。そして、サイラスと俺に向かってお辞儀をするので、俺も慌てて立ち、同じように返礼した。
この中で一番身分が高いらしいセリアム先輩はともかく、サイラスとエラド先輩がしているのに俺だけ礼を尽くさず座っているわけにはいかない。
それが済んで俺が椅子に座り直すと、それを待っていたようにエラド先輩は静かに口を開いた。

「改めて紹介をさせていただく。こちらは我がエラスト王国の王太子、セリアム・シャンザリア殿下です。私は殿下の従者であり護衛の、エラド・リャクラス。父は宰相を務めております」

 普段は無口で、喋ってもひと言ふた言。もしかしてアンリストリア語があまり得意ではないのかと思っていたエラド先輩が、滑らかに流暢に話している。しかも何だか、めちゃくちゃ上品。落ち着いた所作といい、目線の静かな動きといい、声のトーンといい。宰相家の子息だからと言われれば、それはとても納得できた。セリアム先輩にしても、見た目からして王族の風格がある。
 感心する俺。そして、無言のままエラド先輩に頷くサイラス。それに促されるように、エラド先輩は続ける。

「アクシアン公子はすでにご承知かもしれませんが、我らはアンリストリアに潜伏する為に参りました」

 そうしてエラド先輩の口から語られたのは、次のようなことだった。

 エラスト国王には、六人の王子と四人の姫がいる。そのうち王妃が産んだのは、二番目の王子ただ一人。セリアム殿下は側妃腹の六番目で、きょうだいの中でも一番年若い末っ子だった。第一王子とは、ほぼ親子といってよい年の差であり、他の兄達も健在。六番目の王子は後継者争いなど無縁に、平和な離宮で母と共に過ごせるはずだった。
 ところが、宰相であるリャクラスが、その末王子に優れた資質を見いだし、彼をこそ後継者にすべきと王に進言したことにより、日の当たらない立場だったセリアム殿下は一躍、王位継承権レースに名を連ねることとなる。
 それはセリアム殿下が、わずか五歳の時だった。


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