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17 羽純
しおりを挟む実は、庄田と元番だった羽純との出会いには、羽純が知らなかった秘密がある。
庄田は元々、羽純のちょっとしたストーカーだった。
高校生の頃、当時付き合っていた彼女がデート中に立ち寄ったドーナツショップ。そこでバイトしていた羽純に、庄田は一目惚れした。生まれて初めての一目惚れだ。
幼い頃から全てに優れ、黙っていても人は寄ってきた。女でも、男でも。
告白されれば断る理由も無いから、ある程度好みに当てはまっていれば付き合ってみた。告白してくる中にはオメガもいたが、惹かれなかった。体質なのか、並のオメガのフェロモン程度では反応出来なかったのだ。
将来の伴侶となるオメガを、自らアルファを誘惑しにくるような、はすっぱな人間で妥協したくない。そう思っていた庄田は、どれだけ誘惑されても決して自分に近付いてくるオメガには手を付けなかった。
適当に遊ぶだけならベータの女の子達で十分だった。
そんな、柔和な見た目の割りには少し冷めてシニカルな高校生だった庄田が、ショップの窓越しに見ただけの少年に一目惚れをした。
当時庄田は私立の有名進学校の2年、羽純は隣の区の公立高校の1年。アルファにありがちに、富裕層の家庭に生まれた庄田と、平凡な一般家庭の出身の羽純には、この時まで何の接点も無かった。
その日の帰り、庄田は彼女に別れを告げた。
庄田の気持ちが自分に無い事を薄々感じていたらしい彼女は、意外にあっさりと応じてくれた。元々、長く付き合えるとは思っていなかったのだろう。
庄田は羽純のバイト先のドーナツショップに通い始めた。放課後に2週間、様子を見に行ってわかったのは、羽純は週3のバイトだという事だった。出勤曜日を把握してから、庄田は週に一度の頻度で店に入り、注文をして一時間程度滞留するようになった。勉強している風を装いながらさり気なく観察する羽純は、真面目で一生懸命に仕事をこなしていた。まだ高さを残す柔らかな少年の声でいらっしゃいませと言われると、庄田の心はドキドキと跳ねた。特に好きな訳でもない、甘いドーナツ。その中から一番プレーンなドーナツとホットコーヒーをオーダーして、庄田はそれをちびちび食べた。
ドーナツショップをバイト先に選んだという事は、きっと羽純もドーナツが好きなのだろう。それらは彼の甘い顔立ちや雰囲気によく似合うと思った。
来店を重ねると、制服姿で同じ高校生だと親近感が湧いて来たのか、羽純は庄田と二言三言と業務以外の言葉も交わすようになった。
最初のオーダーの時には、『いつもと同じで良いですか?』と、ほんの少し親しみの篭った言い方をしたり、帰り際には少し名残惜しげな顔で『ありがとうございました。』と言ったり。
少しづつ親密度を上げていくゲームのように、でもそれよりもずっとまどろっこしいゆっくり加減で、庄田は羽純に近付いた。
店に通い始めて3ヶ月が過ぎる頃には、偶然を装ってバイト帰りの羽純と駅で遭遇した。予備校の帰りなのだと言うと、羽純は納得したように頷いた。
『そっか、予備校前にウチの店に来るんだね。』
どうやら予備校に向かう前の少しの時間を、ドーナツショップで過ごしているのだと思ってくれたらしい。
実際には、庄田が予備校に通い始めたのは3年に上がってからだったが、いずれは通う事になるのだからという、まあ方便だ。
羽純の店に寄るには、怪しまれないような尤もらしい理由が必要だったし、バイトで働いている羽純には、放課後フラフラして遊び回っているよりも、真面目だと思われたかった。
1つ歳上で、真面目な優しい男だと思ってもらえれば、警戒心も和らいでもっと親しくなれる筈…。そんな庄田の目論見はとても上手くいった。
徐々に心を開いた羽純と友人になり、庄田は彼から色々な事を聞き出した。家族構成や、家庭の状況、学校での事。そして、羽純の秘密を打ち明けられた。
『庄田君がアルファだから言いにくかったんだけど…実は僕、オメガなんだ。今はまだそれほどでもないけど、あと1、2年の内にまともに学校に行ったり、働いたりできなくなるんじゃないかって、怖いんだ。』
悲しそうに俯いてそう言った羽純。
気づいていた、勿論。まだごくほのかだけれど、みずみずしい果実の香り。常に制服のシャツの下には黒のハイネック。華奢な体躯、頼りなく細い首。
派手ではないけれど整った美しい顔立ちは甘く、優しげだ。何より控え目で素直な性質が好ましい。
共働きの両親を助ける為にバイトをし、家事もこなす。そんな一途な羽純は庄田の理想のオメガだった。
『大丈夫、俺、フェロモンに反応しにくい体質なんだ。だから、羽純の力になれるよ。』
そう言った庄田に、羽純は涙に濡れた瞳を瞬かせて、安心したように笑った。
『ありがとう。庄田君なら、信用できると思ったんだ。』
庄田はとびきり優しい笑顔を作り、微笑んだ。
羽純の信頼を得た。そう確信した。
それから庄田は、バイト帰りの羽純を家まで送るようになった。羽純には、迷惑を掛けられないと恐縮されたけれど、そうした。
『用心に越した事はないだろ。秘密を打ち明けてもらったんだから、俺は羽純を守るよ。』
そう言うと、羽純は嬉しそうに頷いた。
そんな友人関係が続いていく中で、庄田に守られ続けた羽純が庄田に友人以上の感情を持ち始めたのは当然の事だった。
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