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先生と電話 (雪side)
しおりを挟む「あ、先生。お久しぶりです。」
『お、わ、声変わりしてる(笑)』
「…いや前からしてますよ…。」
数年ぶりなのにいきなりそんな事を言われた。
というか、語弊がある。声変わり自体はしてたじゃん。
…まあ、今よりは高くて微妙だったけど。
「先生が砂華国の王子殿下だったんですね。
草鹿も、何で今の今迄教えてくれなかったんだか。」
『俺が頼んだからだ。色々事情があって、潜伏してたし…明かせる状況でも無かった。悪い。』
「まあ、別に…。」
本当に腹を立ててる訳でも無い。
『元気そうだ。』
「…はい、元気ですよ。」
答えながら、先生はきっと 知っているんだろうな、と思った。
雪長が患っていたのは聞いていた筈だし、先生との事を勘繰られた事が原因だった事も知っていて不思議は無い。
それにしても、何時聞いても優しい声だ。
砂地にじんわりと沁み入るような、静かな深み。
ふと、この人が好きだったんだよな、と思った。好き…というよりは、もっと淡い、憧憬のような気持ち。
何となく、性的な目で見られていない、この人は自分を傷つけない、と 本能が嗅ぎ分けた故の安心感だったのかもと思う。
ラディスラウスが怖くて嫌悪していた時期なので、正反対の彼に惹かれた部分もあったのかな。
『…ラディスラウス殿下を、憎んでいるか?』
「…そうでもないです。」
やはり、知っていた。
「すごく、尽くしてもらいました。後からわかった事がたくさんあります。ラディスラウス殿下がして下さってた事。」
『そうか…。』
「あの方はあの方なりに、俺を真実好いて下さってたんだと思ってます。」
『そうか。ラディスラウス殿も、それを聞けたら喜ぶだろうな。』
「…遅かったですけどね。」
そうだ。もう遅い。
彼は何処にいるのかすら誰もわからない。
国内に居るのかどうかさえ。
出国記録は今の所無いらしいけれど、国を出るだけの方法なら他にもありそうではないか。
皇宮育ちという、箱入り加減では俺とどっこいどっこい加減のあの人が、一人でどうやって生きてくつもりやら。
幾度かスマホを鳴らしてみたが、繋がる事は無かった。
俺と連絡出来る機体を、もう持っていない可能性もあるが。
『どうしておられるんだろうな。』
見透かされたのかと思うタイミングで先生が言ったから少しドキッとした。
行方不明と聞けば、誰だってそう言うだろうに。
「…何処かで、お元気でいてくだされば…良いです。」
これは本音だ。
最近、毎晩ラディスラウスの事を考えると不安になる。
まさか、もうこの世にいないのでは、なんて。
そんな考えが過っては、ゾッとするのだ。
『…そうだな。岩城がそう望んでるなら、きっと元気でいるさ。』
「…そうでしょうか。」
根拠の無い言葉にも、少しホッとする自分がいる。
『彼は、意外と逞しいと思うぞ。』
「だと良いんですが。」
カードも資産も、殆ど何も持ち出されてないと聞いた。
ちゃんと生きてるかな。
食べてるかな。寝られてるかな。
下にも置かぬ扱いで育って生きてきたあの人が。
じん、と目頭が熱くなる。
俺、もしかして結構参ってる?
えー、困るな…。
やっとここ迄持ち直して、来た…のに…。
ダメだ、込み上げて来てしまう。
好きとか嫌いとか、よくわからないのに、クソ殿下の事を考えると、思い出すと、変な涙が込み上げるのはなんでた。
「ぅう~~~…」
急に嗚咽し出した俺の背中を、草鹿がビックリして撫でる。
先生も狼狽えているのが伝わってくる。
でも、黙って泣かせてくれた。
2人に申し訳無い。
色々あり過ぎて情緒不安定なんだ。
普通に見えても解離だって、完全に治った訳でもないらしいのだ。
暫くして、俺が落ち着いて来ると、先生が静かに言った。
『岩城さ。少しの間、こっちに来てみないか。草鹿と一緒に。』
「砂華国に?」
え、急に何故?
『もうすっかり治安も落ち着いてる。俺の貴賓って事で迎えるから、警備もつけるし。
まだ全然元の砂華とは言えないけど、離宮とその周辺は手付かずで無事なんだ。
俺も今、そこで生活してる。』
離宮…か。
砂漠の国の離宮って、どんな感じなんだろう。
俺、実はあんまり旅行とか好きじゃなくて、小さい頃はともかく、物心ついてからは和皇から出た事が無い。
万が一に備えてパスポートだけはきちんと申請してるし、保管してる筈だけど。
「…そうだね。草鹿も、帰りたいよね。」
「私の事は、良いのです。
只、雪長様には良い気分転換になるのではと。」
そんな事言ってるけど、絶対帰りたい筈だ。祖国の状態が気にならない訳無いし、主人である先生に会いたくない訳ないだろ。
なのに痩せ我慢しちゃって…。
…まあ、するか。草鹿だもんな。
「良いよ、行こう、草鹿。
行きます、先生。」
「えっ、雪様?」
『来い来い。和皇では見られない夕陽を見せてやる。』
砂漠に落ちる夕陽…。
そこに先生と草鹿が並んだら絵になるんだろうな。
スマホを草鹿に返すと、嬉しさを抑えられないような弾んだ声色で話している。
仲良い主従だな。
「では、雪様。夜分に失礼致しました、おやすみなさいませ。」
「おやすみ。」
ドアが閉まった後の微かな足音を聞きながら思う。
(今回はともかく、何れは先生の元に帰してあげなきゃいけないよなあ。)
いい加減、草鹿離れしなきゃ…、と反省する。
俺が何時迄も危なっかしいから、責任感の強い草鹿は 帰ると言えないんだ。
治安に問題が無くなってるのなら、とうに帰国して先生の所に戻りたかっただろうに。
甘えてちゃ、ダメだよな…。
それからふとこの先の事を思った。
草鹿の傍には先生がいる。
…俺は…。
閉じた瞼の裏には、凪いだ翠緑が揺れている。
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